第24話:灼熱の火山と渇きの行軍
腐海の迷宮を抜け、次なる目的地へと足を踏み入れた一行を待っていたのは、文字通りの地獄だった。
第二の武具「伝説の盾」が眠るという灼熱の火山地帯。
淀んだ紫色の空は、下から照らし出されるマグマの赤光によって不気味などす黒い赤色に染まっている。空気は肺に吸い込むだけで器官が焼け焦げそうになるほど熱く、絶えず舞い散る火山灰が容赦なく視界と呼吸を奪っていく。
「はぁっ……はぁっ……っ!」
生き残った二人の若い兵士たちは、限界を超えた重い荷物を背負い、朦朧とする意識の中で必死に足を動かしていた。彼らの唇は極度の乾燥でひび割れ、全身からは滝のような汗が流れ落ちているが、その汗すらも周囲の熱気ですぐに蒸発してしまう。
その数歩前を歩く勇者の周囲には、彼自身にだけ作用する「冷気の結界」が張られていた。
過酷な熱気も毒性の火山灰も、彼には一切届かない。快適な温度に保たれた結界の中で、勇者は苛立たしげに舌打ちをした。
「おい、水だ。喉が渇いた」
勇者が足を止め、顎でしゃくると、兵士の一人が震える手で荷物から大きな革の水袋を取り出し、恭しく差し出した。それは、彼ら自身が砦を出る際に死に物狂いで担ぎ出してきた、貴重な備蓄水である。
勇者は水袋を引ったくると、栓を開けて勢いよく喉に流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。
冷気の魔法でほどよく冷やされた水が、勇者の喉を潤していく。あまりに勢いよく飲んだため、口の端からこぼれ落ちた澄んだ水が乾いた地面に落ち、ジュッと音を立てて蒸発した。
「あ……」
極限の渇きに喘ぐ二人の兵士は、こぼれ落ちた水滴から目を離すことができず、無意識のうちにカラカラに乾いた喉を鳴らした。砦を出発してから、彼らは勇者に命じられるがまま荷物を運び続け、自分たちはほとんど水を与えられていない。
「ぷはっ。まあ、こんな埃っぽい場所で飲む水にしては悪くない」
勇者が口元を拭いながら水袋を下ろした時、耐えきれなくなった兵士の一人が、ふらつく足取りで膝をつき、掠れた声で懇願した。
「ゆ、勇者様……どうか、我々にも一口だけ……水を……。もう、一歩も、動けま……」
ドゴォッ!!
兵士の哀願は、勇者の容赦ない蹴りによって遮られた。
「ぐあっ!?」
顔面を蹴り飛ばされた兵士は、背中の重い荷物ごと熱く焼けた地面に無様に転がった。
「誰が休んでいいと言った、このゴミが」
勇者は手に持っていた水袋の栓をきつく締め、倒れ伏す兵士を冷酷に見下ろした。
結界の中の快適な環境にいる自分ですら喉が渇くのだから、結界の外で重労働をしている彼らがどういう状態かなど、考えずとも分かることである。しかし、勇者には他者を思いやる心など微塵もない。
「お前たちのような使い捨ての荷物持ちに飲ませる水など一滴もない。世界を救う私に万が一のことがあってはならないのだ。私に全ての物資を捧げ、奉仕することこそがお前たちの英雄的使命だろう? お前たちは這ってでもその荷物を運べ」
前回の迷宮で完全に洗脳されていた兵士たちは、その理不尽な暴力と暴言を受けても反抗しようとはしなかった。
「も、申し訳……ありません……。世界を救う勇者様に、卑しいお願いを……」
蹴られた兵士は血を流しながら土下座し、もう一人の兵士も慌てて彼を引き起こし、再び重い荷物を背負い直した。
(ククク……本当に便利な奴隷どもだ。どんなに痛めつけても、勝手に大義のためだと解釈して尻尾を振りやがる)
勇者は自身の完璧な支配体制に酔いしれながら、再び前へと歩き出した。
やがて一行の前に、真っ赤に煮えたぎる溶岩の川が立ちはだかった。
幅は十メートルほど。橋など当然なく、マグマの熱気が直接顔を焼き焦がさんばかりに迫ってくる。
勇者の身体能力と跳躍力、そして風の魔法を使えば、一人で飛び越えることなど容易い。しかし、彼は自分の服の裾が少しでも焦げるリスクを嫌った。
「おい、お前ら。あそこに転がっている岩を溶岩の中に投げ入れろ。私が渡るための足場を作るのだ」
勇者が指差したのは、マグマの熱で赤熱化している巨大な岩の塊だった。
「は、はいっ!」
兵士たちは火傷を防ぐための皮手袋すら持っていない。素手でその灼熱の岩に触れればどうなるか明白だったが、狂信に支配された彼らに拒否権はなかった。
「ぐぅうううっ!!」
二人は重い荷物を背負ったまま、素手で赤熱した岩を抱え上げた。
「ジューッ」という悍ましい音と共に、彼らの手のひらの皮膚が焼け焦げ、肉が焼ける異臭が周囲に漂う。
「ああっ……! ぎぃいいっ……!」
激痛に涙とよだれを垂らしながら、兵士たちは溶岩の川に次々と岩を投げ込み、不安定な飛び石のような足場を作っていった。手のひらは無惨に焼け爛れ、もはや指の感覚すら失われている。
「遅い! さっさと並べろ! 私をこの不快な場所にいつまで留まらせる気だ!」
勇者は彼らの火傷など一切意に介さず、ただ作業の遅さだけを怒鳴り散らした。
やがて、辛うじて川の対岸まで続く岩の足場が完成した。
息も絶え絶えになり、焼け爛れた両手を抱えてうずくまる兵士たちを尻目に、勇者は「風の魔法」で自身の体を軽くし、靴底が熱されることすら防ぎながら、優雅にその足場を渡っていく。
「ふん、少しぐらつくが、まあいいだろう。お前らもさっさと荷物を持ってついてこい。足を踏み外して、私の食料やポーションごと燃え尽きたりするなよ」
対岸に安全に渡りきった勇者は、振り返りもせずに冷酷に言い放った。
絶対的な力を持つ悪魔の自己中心的な行軍は、兵士たちの命と尊厳を文字通り焼き尽くしながら、火山のさらに奥深くへと続いていく。




