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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第8話:荒野の果てに見える希望

周囲に散乱する無数の肉塊と、鼻を突く強烈な血の匂い。赤茶けた荒野は、おびただしい量の魔物の体液によってどす黒い沼のように変色していた。

その凄惨な地獄絵図の中心で、男は荒くなっていた呼吸を徐々に落ち着かせていった。全身にべったりとこびりついた返り血の生温かさが、彼にとっては己の絶対的な力を証明する極上の勲章のように感じられていた。

「ふぅ……」

満足げなため息をつきながら、男は軽く右手を振るった。主の意志を察知し、周囲で待機していた双頭の炎獣と四腕の鋼鉄巨兵が、音もなく赤い光の粒子となって虚空に溶け込んでいく。再び静寂を取り戻した荒野には、ただ焦げた肉の煙が細く立ち上るだけだった。

男は自分の手のひらをじっと見つめ、ゆっくりと握りしめた。

(間違いない。地下牢での惨めな生活は、完全に終わったのだ)

つい数時間前まで、自分は光の届かない湿った檻の中で、泥水をすすりながら餓死を待つだけの惨めな囚人だった。無能な看守たちに嘲笑われ、プライドをズタズタに引き裂かれていたあの日々。しかし、今は違う。枯渇していた魔力はかつてない規模で蘇り、ひ弱だった肉体は素手で岩を砕くほどの異常な力に満ち溢れている。

あの理不尽で薄汚い世界から追放されたことは、結果として大正解だったのだと男は都合よく解釈した。自分のような偉大な存在は、あんなちっぽけな世界に収まる器ではなかったのだ。この果てしない未知の世界こそが、自分の真の力を解放し、君臨するにふさわしい舞台なのだと。

しかし、高揚感が落ち着いてくると同時に、男の脳裏には極めて現実的な問題が浮かび上がってきた。

「力を見せつけるのはいいが、このままでは腹も減るし、寝る場所もないな」

男は忌々しげに舌打ちをした。周囲を見渡しても、奇妙にねじ曲がった植物と乾いた岩が転がっているだけで、食料や水になりそうなものは見当たらない。何より、男が最も欲している「己の偉大さを称賛する観客」がいないのだ。

どれだけ強大な力を持っていようとも、誰も見ていない荒野で石を砕き魔物を殺しているだけでは、自己満足に過ぎない。自分を崇め、ひれ伏し、極上の酒と料理を運んでくる奴隷のような存在がいなければ、絶対的な支配者としての快感は得られないのである。

男は淀んだ紫色の空の下、あてもなく荒野の先へと視線を巡らせた。

すると、地平線の彼方、霞がかった遠方の景色の中に、不自然な人工物のシルエットが浮かび上がっているのを見つけた。

「あれは……」

目を凝らすと、それは天を突くほど巨大な岩山に寄り添うようにして建てられた、極めて巨大で堅牢な石造りの防壁だった。荒野の過酷な環境から身を守るために築かれたのであろうその構造物は、間違いなく知性ある生命体が作り出した「砦」であった。

ここまでの道中で遭遇した悍ましい魔物たちの群れを考えれば、あの壁の内側にいるのは、魔物の脅威に怯えながら身を寄せ合って生きる脆弱な人間たちである可能性が高い。

その推測が頭に浮かんだ瞬間、男の顔にこの上なく卑劣で邪悪な笑みが広がった。

「ククク……なるほど。あそこに人間どもが隠れ住んでいるというわけか」

男の頭の中で、瞬く間に打算的で自己中心的な計画が組み立てられていく。

こんな絶望的な環境で砦に引きこもっている連中など、どうせ毎日死の恐怖に怯えている哀れな弱者どもに違いない。そんな彼らの前に、魔物の群れをたった一人で粉砕するような強大な力を持った自分が現れたらどうなるか。

答えは簡単だ。彼らは自分を「世界を救うために舞い降りた救世主」として狂喜乱舞し、涙を流してすがりついてくるに決まっている。

男は、決してただの迷い人として砦に入れてもらうつもりなどなかった。

「俺は勇者だ。ただ助けてやるわけがないだろう。俺の圧倒的な力を見せつけ、命の恩人として恩を着せ、連中の希望を完全に俺が握ってやるんだ」

そうすれば、砦の人間たちは自ら進んで男に全てを差し出すだろう。一番安全で豪華な部屋、最も美味い食料、そして何より、男の機嫌を損ねないための絶対的な服従。王様以上の極上の生活が待っている。

もし少しでも反抗的な態度をとる奴がいれば、あの魔物たちと同じように肉塊に変えて見せしめにすればいい。恐怖と希望の両方で支配するのだ。

「待っていろよ、哀れな下民ども。この俺が、特別に庇護してやる」

男は顔にこびりついた魔物の血を手の甲で無造作に拭い去ると、遠くに見える巨大な防壁に向けて歩みを進め始めた。

足取りは羽のように軽く、その瞳にはかつての仲間への復讐など既に消え失せ、新たな世界での独裁者としての欲望だけがギラギラと輝いていた。荒野の果てに見つけた希望とは、他者を救うためのものではなく、男自身が底なしの欲を満たすための単なる「餌場」に過ぎなかったのである。

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