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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第10話-第七食堂臨時女子会事案

第七食堂臨時女子会事案


――あるいは、副長が本気で大人げなかった日


惑星監理局の副長は、上品な人間である。


少なくとも、対外的にはそう見える。


金髪の細身長身。常に薄く笑みを浮かべ、声を荒らげることはほとんどない。

会議では冷静沈着。緊急時には局長ジェレミー・クリエットの代行判断すら担う。

局員たちの多くは、副長を「理性的な大人」と認識している。


ただし、それはかなり表面の話だった。


「副長さん」


その日の廊下で、レトは神妙な顔をして副長を見上げていた。


淡緑の長い髪を左側頭部でワンサイドテールに結び、胸元で両手を握りしめている。

いつもの元気さはある。けれど、その瞳には妙な覚悟が宿っていた。


副長は足を止めた。


「はい、レトさん。どうしました」


「わたし、気づいちゃったの」


「何にですか」


「副長さんって……」


レトは一度、深く息を吸った。


その表情は、戦場で神性存在の核を見つけた時のように真剣だった。


「ずっと笑ってるけど、たぶん、口が帰れなくなってるんだよ」


副長の笑みが、ほんのわずかに固まった。


廊下の端で書類を抱えていた職員が、反射的に壁を見た。

別の職員は端末を開いたまま動かなくなった。


レトは続ける。


「お兄さんはたまに、ちゃんと真顔に帰ってくるでしょ? でも副長さんは、ずっと笑顔なの。つまり、笑顔の場所から、顔が迷子になってる」


「……」


「だからわたし、空間魔術で道を作れば、真顔まで帰れるかもしれないって思って」


副長は片手で口元を押さえた。


上品に。

あくまで上品に。


だが肩が震えていた。


レトは心配そうに一歩近づく。


「だいじょうぶ? やっぱり重症?」


「いえ……問題、ありません」


「声、震えてるよ」


「感銘を受けています」


「真顔に帰れるかもしれないから?」


「はい。とても、独創的な診断です」


廊下の空気が限界だった。


職員の誰かが小さく咳をした。

それは咳ではなかった。


副長は一度、壁側を向いた。

肩がさらに震えた。


レトは本気で焦った。


「副長さん! やっぱり笑顔の世界から帰れなくなってる!」


「いえ、レトさん」


副長はゆっくり振り返った。


目尻に、かすかに涙が浮いている。


「私は今、非常に正常です」


「泣いてる!」


「正常です」


「真顔に帰れなくて泣いてる!」


副長はそこで一度、完全に沈黙した。


そして、完璧に整った笑顔のまま言った。


「……レトさん。念のため、第七食堂へ行きましょう」


「なんで?」


「顔面の帰還経路について、甘いものを摂取しながら検討しましょう」


「甘いものが必要なやつなんだ……!」


レトは深刻にうなずいた。


副長は歩き出す。


その背中はいつも通り優雅だったが、通り過ぎた職員たちは全員、彼が笑いを噛み殺しすぎて限界に近いことを理解していた。


そして同時に、誰も気づいていなかった。


副長の耳に、極小の監理術式通信が入っていたことを。


『副長。情報班より報告。外部からの魔術干渉波を検知。対象推定、ロジーさんの魔術領域です』


副長の目が、笑ったまま冷えた。


「了解しました」


声は穏やかだった。


「第七食堂を一時的に隔離します。生活班に連絡。一般職員の入室を止めてください。技術班は食堂周辺の魔力導線を監視。戦闘班は待機。敵性干渉の発信源は追跡のみ、即時制圧は私の合図まで禁止」


