第37話:漆黒の魔王城と無意味な門番
瘴気が濃く立ち込める荒野を抜け、勇者の目に圧倒的な威容を誇る建造物が飛び込んできた。
天を衝くほどに巨大で、鋭く切り立った漆黒の尖塔群。周囲の光を全て吸い込むような暗黒の石で組み上げられたその城は、見る者に根源的な死と絶望を連想させる、まさに魔界の象徴であった。
大魔王の居城。ガイナックスの世界を恐怖で支配する、諸悪の根源である。
しかし、そのおぞましい魔王城を前にしても、勇者の顔には嘲りの笑みが浮かんでいた。
(図体ばかりデカくて悪趣味な城だ。俺が新たな神として君臨する時には、もっと金と宝石で飾り立てた煌びやかな城に建て直してやるとしよう)
勇者が歩みを止めず、巨大な鉄格子の降りた正門へと近づいていくと、大地が低く唸り声を上げた。
ズズンッ……ズズンッ……!
地響きと共に、城の影から二つの巨大な首が鎌首をもたげる。
現れたのは、全身を分厚い鋼鉄のような鱗で覆われた、見上げるほどに巨大な双頭の魔竜であった。口の端からは高熱の炎と猛毒の酸が滴り落ち、二対の凶悪な眼光が侵入者を捉えて爛々と輝く。
これまでの遺跡や迷宮で遭遇したどの魔物とも次元が違う、魔王城の門番として絶対的な力を持つ特大の絶望。並の人間であれば、その姿を見ただけで心臓が停止していただろう。
「グルルルルァァァァァァッ!!」
双頭竜が空気を震わせるほどの咆哮を上げ、侵入者を消し炭にすべく、二つの口から同時に極大の業火と毒のブレスを放とうと息を吸い込んだ。
だが、勇者は歩みを止めなかった。
「うるさいトカゲだ。俺の歓迎パレードにしては少々品がないな」
勇者は欠伸でもするような気怠げな動作で、背に負っていた伝説の剣を片手で引き抜いた。
そして、膨れ上がる魔竜のブレスが放たれるよりも早く、ただ無造作に、ハエを追い払うかのように剣を横へと振るった。
ザァァァァンッ!!!
不気味な赤紫色の瘴気を纏った漆黒の斬撃波が、鼓膜を破るような轟音と共に空間そのものを引き裂いて飛んだ。
「ギ……?」
双頭竜がブレスを放つことはなかった。
巨大な二つの首が、信じられないほど滑らかに、同時に胴体からズレて地面へと滑り落ちたのだ。
悲鳴を上げる暇すらなかった。ただ一振り。魔力すら込められていない適当な剣閃によって、圧倒的な力を誇っていたはずの門番は、豆腐のように真っ二つに両断されて絶命したのである。
ドスゥゥゥゥンッ……!
首を失った巨大な胴体が、地響きを立ててその場に崩れ落ちる。大量の赤黒い血が噴き出し、魔王城の門前をどす黒く染め上げた。
「ふん。少しは骨のある奴かと思ったが、所詮は門番レベルの雑魚か。伝説の武具の試し斬りにもならんな」
勇者は剣についた血を振って落とし、再び背中の鞘へと納めた。
自身の放った一撃の威力に、勇者の内なる全能感はさらに極限へと向かって膨れ上がっていく。やはり自分は無敵だ。この得体の知れない底なしの力と伝説の武具が合わされば、大魔王など取るに足らない存在に過ぎない。
(俺に恐れるものなど何一つない。俺がこの世界の絶対的なルールだ)
完全に己の桁外れの強さに酔いしれた勇者は、双頭竜の血の池を悠然と踏み越え、城の正面を塞ぐ巨大な鋼鉄の城門の前に立った。
魔族の強固な結界が張られた、大砲の直撃すら跳ね返すと言われる無敵の城門。
勇者は口角を不敵に吊り上げると、その城門に向かって思い切り右足を振り抜いた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
大音響と共に、城門は結界ごと爆発したかのように粉々に吹き飛び、城の内部へと派手に散らばっていった。
「邪魔するぞ、大魔王。玉座の明け渡し請求に来てやったぜ」
傲慢な高笑いを響かせながら、世界を支配するという強欲に憑りつかれた最低の男は、一切の躊躇なく漆黒の魔王城の内部へと、堂々たる足取りで侵入していった。




