表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河鉄道管理局・第七遅延区の少女たち――遅れてきた未来と、記録にない少女――  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/22

第十八章 七日間だけの時刻表

 七日間が、始まった。

 第七遅延区へ戻ったとき、ハルカが七番線のホームにいた。すずなたちが廃止路線の扉から出てきたのを見て、ハルカは特に驚いた様子を見せなかった。待っていた、という顔をしていた。

「戻りましたね」

「はい。ご連絡をいただいた通りに動きました」

「時刻中枢へ、着きましたか」

「着きました。暫定証明書が登録されました。セイから、七日間の猶予をもらいました」

 ハルカはミオを見て、ネムを見た。

「七日間、ここにいていいですか。管理局本局の判断として、七日間の観察期間が設けられました。第七遅延区の管轄内での行動が認められています」

すずなは尋ねた。

「わかりました。鐘ヶ瀬主任として、その条件を受け入れます」

「ありがとうございます」

「礼は不要です。ただし、一つ確認があります」

「何ですか」

「七日後、セイが承認しなかった場合、あなたはどうするつもりですか」

 すずなはハルカを見た。

「また話し合います」

「何度でも?」

「何度でも」

「セイが承認しない限り、遅延証明書は無効になります。それを承知の上で、話し合いを続けるということですか」

「はい」

「その間、あなたの立場は、どうなりますか」

「管理局の方針に逆らっている状態です。処分の対象になり得ます」

「わかった上で、続けますか」

「続けます。止まる理由が、わたしにはありません」

 ハルカは少しの間、すずなを見ていた。

「星見」

「はい」

「一つだけ、言います」

「はい」

「私は、あなたに言いました。あなたは駅員には向いていないかもしれない、と」

「覚えています」

「撤回はしません。でも、向いていない人間が、向いていない場所で動くことが、時に必要だということは、あります」

「そうですか」

「そういうことだと、思っています」

 ハルカは踵を返して、管理局の建物へ戻った。

 すずなはその背中を見ていた。

「ハルカさん、いい人だね」

ミオが言った。

「そうですね」

「認めないふりして、助けてくれてる」

「認めないふりをしているかどうかは、わかりません。ただ、できることをしてくれています」

「同じことじゃないの」

「少し違います。ハルカ主任は、規則の側にいます。それは変わっていません。でも、規則の中でできることを、選んでいます」

「すずなと同じじゃん」

「……似ているかもしれません」

 

 七日間、すずなは動いた。

 観察記録をつけた。ミオとネムが第七遅延区に存在することで、周辺の時刻表にどういう変化が起きるか、毎日記録した。キップが補助した。数値と事実だけを記録した。感情を入れなかった。セイが見ても反論できないように、丁寧に、正確に。

三日目に、最初の記録が出た。

 ミオとネムが存在する区画の周辺で、時刻の誤差がわずかに縮小していた。

 ただし、数値は小さかった。誤差の範囲だと言われれば、それまでだった。

「これは」

 すずなは記録を確認した。

「誤差が縮んでいる。でも、まだ証拠にはなりません」

「そうだ。セイが見れば、偶然だと言うだろう」

 キップは記録用紙の端を前足で押さえた。

「新人。喜ぶな。記録しろ」

「はい」

 すずなは書いた。縮小、と。

 ただし、判断保留、とも。

 四日目には、逆の記録が出た。

 第五貨物線の時刻誤差が、前日より広がっていた。

 すずなは、その数値を見た瞬間、手を止めた。

「……悪化しています」

「一箇所だけだ」

「でも、悪化は悪化です。セイが見れば、こちらを重く見るかもしれません」

「見るだろうな」

 キップは否定しなかった。

 だから、すずなも消さなかった。

 不利な記録も、同じ筆圧で書いた。都合のいい事実だけを並べたなら、それは記録ではなく、言い訳になる。

 五日目に、白紙駅から報告が来た。

 長期滞在していた乗客が、初めて前へ進む意思を示した、という内容だった。時刻表の誤差と直接関係があるとは言えない。けれど、すずなはその報告も別紙にまとめた。

 六日目には、郵便車両の担当者から連絡が来た。未送達の言葉の処理速度が、わずかに上がっているという。

 七日目の夜、すずなは最後の記録を書き終えた。

 日付、時刻、観測地点、誤差の増減。七日分の数字が、机の上に並んでいる。

 キップがその上を歩き、前足で記録用紙を一枚ずつ押さえながら確認した。

「新人」

「はい」

「局所的な揺れはある。悪化した区画も一つある。だが、全体では縮んでいる」

「全体では」

「そうだ。ミオとネムが存在することで、第七遅延区全体の時刻表が破綻に近づいている、というセイの主張とは逆の結果だ」

 

