第45話:恐怖の契約成立と悪魔の尖兵
静寂に包まれた謁見の間に、再び大魔王の底冷えのする声が響き渡った。
「――成し遂げた暁には、この世界の半分を与え、お前に統治させよう」
その言葉が発せられた瞬間、勇者の脳内で何かが完全に弾け飛んだ。
(せ、世界の半分……!)
背筋を凍らせる大魔王への絶対的な死の恐怖。それと同時に、勇者の腐りきった魂の奥底から、ドス黒く巨大な欲望が爆発的に膨れ上がった。
世界の半分。それは、辺境のちっぽけな砦の王座などとは到底比較にならない、途方もない権力と富の確約である。その見返りのためならば、自分を信じて祈りを捧げている善良な民衆の命など、安いものだった。そこに良心の呵責や葛藤など、最初から一欠片も存在していなかったのだ。
「や、やります! やらせてください!」
勇者は狂喜に満ちた声を上げ、黒大理石の床に額を何度も激しく打ち付けた。鼻水と涙でぐしゃぐしゃだった顔には、今や卑劣極まりない歓喜の笑みがべったりと張り付いている。
「あの砦の愚民どもも、忌まわしいクリスタルも、全て私がぶっ壊してご覧に入れます! この命に代えましても、必ずや大魔王様のご期待に沿ってみせます!」
床に頭を擦り付けながら忠誠を誓うその姿は、つい先ほどまで砦の民衆に見せていた慈悲深き救世主の面影など微塵もない。ただ己の命と欲得のためだけに他者を食い物にする、醜悪な化け物そのものであった。
「よい返事だ。ならば行け、我らが忠実なる泥棒よ」
マントの男が嘲笑と共に道を空け、大魔王の放つ絶大な威圧感がわずかに後退する。
大魔王との恐怖の契約は、ここに完全に成立した。
自らを神と勘違いしていた哀れなピエロは、世界の半分という途方もない欲望と、大魔王への絶対的な恐怖という二つの強固な鎖で完全に繋がれたのだ。人類の希望たる救世主は、この瞬間、大魔王の最も凶悪で忠実な尖兵へと完全に成り下がったのである。
(待っていろよ、砦の馬鹿ども。お前たちの命と絶望を代償にして、俺は世界の半分の支配者となるのだ)
歪んだ歓喜に打ち震えながら、勇者はゆっくりと立ち上がり、謁見の間を後にする。
その背中は、もはや人間を守るためではなく、人間を根絶やしにするためだけに存在していた。伝説の武具に身を包んだ悪魔の尖兵は、自分を信じて待つ心優しい人々を底なしの地獄へ叩き落とすため、血塗られた裏切りの帰路へとその足を踏み出した。




