第47話:蹂躙される砦と消えゆく希望
歓声と祝福に満ち溢れていたはずの人間最後の砦は、一瞬にして地獄の底のような阿鼻叫喚の惨劇へと変貌した。
「ぎゃあああああっ!」
「逃げろ! 悪魔だ、あの男は悪魔だ!」
愛する者を失った悲鳴、助けを求める泣き叫び、そして鉄と血の臭いが瞬く間に広場を埋め尽くす。
だが、その阿鼻叫喚の合唱を背中で聞きながら、勇者の足取りは軽やかそのものだった。彼の瞳に映るのは、恐怖に顔を歪めて逃げ惑う人々ではなく、ただの一匹残らず踏み潰すべき虫の群れにすぎない。
「待てよ、そんなに急いでどこに行く。お前たちの血と絶望が、俺の『世界の半分』への布石になるんだ。もっと盛大に足掻いてみせろ!」
勇者は冷酷な笑みを浮かべ、逃げ惑う人々に向けて右手を突き出した。
容赦など微塵もない。かつて自分を温かく迎え入れ、なけなしの食料や貴重な物資を差し出してくれた老人たちも、怯えて震える子供たちも、今の彼にとってはただの標的でしかなかった。
ズドォォォォンッ!!
勇者の掌から放たれた極大の攻撃魔法――『煉獄の業火』が、逃げ遅れた群衆の真ん中で爆発した。
激しい炎が瞬く間に周囲を飲み込み、一瞬にして数十人の命を灰に変えていく。熱波と爆風に吹き飛ばされ、石畳の上に折り重なるように倒れ伏す無数の死骸。しかし、その光景を目にしても、勇者の胸が痛むことはなかった。罪悪感や良心の呵責など、彼の腐りきった魂からはとうの昔に消え去っている。
「ははっ、面白いように消え飛ぶな! これこそが絶対的な力の快感だ!」
さらに、勇者は空間を裂くように両手を広げ、かつての旅路で使役していた凶悪な召喚獣たちを次々と呼び出した。
巨大な魔狼の群れや、空を覆う漆黒の翼を持つ悪魔の鳥たちが砦の空に現れ、逃げ惑う人々を背後から容赦なく噛み千切り、爪で引き裂いていく。
砦のあちこちから立ち上る黒煙と、絶え間なく響く断末魔の叫び。
かつて人々が助け合い、細々と命をつないでいた最後の希望の郷は、今や勇者と召喚獣たちによる一方的な虐殺の舞台と化していた。
勇者は血に染まった広場をゆっくりと歩みを進めながら、その顔を醜悪な恍惚の笑みで歪めていた。
弱者を圧倒的な暴力で蹂躙しているという歪んだ優越感。そして、この虐殺の果てに大魔王から与えられる「世界の半分」という途方もない権力への欲望が、彼の心を満たし尽くしていたのだ。
恩を仇で返すことへの恥じらいなどない。育ててくれた、あるいは命を救ってくれた者たちの命を奪うことに対する躊躇もない。あるのは、己の欲得を満たすためならば人間ですら容易く踏み台にする、救いようのないエゴイズムだけである。
「さあ、もっと泣き叫べ。お前たちの絶望が深ければ深いほど、俺の王座の輝きが増すというものだ」
背後で響く人々の悲鳴を子守歌代わりにするかのように、冷酷な死神の如き身なりとなった勇者は、血の海と化した砦の奥へ、さらなる虐殺のために足を進めていった。




