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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第26話:歪み切った信仰心

煮えたぎるマグマの赤い光が照らし出す火口の中心で、勇者は黒曜石の台座から紅蓮の輝きを放つ「伝説の盾」を無造作に持ち上げた。

熱を帯びているように見えるその盾は、勇者が手に取ると嘘のように冷やりとした感触に変わり、彼の腕にすんなりと馴染んだ。これで兜に続き、二つ目の武具である。神に等しい絶対的な力への階段をまた一段上った喜びに、勇者は口元を歪めて邪悪な笑みを漏らした。

満足げに踵を返した勇者の視線の先には、溶岩の川のほとりで地面にへたり込む二人の若い兵士の姿があった。

彼らの瞳からは完全に生気が失われ、ただ虚ろな目で宙を見つめている。火傷でただれた両手から血が滴り落ちていることにも気づかないほど、彼らの精神は決定的な絶望に打ち砕かれていた。

無理もない。彼らはつい先程、自らが絶対の希望と信じて命を懸けて仕えてきた救世主から、「新鮮な人間の肉」として魔物に売り渡されそうになったのだ。

あれは演技などではない。勇者の目には、自分たちへの慈悲など欠片もなかった。その残酷すぎる真実を突きつけられ、彼らの心は粉々に崩壊しかけていた。

勇者はそんな彼らの様子を見て、軽く舌打ちをした。

(チッ、完全に心が折れやがったな。ここで狂われて廃人にでもなられたら、誰が俺の荷物を運ぶんだ。仕方がない、少し『調整』してやるか)

勇者は盾を構えたまま、わざとらしく大きなため息をつき、呆れたような声で彼らに語りかけた。

「おい。お前たち、まさか私が先ほど魔神に放った言葉を真に受けているのか?」

ビクッと肩を震わせ、兵士たちが虚ろな目を勇者に向ける。

「あんなものは、知能の高い魔神の裏をかくための、高度な心理戦に決まっているだろう」

勇者は平然と、息を吐くように嘘を並べ立てた。

「あの魔神の炎の結界を破るには、奴が完全に油断して自ら結界を解く瞬間を狙うしかなかった。そのために、私が卑劣な裏切り者であるかのように振る舞い、餌を差し出すふりをして隙を作ったのだ。現に、あの魔神はまんまと騙されて隙を見せただろう? お前たちを本当に売るわけがない。全ては、誰も血を流さずにこの盾を手に入れるための、私の完璧な作戦だったのだ」

当然、全て出任せである。最初から彼らを売り渡して自分が楽をする気満々だった。

しかし、肉体的にも精神的にも限界を超えていた若い兵士たちにとって、その言葉はあまりにも甘く、劇的な救済として響いた。

灼熱の環境、極度の渇き、火傷の激痛、そして仲間たちの無惨な死。

これほどの過酷な犠牲を払いながら、もし勇者がただの残酷な化け物だったとしたら? 自分たちは無意味に苦しみ、無意味に命を使い捨てられるだけのゴミだったとしたら?

――そんな絶望的な現実を、極限状態にある人間の脳は受け入れることができなかった。精神の完全な崩壊を防ぐための自己防衛本能が、彼らの思考を強引に捻じ曲げ、狂気へと導いていく。

(そうだ……勇者様が、我々を見捨てるはずがない……!)

(全ては世界を救うための、深遠なるお考えに基づく作戦だったのだ……!)

兵士たちの瞳に、異常なまでの光が戻り始めた。

彼らは自分たちを騙し、利用しようとした勇者の非道を、「神の如き計略」へと脳内で勝手にすり替えたのである。勇者を疑うことは、これまでの仲間たちの死と自分たちの痛みを完全に否定することになる。だからこそ、彼らは勇者を絶対的な善として盲信するしかなかった。

「あ、あああ……っ!」

二人の兵士は、火傷で皮の剥がれた両手を地面に激しく叩きつけ、溶岩の熱が伝わる岩肌に額を擦り付けて、慟哭のような謝罪を始めた。

「お許しください、勇者様! 勇者様の計り知れないお考えに、一瞬でも疑念を抱いてしまった我々は……我々は、なんと愚かだったのか!」

「我々のような底辺の者の命まで救うために、あのような泥を被る演技までさせてしまったこと、万死に値します! 勇者様こそ、真の、真の救世主様です……!」

火傷の痛みなど忘れたかのように、彼らは涙と鼻水にまみれて何度も何度も土下座を繰り返した。その姿は、もはや正常な人間のそれではなく、邪教の神に魂を捧げた狂信者そのものだった。

勇者は、足元で泣き叫びながら許しを乞う二人の若者を見下ろし、口元を隠すように片手を当てた。

(ククク……ハハハハハッ! なんという滑稽な生き物だ! 少し言い訳をしてやっただけで、勝手に自分たちの頭の中を書き換えて、俺への忠誠を誓い直してやがる!)

勇者の腹の底には、この上ない優越感とどす黒い支配欲が渦巻いていた。

どんなに理不尽な暴力を振るっても、どんなに非道な裏切りを働いても、彼らは「大義のため」と解釈して勝手に平伏してくる。

もはや、彼らを縛り付けるのに脅しも暴力も必要ない。勇者の邪悪な支配は、彼らの精神の根底にまで根を張り、完全に完了したのだ。

「分かってくれたならそれでいい。お前たちのその忠義、私が神の座に就くまでしっかりと使い尽くしてやろう。さあ、立て。次の武具が我々を待っているぞ」

慈愛に満ちた(ように聞こえる)声で命じる勇者に、二人の兵士は「ははっ!」と狂喜の声を上げて立ち上がり、再び己の体重以上の荷物を背負い上げた。

火口の業火よりもさらにどす黒い、勇者の歪み切った悪意と狂信の行軍は、第三の武具を求めて次なる死地へと向かっていく。

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