第39話:最奥への扉と傲慢の極致
鮮血と瓦礫で彩られた凄惨な遊歩道を抜け、勇者はついに魔王城の最上層へと辿り着いた。
長く静まり返った回廊の突き当たり。彼の目の前に立ちはだかるのは、見上げるほどに巨大で重厚な、禍々しい装飾が施された黒曜石の扉であった。大魔王の待つ謁見の間、すなわちこの世界の頂点へと続く最後の関門である。
勇者はその巨大な扉を見上げ、心底愉快そうに喉を鳴らした。
「くくくっ……いかにもラスボスの部屋といった仰々しい扉だが、少しばかり悪趣味だな。俺が玉座に座った暁には、もっと純金と宝石で飾り立てた、俺に相応しい明るい扉に変えさせるとしよう」
ここまで、ただの一度も苦戦らしい苦戦をしていない。
一切のダメージを受けず、息一つ乱すことなく、大魔王の精鋭たちや凶悪な罠をゴミのように蹴散らしてきた。不気味な赤紫色の瘴気を放つ伝説の武具に身を包んだ勇者は、己の力がもはや人間の枠を完全に超え、神の領域へと達していると確信していた。
扉の向こう側にいるであろう、かつては恐怖の象徴であった大魔王に対し、勇者の心には微塵の警戒心もなかった。それどころか、完全な見下しと哀れみすら抱いていた。
「今頃、俺が纏う伝説の武具の圧倒的な力に怯え、玉座の下でガタガタと震え上がっている頃だろう。可哀想にな。だが安心しろ、俺が慈悲深い一撃で、お前のその惨めな命を終わらせてやる」
己が新たな神としてこの世界に君臨する、その歴史的瞬間。
ノブを回して普通に扉を開けて入るなど、新世界の神の入場行進には到底相応しくない。
勇者は底なしの傲慢な笑みを口元に浮かべると、重厚な扉に向けて右手をかざした。
魔力を練り上げる予備動作すらなく、極大の爆炎魔法が一瞬にして勇者の掌に収束していく。かつてならば数人がかりの魔術師が長時間の詠唱を経てようやく発動できるような、理外の魔法である。
「派手に散れ。旧時代の敗北者よ」
勇者が薄く笑いながら右手を押し出した瞬間。
極限まで圧縮された超高熱のエネルギーが、魔族の強固な結界で何重にも守られているはずの黒曜石の扉に直撃した。
ズドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
城全体を激しく揺るがす凄まじい轟音と共に、絶対の強度を誇っていたはずの巨大な扉は、結界ごと跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んだ。
熱波と爆風が荒れ狂い、謁見の間へと続く入り口がぽっかりと、そして無惨にその口を開く。
もうもうと立ち込める黒煙と粉塵の中を、勇者は背中に負っていた伝説の剣を悠然と引き抜き、肩に担いだ。
「さあ、玉座の引継ぎ式の始まりだ」
己の全能感を微塵も疑うことなく。
全てを手に入れたと錯覚し、傲慢の極致に達した最低の男は、堂々たる足取りで大魔王の待つ玉座の間へと、その足を踏み入れた。
その先に、己の想像を絶する真の恐怖と絶望が待ち受けていることなど、知る由もなかった。