『了解』


副長は視線だけで廊下の監視装置を見た。


そこには、三人の箱庭の娘たちの現在位置が映っている。


レトは今、目の前。

ロジーは情報班区画から移動中。

エルは、なぜか天井付近をふわふわ漂いながら、小さな星形の飴を食べている。


副長は穏やかに微笑んだ。


「さて」


声は優しい。


「女子会の時間です」


第七食堂は、監理局内でも比較的人気の高い食堂だった。


天井が高く、窓の向こうには人工の星空が広がっている。

昼夜の概念が曖昧な監理局において、職員たちが気分を切り替える場所でもあった。


しかしその日、第七食堂は副長の指示で静かに閉鎖された。


表向きの理由は、設備点検。

実際の理由は、ロジーを狙った遠隔魔術干渉への対処。


敵は監理局の技術を狙う外部エージェント組織だった。


目的は、ロジーの魔術解析。


アカシックレコード・オフライン。

ロジー本人は「記憶力が良いだけ!」と言い張っているが、その正体に近づこうとする者は少なくない。


今回の敵は、直接侵入ではなく、遠隔干渉を選んだ。

情報機器、魔術的記録領域、監理局内の微細な通信ノイズ。

それらに偽装した干渉波を混ぜ込み、ロジーの処理補助デバイスと魔術出力の同期点を探ろうとしていた。


かなり高度な技術だった。


だが、不運なことに。


その干渉は、副長の勤務中に行われた。


「やっほー、副長。なんか食堂、すごい静かじゃん」


ロジーが第七食堂に入ってきた。


ピンク髪のツインおさげを揺らしながら、いつも通り軽い足取りだ。

けれど、その目だけは少し鋭い。


彼女は察している。


完全には知らされていなくても、何かが起きていることは分かっている。


副長はにこやかに迎えた。


「ロジーさん。ちょうどよかった。レトさんが大変な真実に到達しました」


「なになに? またレトが何かに勝ったの? 負けたの?」


「副長さんの顔が、笑顔の場所から帰れなくなってるかもしれないの」


レトが真剣に説明した。


ロジーは一秒止まった。


「……は?」


「だから、真顔までの道を作るの」


「待って。何言ってんの?」


「副長さんが泣いてた」


ロジーは副長を見た。


副長は優雅に微笑んでいる。


その目尻は、まだ少し赤い。


ロジーの表情がじわじわ歪んだ。


「副長……またレトで笑った?」


「感銘を受けただけです」


「ツボったんだ」


「感銘です」


「大人なのに?」


「大人だからこそ、感受性を大切にしています」


「言い方だけ上品にすれば誤魔化せると思ってるでしょ」


「ロジーさん」


副長はにこりとした。


「本日のおすすめスイーツですが、映え指数を最大化した新作があるそうです」


ロジーの目が動いた。


「……へえ?」


「ただ、残念ながら数量限定で」


「ふーん」


「レトさんとエルさんが先に選ぶ可能性があります」


ロジーの背筋が伸びた。


「レト! エル! 女子会するよ!」


「わあ!」


レトが一瞬で反応した。


ちょうど天井から逆さまに降りてきたエルが、飴を噛み砕きながら首を傾げる。


「女子会?」


「そう! かわいいやつ! 今すぐ!」


「あたし、かわいい空間作れるよ」


「作って!」


「許可いる?」


ロジーは副長を見た。


副長は即答した。


「食堂内に限定。精神干渉、身体改変、外部空間接続は禁止。物質化は食堂設備を破損しない範囲で許可します」


エルはふわっと笑った。


「じゃあ、かわいいだけにするね」


次の瞬間、第七食堂が変わった。


椅子の背にはふわふわのリボン。

テーブルには硝子細工の花。

床には淡い星屑の光。

天井からは小さな月形ランプが吊り下がり、壁にはパステルカラーの雲が浮かぶ。


食堂の一角は、完全にかわいい女子会空間になった。


レトが目を輝かせた。


「すごい! エル、すごい! かわいい!」


「でしょ」


「この椅子、ふわふわ! 椅子、えらい!」


副長がわずかに反応した。


椅子に向かって本気で褒めている。


彼女にとっても物は物だ。

でも、ただの物ではない。

近しいものとして認識してしまう根幹は、まだ彼女の中にある。


ロジーがすかさず言った。


「レト、椅子に負けないでね」


「負けないよ! 座るだけだもん!」


「前に座るだけで滑り落ちてたじゃん」


「あれは床が急に下にいたから!」


「床はずっと下にいるよ」


「ずっと下にいるの!? えらい!」


副長がまた口元を押さえた。


ロジーはそれを見逃さなかった。


「副長、今また笑った」


「いいえ」


「絶対笑った」


「レトさんの空間認識に感銘を受けました」


「便利だね感銘」


副長は優雅に紅茶を注いだ。


「ロジーさんも、感銘を受ける準備をしておいてください」


「え、なに。嫌な予感する」


「新作スイーツです」


