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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第46話:歓喜の出迎えと裏切りの凶刃

どんよりと垂れ込めていた紫色の雲の隙間から、ほんのわずかな光が差し込む荒野の果て。

そこからただ一人、ゆっくりとした足取りで歩み寄る影を見つけた時、人間最後の砦はかつてないほどの熱狂と歓喜に包まれた。

重厚な砦の門が大きく開かれ、待ちわびていた何万という民衆が広場へと雪崩れ込む。

彼らの視線の先には、出陣した時と全く変わらぬ姿で、傷一つ負わずに帰還した勇者の姿があった。伝説の兜、盾、鎧、そして背に負った大剣。魔界の最深部である大魔王の城から無傷で生還したその事実は、砦の人々にとってたった一つの結論を意味していた。

「勇者様が……大魔王を、打ち倒してくださったのだ!」

誰かの震える声が響いたのを皮切りに、広場は割れんばかりの歓声と号泣の渦に飲み込まれた。

長きにわたる恐怖と絶望の時代が、ついに終わったのだ。人々は互いに抱き合い、空を仰いで涙を流し、満面の笑みを浮かべて勇者の帰還を心から祝福した。

「おお、勇者殿……! よくぞ、よくぞご無事で!」

群衆をかき分け、最前列に進み出た老王もまた、顔中を涙で濡らして無防備な笑顔を向けていた。

人類が救われたという圧倒的な安堵感。そして、民の未来を守るために玉座を譲り渡すという自らの約束を果たすため、王は両手を広げて勇者へと歩み寄る。

「あなた様は真の救世主だ。さあ、約束通りこの砦の玉座はあなた様に……」

その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

ズブッ。

生々しい肉を裂く音が、歓声に包まれた広場に異様なほど響き渡る。

老王の顔から笑顔が消え、信じられないものを見るかのように、自らの胸元へとゆっくり視線を落とした。

王の胸の中心を、不気味な赤紫色の瘴気を纏った「伝説の剣」の太い刃が、背中まで深々と貫通していたのだ。

「あ……が、ふっ……」

老王の口から大量の赤黒い血が溢れ出し、石畳を赤く染めていく。

何が起きたのか全く理解できないまま、王は事切れた操り人形のように力なく崩れ落ち、勇者の足元でピクリとも動かなくなった。

一瞬の出来事だった。

熱狂に包まれていた広場は、水を打ったように静まり返り、完全な沈黙が落ちた。

民衆たちは見開かれた目で、血だまりの中に倒れる自分たちの王と、その血を滴らせた伝説の剣を握る勇者を交互に見つめ、その場に完全に凍りついた。魔王の呪いか、それとも何かの間違いか。あまりにも理不尽な光景に、誰一人の脳も追いついていなかった。

そんな静寂を切り裂くように、勇者の口から腹の底に溜まっていた笑い声が漏れ出した。

「くくく……あっははははははっ! はーっはっはっはっは!!」

それは、世界を救った英雄のものなどでは断じてない。底なしの悪意と、身勝手な欲望だけで塗り固められた最低の化け物の高笑いであった。

「ゆ、勇者……様……?」

最前列にいた一人の女性が、震える声で尋ねる。

「あぁ、実にいい気分だ! ずっとこの瞬間を待っていたぞ、馬鹿な愚民ども!」

勇者は剣についた王の血を振り払い、狂気に満ちた目で群衆を睥睨した。

そこに一切の躊躇や良心の呵責はない。大魔王への絶対的な恐怖に屈し、命乞いの末に魂を売り渡したという己の無様な真実など、彼の頭の中ではすでに完全に都合よく上書きされていた。

「大魔王の討伐だと? 冗談を言うな。あんな化物に勝てるわけがないだろう。だが安心しろ、俺はもっと素晴らしい契約を結んできたのだからな!」

勇者は伝説の剣を高く掲げ、砦中に響き渡る声で叫んだ。

「大魔王様からのご褒美、世界の半分のためだ! お前たち全員の命と、忌まわしいクリスタルをあの御方に捧げ、俺は新しい世界の支配者となるのだ!」

その瞬間、民衆の心の中で「希望」という名の糸が完全に断ち切られた。

目の前にいるのは、救世主などではない。人類を裏切り、悪魔の尖兵と成り果てた最悪の死神である。

「逃げ……逃げろおおおおっ!」

誰かの悲鳴を合図に、凍りついていた群衆が一斉に背を向け、パニックとなって逃げ惑い始めた。

しかし、勇者の顔には醜悪な恍惚の笑みが張り付いていた。

「遅い。誰一人として生かしては帰さんぞ」

伝説の剣が横薙ぎに振るわれ、漆黒の斬撃波が放たれる。

逃げ惑う丸腰の民衆たちに向かって、一切の慈悲もない凄惨な大虐殺が、今まさに幕を開けたのであった。

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