第49話:狂王の凱旋と不要な自我
光が完全に消え去り、絶対的な闇に包み込まれた世界。その深淵にそびえ立つ漆黒の魔王城の謁見の間に、血と泥にまみれた勇者の足音が響き渡っていた。
「終わったぞ、大魔王! 忌まわしいクリスタルは木っ端微塵に砕け散り、あの砦にいた愚民どもは一匹残らず俺が始末してやった!」
謁見の間の広央に立ち、勇者は布越しの玉座と、傍らに立つマントの男に向けて得意げに両手を広げた。その顔には、弱者を一方的に蹂躙したことへの下劣な達成感と、これから手に入る途方もない報酬への強欲な笑みが張り付いている。
「さあ、約束通り世界の半分と玉座をよこせ! この俺が、大魔王様と共にこの新たな闇の世界を支配する真の王となるのだ!」
自らの偉大なる虐殺の成果を熱弁し、狂気じみた高笑いを上げる勇者。彼にとって、自分はすでに大魔王と対等か、それに次ぐ絶対的な権力者であるという錯覚が完全に出来上がっていた。
だが、その狂喜の声を遮るように、玉座の奥から大魔王の底冷えのする声が響いた。
「大儀であった。約束通り、貴様には力と領土を与えよう」
「おおっ! では――」
「――しかし、貴様の人格や自我などは、もはや不要だ」
勇者の歓喜の顔が、一瞬にして凍りついた。
「は……? いま、なんと……」
「己の保身と欲得のために同胞を裏切り、平然と虐殺を行う腐りきった本性。その見下げ果てた人間性があったからこそ、貴様は結界を通り抜け、クリスタルを破壊できた。だが、その役目はすでに終わったのだ」
大魔王の言葉は、氷のように冷たく、一切の慈悲を排した絶対的な宣告であった。マントの男もまた、滑稽な道化の末路を見下ろすように冷ややかに微笑んでいる。
「ただ私の優秀な駒としてのみ生きること。それだけが、今の貴様に残された唯一の存在価値である」
「な、何を馬鹿なことを! 俺は世界の半分を……ぎゃあっ!?」
勇者が抗議の声を上げた直後、大魔王の玉座から、これまでの瘴気とは比べ物にならないほど濃密でどす黒い、漆黒の瘴気が奔流となって放たれた。
それはまるで巨大な蛇のように広間を這い、一瞬にして勇者の全身に絡みついた。
「が、ああああっ!? な、なんだこれはっ、身体が……熱い、痛いぃぃっ!!」
漆黒の瘴気は勇者の皮膚を突き破り、毛穴という毛穴から肉体の内側へと強制的に侵入を開始した。それは単なる物理的な苦痛ではなく、魂の深淵そのものをドロドロに溶かし、大魔王の意のままに動く手駒へと強引に作り変えようとする絶望的な侵蝕であった。
「やめろ、やめてくれ! 俺は神に、新世界の王になる男だぞ! ぎゃああああああああっ!!」
絶対的な闇の力に完全に飲み込まれ、床を転げ回りながら絶叫する偽りの神。大魔王との取引の真の代償は、彼の命や忠誠などではなく、彼自身という存在そのものの完全な消去であった。