運ばれてきたのは、透明な硝子の器に入った、星雲のようなパフェだった。

淡いピンクと青のクリームが層を作り、上には小さなキャンディ惑星が浮かんでいる。


ロジーの目が輝いた。


「かわいっ……!」


その瞬間、副長がさらりと言った。


「ただし、崩れやすいので動かしすぎると記録価値が三十七パーセント低下します」


ロジーの手が止まった。


「……副長?」


「いえ。ロジーさんほどの記録魔であれば、当然、照明角度、背景、被写体の配置、食前と食後の差分、全て記録するでしょうから」


「煽ってる?」


「期待しています」


「煽ってるよね?」


「大変期待しています」


ロジーは悔しそうにデバイスを展開した。


「いいよ! 撮るよ! 最高にかわいく撮るよ! 副長が余計なこと言ったせいで撮影枚数増えたからね!」


「記録価値が上がりましたね」


「うっわ、むかつく!」


副長は微笑んだ。


その間にも、食堂の外側では事態が進行していた。


敵の遠隔干渉波は、ロジーがデバイスを起動した瞬間を狙っていた。

スイーツ撮影のために開かれた複数の記録補助アプリ。

映像処理。

光量補正。

魔力波形の微細な同期。


そこに侵入するつもりだったのだ。


だが、食堂はすでに副長の罠の中だった。


エルの魔法で作られた女子会空間。

それは、見た目にはただかわいいだけの空間だった。


しかし、かわいい花、かわいい雲、かわいい星屑、かわいいリボン。

エルの強力な魔力はすべて、食堂内の魔力反応を柔らかく乱反射させる。


さらにレトの存在。


レトは無意識に、硝子質の魔力を周囲に漂わせている。

彼女が喜んで動き回るたび、淡い高熱を帯びた硝子質の魔力が、空間内に細かな層を作っていく。


そしてロジー。


彼女は気づいている。


だから、わざとデバイスを大きく展開した。

わざと撮影枚数を増やした。

わざと処理負荷を上げ、敵の干渉を誘った。


副長は何も説明していない。


それでも、ロジーは合わせた。


「エル、背景もっときらきらできる?」


「できるよ」


「レト、そこ立って! いや違う、パフェの横! かわいい担当!」


「わたし、かわいい担当!」


「そう! ただしパフェ食べるのはまだ!」


「ええっ!? かわいい担当なのに!?」


「かわいい担当は待機もかわいく!」


「わかった! 待機、かわいくする!」


レトは両手を胸の前で握りしめ、真剣に待機した。


副長は限界だった。


「……っ」


肩が震える。


レトがすぐ気づく。


「副長さん! また顔が帰れなくなってる!」


「いえ……待機姿勢の完成度に……」


「感銘?」


「はい」


ロジーが呆れた。


「副長、今日その単語で全部押し通す気だ」


「有用な言葉ですので」


「大人げな」


「ロジーさん」


副長は穏やかに言った。


「そのパフェ、一口目はレトさんに譲ると非常にお姉さんらしいですよ」


ロジーの眉がぴくっと動いた。


「は?」


「いえ。ロジーさんは大人なので」


「私ちっちゃいけど大人だし? いや、レトよりはお姉さんだけど? でもパフェの一口目は記録的に私が」


「大人ですから」


「副長ー……」


「上位者としての余裕を見せる機会です」


「そういうとこ本当に性格悪い!」


ロジーは震える手でスプーンを持った。


そして、レトに差し出す。


「……レト。一口目、いいよ」


レトの顔がぱっと明るくなった。


「いいの!?」


「いいよ。私はお姉さんだから」


「ロジー、お姉さん!」


「もっと言って」


「ロジー、すごいお姉さん!」


「よし」


副長が微笑む。


「素晴らしい譲渡行為です」


「副長は黙ってて!」


その瞬間。


ロジーのデバイスが、わずかに青白く瞬いた。


外部からの干渉が入った。


敵は食いついたのだ。


ロジーの目つきが変わる。


副長の笑みも変わらない。


ただし、空気が一段冷えた。


「エルさん」


「うん」


エルがふわりと指を動かした。


女子会空間の星屑が、音もなく配置を変える。


かわいい星。

かわいい月。

かわいい雲。


それらが、外部干渉波の経路を可視化した。


レトがパフェを食べようとして止まる。


「きらきらが、変な道になってる」


「レトさん」


副長が言った。


「その道を、硝子で塞げますか」


「できる!」


返事は明るい。


だが、動きは戦闘班のそれだった。


レトの周囲に、青白い高熱を帯びた硝子片が浮かび上がる。

かわいい女子会空間の中に、鋭い硝子短剣が花弁のように展開された。


ロジーはデバイスを操作しながら笑った。


「敵さん、かわいそ。女子会に混ざりたかったのかな?」


副長は紅茶のカップを置いた。


「招待状を出した覚えはありませんね」


「不法参加だ」


「ええ」


副長の笑顔は上品なままだった。


「退場していただきましょう」


