第28話:伝説の鎧と絶対防壁
暴風の霊峰の頂。鼓膜を破るような猛吹雪を抜けた先に、古代の白い石を切り出して造られた荘厳な神殿がひっそりとそびえ立っていた。
神殿の内部は外の狂ったような吹雪が嘘のように静まり返っており、張り詰めた冷気が神聖な空間を作り出していた。その最奥、氷の結晶のように透き通った輝きを放つ台座の上に、第三の武具である『伝説の鎧』が静かに安置されていた。
白銀の美しい装飾が施されたその鎧は、見るからに軽量でありながら、いかなる攻撃をも弾き返すような神秘的なオーラを放っている。
「ついに三つ目……。さあ、俺の神への階段をよこせ」
勇者が強欲な笑みを浮かべて台座へと歩み寄ろうとした、まさにその瞬間。
神殿の上空、吹き抜けになった天窓から、鼓膜をつんざくような甲高い鳴き声と共に、巨大な影が急降下してきた。
「キルルルルァァァァッ!!」
現れたのは、四枚の巨大な翼と水晶のような鋭い嘴を持つ、暴風の守護者「風の神鳥」であった。
神鳥は侵入者を排除すべく、その巨大な翼を一度大きく羽ばたかせた。それだけで神殿内の空気が圧縮され、岩をも真っ二つに両断する無数の真空の刃が、勇者めがけて嵐のように殺到した。
「チッ、目障りな鳥め!」
勇者は即座に台座へと飛び込み、安置されていた伝説の鎧を掴み取ると、己の身に纏った。魔力を通した瞬間、鎧は勇者の体格に合わせて自動的に形状を変え、その全身を隙間なく覆い尽くした。
直後、無数の真空の刃が勇者の肉体に直撃する。
もし生身であれば、瞬く間に細切れの肉塊にされていたであろう絶死の連撃。
しかし。
キィンッ! カンッ! ギィンッ!
甲高い金属音が連続して響き渡ったが、勇者の体は微動だにしなかった。真空の刃は鎧の表面に触れた瞬間、いとも容易く無害な微風へと変わり、霧散してしまったのだ。
「……ほう?」
勇者が自分の身体を見下ろすと、そこには傷一つ、埃一つついていなかった。
それどころか、魔法の直撃を受けたというのに、衝撃すら全く感じなかったのである。
神鳥は自身の攻撃が通用しなかったことに怒り狂い、今度は自ら急降下して、鋼をも引き裂く巨大な猛禽の爪で勇者の頭から真っ二つに引き裂こうと襲いかかってきた。
ズガァァァァンッ!!
神殿の床が粉々に砕け散るほどの凄まじい激突。
離れた場所でへたり込んでいた最後の兵士が、巻き起こった突風に吹き飛ばされそうになりながら目を覆った。いくらなんでも、あんな巨大な爪の直撃を受ければ、ただでは済まないはずだ。
だが、砂煙が晴れた後、そこに立っていたのは、神鳥の巨大な爪を頭から真っ向に受けながらも、薄ら笑いを浮かべている勇者の姿だった。
「……く、くくっ」
鎧に当たった神鳥の爪は、まるで硬い岩壁にぶつかったガラスのように無残に欠け、血を流している。伝説の鎧が放つ『絶対的な防壁』の前に、神鳥の渾身の物理攻撃すらも完全に無力化されていたのだ。
「くくくっ……あっはははははははっ!!」
勇者の口から、狂ったような高笑いが迸った。
これが、伝説の武具の力。兜、盾、そしてこの鎧。これらを身に纏った自分には、物理攻撃はおろか、魔法の類すら一切通用しない。防御魔法を展開する必要すらなく、ただ立っているだけであらゆる攻撃が勝手に弾き返されていく。
(もはや、俺に傷をつけられる存在などこの世のどこにもいない! 俺は、俺こそは完全無欠の存在になったのだ!)
圧倒的な全能感と優越感が、勇者の脳髄を激しく揺さぶった。
もはや、大魔王など恐るるに足らず。いかなる攻撃も通じないというあの大魔王の結界とて、今の自分の前ではただの薄紙も同然に思えた。大魔王へのわずかな警戒心すら完全に消え失せ、勇者の心の中では、大魔王など自分の玉座を温めているだけの哀れな前任者へと成り下がっていた。
「さあ、薄汚い鳥め。お前は俺が神の力を得た最初の記念品だ。ただ一撃で殺すだけではつまらない、俺の絶対的な力を試すための遊戯に付き合ってもらおうか」
勇者は狂気に満ちた嗜虐的な笑みを浮かべ、神鳥に向かってゆっくりと手をかざした。
手っ取り早い即死魔法などは使わない。彼はわざと威力を抑えた炎の魔法を放ち、神鳥の美しい四枚の翼の端をじわじわと燃やし始めた。
「キエェェェェェェッ!?」
「あっははは! どうした、さっきまでの勢いは! もっと鳴け、もっと俺を楽しませろ!」
苦痛に身悶えし、逃げようと足掻く神鳥。だが、勇者は空間を固定する魔法で神鳥を床に縫い付け、今度は氷の魔法でその両足を凍りつかせ、さらに風の魔法で羽を一枚一枚むしり取るように引き裂いていく。
「やめ……やめてください……!」
部屋の隅で、最後の兵士がガタガタと震えながら呻いた。
かつて人間たちから神聖な存在として崇められていた守護者が、何の意味もない快楽のためだけに嬲り殺しにされている。その残酷すぎる光景は、地獄の悪魔の所業そのものであった。
「うるさいぞゴミ屑。俺の極上のエンターテインメントに水を差すな」
一瞥すらくれず、勇者は約一時間にもわたって神鳥を遊び半分にいたぶり続けた。
やがて、全身を焼かれ、凍らされ、切り刻まれた神鳥は、元の美しい姿など微塵も残さない、ただの醜い血肉の塊となって完全に絶命した。
「ふん、意外と呆気ない玩具だったな」
血だまりの中に転がる肉塊を見下ろし、勇者は満足げに伝説の鎧を撫でた。
大魔王を倒して世界を救うなどという使命は、今や彼の頭の片隅にもない。あるのは、この絶対的な力で世界の全てを蹂躙し、支配するという果てしない強欲だけ。
「さあ、残るは剣だけだ。さっさと案内しろ、無能」
最後の兵士に冷酷な命令を下し、己の神格化を微塵も疑わない最低の男は、血塗られた神殿を後にした。




