第40話:謁見の間の絶望と再会
吹き飛ばされた巨大な扉の残骸と粉塵を踏み越え、勇者は肩に剣を担いだまま、自信満々な足取りで謁見の間へと踏み込んだ。
「さあ、玉座を――」
大魔王を見下し、新たな神としての宣言を言い放とうとしたその言葉は、しかし、勇者の喉の奥で完全に凍りついた。
踏み出した右足が、まるで目に見えない分厚い壁に衝突したかのように、ピタリと止まる。
空間の空気が、これまでの魔王城の内部とは全く、それこそ根本から異なっていたのだ。
先ほどまで勇者が紙屑のように蹂躙してきた城の防衛網や精鋭部隊など、所詮はただの子供の遊びに過ぎなかったと思い知らされるほどの、濃密で重い「死」の気配。
呼吸をするだけで肺が黒く染まり、血液が鉛のように重く冷たくなっていくような、絶対的なプレッシャーが空間そのものを支配していた。
「な……んだ、ここは……」
その息苦しいほどの静寂と底知れぬ暗闇の中、広間の赤絨毯の中央に、一人の男が恭しく立っていた。
顔の半分を深く隠す、フード付きの黒いマント。その姿を目にした瞬間、勇者の心臓が早鐘を打ち、脳裏に雷に打たれたような衝撃が走った。
間違いない。
かつて、ダークエルフの罠にかかり全てを失い、どん底の地下牢で泥水をすすっていたあの惨めな夜。力に飢え、狂ったように喚き散らしていた自分に「扉」を示し、この世界へと誘った「謎のマントの男」であった。
なぜ、あいつがここにいる。
混乱する勇者の視線は、マントの男のさらに奥へと引き寄せられ、そして完全に縫い付けられた。
男の背後、長く続く階段のさらに上。謁見の間の最奥に鎮座する巨大な玉座があった。
そこには薄暗い布の帳が下ろされており、奥に座る者の姿を、ぼんやりとした影としてしか映し出していない。
だが、その「布越しの影」から放たれる威圧感は、もはや生物の理解を超絶していた。
勇者が身に纏う四つの伝説の武具。それらが放つ桁外れだと信じ込んでいた魔力など、広大な海に落ちた一滴の泥水でしかないと思わせるほどの、次元の違う絶大な魔力の奔流。
ただそこに「座っている」という事実だけで、空間の理が軋みを上げ、世界そのものが平伏しているかのような規格外の存在感。
大魔王。
それが誰であるか、勇者の細胞の一つ一つが悲鳴を上げて本能で理解させられる。
「あ……が……っ」
先ほどまで己を神だと信じて疑わなかった全能感が、音を立てて崩れ去っていく。
勇者の足はガクガクと震え始め、肩に担いでいた伝説の剣が、耐えきれずにズルリと床へ滑り落ちそうになった。
その無様な姿を見上げ、広間の中央に立つマントの男は、フードの奥の口元を三日月のように歪めて冷ややかに微笑んだ。
「よく来たな、哀れな泥棒よ」
静かで、どこまでも底冷えのするその声は、勇者の耳にこびりついた「最も思い出したくない過去の記憶」を強制的に引きずり出した。
自分は神などではない。
看守からの嘲笑と暴力に怯え、冷たい石の床を這いずり回り、「俺は勇者だ」と惨めに泣き叫ぶことしかできなかった、あの薄汚い地下牢の囚人。
どんなに取り繕い、伝説の武具で着飾ろうとも、お前の本質はあの時の泥をすする敗北者のままだと、その一言が冷酷に突きつけてきたのだ。
「ど、泥棒、だと……?」
勇者の声はひどく掠れ、もはや威厳の欠片もなかった。
圧倒的な次元の違う力の格差と、えぐり出された過去のトラウマ。勇者の顔から完全に血の気が引き、かつてない絶望と恐怖が、絶対無敵であったはずの偽りの神の精神を急速に侵食し始めていた。