ロジーのデバイスが高速で回転する。


彼女は自分の魔術の詳細を明かさない。

それはここでも同じだ。


見えているのは、ただの記録補助。

ただの映像処理。

ただのデータ整理。


けれど実際には、外部干渉波の癖、発信源の術式構造、偽装に使われた情報機器群の経路を、彼女は一瞬で読み分けていた。


「副長、発信源三つ。うち二つは囮。本命は管理局外周通信帯域にぶら下がってる」


「追跡班へ共有」


「もうした」


「さすがです」


「褒めてもパフェは渡さないから」


「残念です」


エルが小さく笑った。


「副長、楽しそう」


「職務中です」


「あたしには、けっこう楽しそうに見えるよ」


「職務を楽しむことは、業務効率の向上に寄与します」


「やっぱり楽しそう」


「否定はしません」


ロジーが叫ぶ。


「否定しないんだ!」


副長はにこやかに言った。


「敵が子供たちの女子会を邪魔しに来たので」


その声は、軽い。


けれど、食堂内の温度が変わった。


「少々、大人げなく対応します」


次の瞬間、食堂外の通信帯域に仕掛けられていた敵の干渉術式が、逆流した。


副長自身が大規模な魔術を放ったわけではない。


彼の戦い方は派手ではない。

気配を気取られず、針のように細い魔力を必要な点へ通す。


敵の術式の継ぎ目。

偽装通信の接合部。

魔力波形の癖。

そこへ、極小の魔力針を刺した。


ただそれだけ。


だが、それだけで十分だった。


外部の敵エージェントたちは、自分たちの干渉経路が突然閉じたことに気づいた。

次に、囮として使っていた二つの経路が逆に拘束されたことに気づいた。

最後に、本命の経路だけが意図的に残されていることに気づいた。


逃げ道ではない。


見せしめの通路だった。


副長は、優雅に通信を開いた。


「こちら惑星監理局副長です」


敵側の通信に沈黙が走る。


「本日は、第七食堂の女子会空間へ無断で接続いただき、ありがとうございます」


ロジーが吹き出した。


レトはよく分かっていないが、真剣にうなずいている。


エルは楽しそうに浮いている。


副長は続けた。


「つきましては、参加費として、組織名、構成員名簿、資金経路、技術提供者の情報を提出してください」


敵側から、乱れた魔術波が返る。


副長は微笑んだ。


「拒否される場合は、現在あなた方が使用している全機器に、ロジーさん撮影のパフェ写真を六十万枚一括送信します」


ロジーが叫んだ。


「ちょっと!? 私の写真を兵器にしないで!」


「高品質ですので」


「褒め方!」


「なお、解像度は最大です」


「やめて! 敵の記録媒体がかわいくなっちゃう!」


エルが手を挙げた。


「背景もつける?」


「つける!」


レトも手を挙げた。


「わたしの待機かわいい写真も送る?」


「レトさん、それは最終兵器です」


「最終兵器!」


レトが誇らしげに胸を張った。


副長はそこで、完全に笑いそうになった。


だが堪えた。


堪えた結果、声がわずかに震えた。


「敵組織に通達。十秒以内に投降信号を送信してください。九秒後、最終兵器の使用準備に入ります」


敵は八秒で投降信号を送った。


ロジーが端末を確認する。


「うわ、本当に送ってきた。だっさ」


「合理的判断です」


「いや、レトの待機かわいい写真に屈した敵組織、記録価値高すぎるでしょ」


「記録しますか」


「する」


「でしょうね」


レトは状況を半分しか理解していない。


しかし、自分が役に立ったらしいことは分かった。


「わたし、最終兵器だった?」


「はい」


副長は即答した。


「非常に強力でした」


レトは顔を輝かせた。


「お兄さんに報告する!」


副長は素早く言った。


「報告内容は、私が整えます」


「なんで?」


「そのまま報告すると、局長が私を静かに詰める可能性があります」


「お兄さん、副長さんを詰めるの?」


「はい」


「箱に?」


副長は限界だった。


「……っ」


肩が震える。


ロジーが机を叩いた。


「副長、またツボった!」


「違います」


「絶対ツボった!」


「レトさんの語彙選択に感銘を」


「また感銘!」


レトが本気で心配する。


「副長さん、やっぱり真顔に帰れないんだ……」


「レトさん」


副長は目尻を押さえながら言った。


「私は、大丈夫です」


「でも泣いてる」


「大丈夫です」


「お兄さん呼ぶ?」


「それは大丈夫ではありません」


エルがふわりと降りてきて、副長の周りを一周した。


「副長って、面白いね」


「エルさんに言われると、少々複雑です」


「あたし、今日の女子会気に入った」


「それは何よりです」


「また作っていい?」


「許可申請を出してください」


「今出す」


エルは空中に紙を出した。


