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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第6話:異質な力の脈動

狂喜の笑い声を荒野に響かせていた男は、やがて乱れた呼吸を整えると、ゆっくりと自分の両手を見下ろした。

地下牢での一年間に及ぶ飢えと寒さで、彼の肉体は限界まで衰弱しきっていた。食事もろくに与えられず、腕や脚はまるで枯れ枝のように細く、あばら骨が浮き出るほどにやせ細っている。ボロ布のような衣服から覗く外見の惨めさは、先ほどまでと何も変わっていない。

だが今、彼の内側からは底なしの活力が際限なく湧き上がり、細い筋肉の隅々にまで強大なエネルギーが満ち満ちていた。

本来、召喚師という職業は後衛であり、自ら前線に出て武器を振るうことなどない。かつての勇者パーティー時代でも、野営の準備や重い荷物運びといった泥臭い肉体労働はすべて、あの忌々しい無能な戦士に押し付けていた。男自身の肉体はひ弱であり、重い剣を振るう腕力などなく、少し走っただけでも息を切らすのが常だった。肉体労働など下民のやることだと見下し、己は高貴な魔法の使い手であると信じて疑わなかったのだ。

男は自らの身体に起きている信じがたい変化を確かめるべく、近くにあった赤茶けた巨大な岩山へと歩み寄った。それは彼自身の背丈を遥かに超える、硬く乾いた分厚い岩塊である。

男は無造作に右の拳を握りしめた。そして、かつてのひ弱な自分であれば絶対に腕の骨が砕け散っているであろう勢いで、その硬い岩肌に向かって全力で殴りつけた。

轟音。

まるで巨大な攻城兵器が直撃したかのような凄まじい衝撃音が、赤茶けた荒野に響き渡った。男の拳が触れた瞬間、巨大な岩塊は中心から蜘蛛の巣のように無数の亀裂を走らせ、次の瞬間、内部から爆発したかのように粉々に砕け散ったのだ。

大小の岩の破片がバラバラと周囲に降り注ぐ中、男は自分の無傷な右拳をまじまじと見つめた。

痛みなど全くない。皮膚がすり剥けることすらなく、ただ鋼鉄のように硬い岩を豆腐のように粉砕したという圧倒的な事実だけがそこにあった。

「信じられん……」

男は歓喜に顔を醜く歪めながら、今度は荒野を全力で駆け出してみた。

一歩踏み出すごとに大地が深く抉れ、風を切り裂くようなすさまじい速度で赤茶けた荒野を飛ぶように疾走する。どれだけ全力で走り続けても、高く跳躍しても、足腰の筋肉が悲鳴を上げることはなく、息一つ乱れることがない。心肺機能が人間という種の限界を遥かに超越し、全く別の高次な生物に生まれ変わったかのような万能感があった。

魔法の力だけではない。俺の肉体そのものが、無敵の強さを手に入れたというのか。

男は急停止し、自身の力強さに酔いしれるように両腕を大きく広げた。強力な召喚獣の力に頼らずとも、今の自分は素手だけで巨大な魔物を引き裂くことができる。強大な魔力と、圧倒的な物理戦闘能力。その両方の頂点に立つ完全無欠の存在。それこそが今の自分なのだと、男の肥大化した自尊心は際限なく膨れ上がっていく。

「やはり俺は選ばれた存在だ!あの薄汚い世界では、俺の真の力は抑え込まれていたに過ぎない!この未知の世界に来て、ついに俺という偉大な存在が完全な形で解き放たれたのだ!」

男が己の絶対的な力に陶酔し、紫色の空に向かってさらなる高笑いを上げようとしたその時だった。

ドクンッ。

突如として、心臓の奥底を重く、ひどく冷たい何かが鷲掴みにしたような感覚が走った。

「ぐっ……!?」

男は咄嗟に胸を押さえ、その場に膝をつきそうになった。鋭い痛みがあるわけではない。だが、ひどく悍ましい感覚だった。

まるで全身の血管の中に、煮えたぎる熱い泥がどろどろと一気に流れ込んできたかのような強烈な違和感。己の血肉とは完全に異なる、何か禍々しく、どす黒い異質のエネルギーが、心臓を起点にして全身の細胞へと深く根を張っていくような感覚である。

それは、この荒野を覆う淀んだ紫色の空よりもさらに深く、重い瘴気のような力だった。先ほど魔物を吹き飛ばした際に無意識に放っていた赤黒い魔力。あれも本来の男が持っていた純粋な魔力の色ではない。

しかし、男はその明白な異常に目を向けることはなかった。

心臓の不気味な鼓動は数秒で収まり、熱い泥のような感覚もすぐに全身の活力へと同化して消え失せた。

「……ふん。力が急激に溢れ出しすぎたせいで、身体が驚いただけか」

男は立ち上がり、胸のあたりを軽く払うと、何事もなかったかのように不遜な笑みを浮かべた。

常識的に考えれば、いきなり自分の肉体が変質し、これほどの異常な身体能力を発揮できるようになること自体が不自然極まりない。ましてや、あの気味の悪い心臓の脈動と異物感。誰かが外から強引に強大な力をねじ込んだような、明確な操作の痕跡である。賢明な者であれば、自分が何らかの恐ろしい存在の掌の上で踊らされているのではないかと疑い、警戒するはずである。

だが、男の極限まで肥大化した自己中心的な精神は、その都合の悪い事実をあっさりと脳内から排除してしまった。

この力は俺のものだ。俺が本来持っていた隠された潜在能力が、この世界で完全に開花したという証拠に他ならない。俺を陥れたあの世界の連中は、俺の真の恐ろしさに気づかず、自ら破滅の種をまいたというわけだ。

男の頭の中には、大いなる存在によって与えられた力であるという疑念など一片も湧かない。すべては自分が特別だから起きた奇跡であり、自分こそが世界の中心であるという傲慢な確信だけがそこにあった。

「さて、いつまでもこんな何もない荒野にいるわけにはいかないな」

男は忌々しげに周囲の景色を一瞥すると、顎をしゃくって不敵な笑みを深めた。

これほどの絶大な力を手に入れたのだ。誰かに見せつけ、称賛され、傅かせなければ意味がない。男が求めているのは孤独な最強ではなく、他者を圧倒し、見下し、全ての贅沢を享受できる絶対的な支配者の座であった。

「どこかに人間はいないのか。この俺の偉大なる力にひれ伏し、極上の歓待を用意する連中が」

男は悠然とした足取りで、淀んだ紫色の空の下を歩き出した。

この無敵の力さえあれば、何者も俺に逆らうことはできない。この世界の全てを俺の足元にひざまずかせてやる。男の瞳には、未知の世界に対する不安など微塵もなく、ただ己の身勝手な欲望と傲慢な野心だけがギラギラと燃え盛っていた。

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