照合が終わったあと、すずなは記録を一冊の薄い綴じ紐にまとめた。

 明日、セイに渡すためのものだった。けれど、その前に、最初に見せるべき相手がいると思った。

「これが、七日間の結果です」

 ミオは記録を読んだ。読みながら、少しずつ表情が変わった。

「時刻表の誤差が、縮んでる」

「はい」

「わたしがいることで、縮んでる」

「記録上は、そうなっています。キップの考えでは、ミオとネムが安定して存在することで、周辺の遅延乗客が安定する可能性があります。遅延乗客の安定が、時刻表の歪みを減らす」

「わたしが、時刻表を直してるってこと?」

「直している、というより、安定させている。でも、そういうことになります」

 ミオは記録を見た。数字と事実が並んでいる記録を、しばらく見ていた。

「これ、セイに見せるの?」

「明日、見せます」

「それで、どうなるかな」

「わかりません。でも、データとして渡します。判断するのはセイです」

「セイが、それでも承認しなかったら」

「また話し合います」

「また言った、また話し合います」

ミオは笑った。でも、今日の笑いは少し違った。疲れた笑いではなかった。少し、力のある笑いだった。

「七日間、すずなが作ってくれた記録だね、これ」

「キップも手伝いました」

「でも、すずなが作った」

「作りました」

「わたしのために」

「ミオとネムのために、です」

「ありがとう。すごく、ありがとう」

「礼は不要です」

「言う」

「聞きます」

 ミオが少し笑った。

「すずな、礼を受け取るようになったね」

「受け取るべき場面だったので」

「成長してる」

「そうでしょうか」

「してる。最初はもっと、何でも自分で抱えてた。今は受け取れる」

 すずなは少し考えた。

「ミオがいたからかもしれません」

「わたしが?」

「ミオが、わたしの言葉を覚えていると言いました。わたしの口癖を知っていると言いました。それを聞いて、自分が誰かに受け取られているということを、初めてわかった気がしました」

 ミオはすずなを見ていた。

「すずながわたしを受け取ってくれて、わたしがすずなを受け取って」

「そういうことになります」

「じゃあ、お互い様だね」

「お互い様です」

 ミオは記録を返した。すずなはそれをノートに挟んだ。

「ねえ、すずな」

「はい」

「承認されなくても、管理局の記録から外れても、一緒にいてくれる?」

「います」

「すぐ答えるんだ」

「七日間、考えました」

「そっか」 

「遅延証明書の発行には、責任を引き受ける者の署名が必要です。わたしが署名します。そうすれば、管理局の記録から外れる可能性があります」

「それって、管理局の駅員じゃなくなるってこと?」

「定刻から外れた駅員、ということになります」

「定刻から外れた駅員」

「見習いのまま、終わるかもしれません。でも、それでいいと思っています」

「なんで」

「定刻通りの場所にいても、ミオのそばにいられないなら、意味がないからです」

 ミオは黙っていた。

「すずな」

「はい」

「わたしのために、そこまでしてくれるの」

「ミオのためだけではありません。わたしがそうしたいからです」

「同じことじゃないの」

「違います。わたしが選んでいるということが、違います。誰かに言われたのでも、規則があるからでもなく、わたしがそうしたいから、そうします」

 ミオはしばらく、すずなを見ていた。

「わたし、あの星屑の中の声が聞けて、よかった」

「おかえりという声ですか」

「うん。あれを聞いて、帰りたい場所を持てることを知った。そして今、帰りたい場所がある」

そう言って、すずなの方を向いた。

「すずなのそば」

「知っています」

「覚えてた」

「覚えています」

「何回言っても、忘れないでいてくれる?」

「忘れません」

「ずっと?」

「ずっと」

 ミオは少し目を閉じた。閉じて、また開けた。

「じゃあ、明日のこと、任せる。すずなに任せる」

「任せてください」

「わたしは何をすればいい?」

「そこにいてください。いるだけで、じゅうぶんです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