内容は一行だった。


『かわいいから、またやる』


副長はそれを見た。


「却下です」


「なんで?」


「理由欄が感情のみです」


「感情って大事だよ」


「大事ですが、申請書には場所、時間、規模、危険性、片付け方法を書いてください」


エルは少し考えた。


そして紙を書き換えた。


『かわいいから、またやる。場所は食堂。時間は楽しい時。規模はかわいいくらい。危険性はたぶんない。片付けは副長がする』


副長は静かに紙を伏せた。


「却下です」


ロジーが爆笑した。


「副長、片付け担当にされてる!」


「笑っている場合ではありません。ロジーさんにも片付けを手伝っていただきます」


「なんで私!?」


「お姉さんなので」


「そのカード連発するのやめて!」


「有効ですので」


「大人げな!」


副長は涼しい顔で紅茶を飲んだ。


その姿は、どこから見ても上品な大人だった。


ただし、ロジーをいじる時の目が明らかに楽しそうだった。


事件は終息した。


敵エージェント組織は追跡班と戦闘班により拠点を特定され、監理局外部協力機関へ引き渡された。

ロジーの魔術詳細は漏洩せず、敵の解析データはすべて破棄または回収。

第七食堂の隔離措置も、公式には「設備点検」として処理された。


ただし。


第七食堂の一角には、その後しばらく、エルの作った月形ランプが残った。


危険性なし。

魔力反応安定。

生活班からも好評。


という理由で、正式に食堂設備として採用されたのだ。


そして数日後。


局長室で、ジェレミー・クリエットは副長の報告書を読んでいた。


レトは隣でそわそわしている。


「お兄さん」


「なんだ」


「わたし、最終兵器だったんだよ」


ジェレミーの視線が、報告書から副長へ移った。


副長はいつもの薄い笑顔を浮かべている。


「副長」


「はい、局長」


「説明を」


「敵性遠隔干渉への心理的抑止として、レトさんの写真使用を示唆しました」


「写真使用を」


「はい」


「最終兵器として」


「比喩です」


レトが元気よく言う。


「わたし、待機がかわいかったから!」


ジェレミーは沈黙した。


副長は微笑んだまま、わずかに視線を逸らした。


ジェレミーは報告書を閉じる。


「副長」


「はい」


「後で話がある」


「承知しました」


レトが心配そうに副長を見た。


「副長さん、箱に詰められる?」


副長の肩が震えた。


ジェレミーが静かに言った。


「副長」


「……失礼しました」


「レトは真剣だ」


「感銘を受けました」


「副長」


「はい」


「その言い訳は、今後使用禁止だ」


副長は少しだけ残念そうに微笑んだ。


「承知しました」


局長室を出た後、廊下で待っていたロジーがにやにやしながら近づいてきた。


「怒られた?」


「注意を受けました」


「怒られたんだ」


「注意です」


「大人なのに?」


副長はロジーを見下ろした。


そして、上品に微笑む。


「ロジーさん」


「なに」


「第七食堂の片付け記録、まだ提出されていません」


ロジーの顔が固まった。


「……え?」


「お姉さんなので、最後まで責任を持ちましょう」


「副長ー!」


廊下にロジーの声が響いた。


その横を、レトが嬉しそうに跳ねながら通る。


「女子会、またやろうね!」


エルがふわふわ浮きながら言った。


「次はもっとかわいくする」


副長はその二人を見て、少しだけ表情を柔らかくした。


箱庭の娘たちは、制御できない。


レトは真剣に突拍子もないことを言う。

ロジーは察して、隠して、騒がしく笑う。

エルは自由で、世界の形すら遊び道具にする。


管理など、できるはずがない。


それでも。


彼女たちが笑っている場所を守ることはできる。


敵が来るなら排除する。

干渉するなら断ち切る。

狙うなら、二度と手を出す気が起きないようにする。


それが副長の職務だった。


そして、私情でもあった。


「副長さん!」


レトが振り返る。


「次の女子会では、副長さんの真顔も帰れるようにするね!」


副長は一瞬、完全に固まった。


ロジーが吹き出す。


エルが楽しそうに瞬きをする。


副長は口元を押さえた。


「……それは」


声が震えた。


「ぜひ、慎重にお願いします」


レトは満面の笑みでうなずいた。


「まかせて!」


副長は廊下の壁を見た。


肩が震えている。


ロジーが勝ち誇ったように言った。


「あー、またにやにやしてる」


副長は涙目のまま、上品に微笑んだ。


「いいえ」


そして、もう使えないはずの言葉を、つい口にした。


「感銘です」


その場にいた職員全員が、声を殺して笑った。



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