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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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20/25

第20話:壮行と邪悪な旅立ち

出発の朝。淀んだ紫色の空が、わずかに白み始めた頃。

大魔王の軍勢から逃れ、岩山に築かれた人間最後の砦の巨大な門の前には、ガイナックスの全ての民が集結していた。

老いも若きも、男も女も、誰もがやせ細り、粗末な衣服を纏った痛ましい姿である。しかし、彼らの目に宿る光だけは、これまでにないほど強く、そして純粋な希望に満ちていた。

彼らの視線の先には、これからの長い旅に向けて準備を整えた勇者の姿がある。その背後には、勇者が砦の地下備蓄庫から容赦なく奪い取った大量の食料や水、貴重なポーションを、山のように背負わされた五人の若い兵士たちが直立不動で並んでいた。その荷物の異常な重さに彼らの膝は小刻みに震え、額には大粒の汗が浮かんでいたが、彼らの顔には誇り高い使命感だけが輝いている。

砦の民たちは、自分たちが冬を越すための命の糧を根こそぎ奪われたというのに、勇者を恨む者は誰一人としていなかった。

それどころか、「勇者様が道中で飢えるようなことがあってはならない」「我々の命を削ってでも、世界を救うための力にしていただきたい」と、自らの犠牲を人類存続のための尊いものだと信じ込んで疑わないのだ。

「勇者殿……」

群衆の最前列に進み出た王が、涙で潤んだ声で呼びかけた。

「我々の希望の全ては、あなた様に託されました。伝説の武具を見つけ出し、どうか大魔王を打ち倒してくださりませ。そして……どうか、どうかご無事で」

王が深く頭を下げると、それに続くように広場を埋め尽くす数百人の民衆が一斉に地に膝をつき、神に祈りを捧げるように深く平伏した。

「勇者様、どうかご無事で!」

「我々の希望を頼みます!」

「どうか、この世界をお救いください!」

すすり泣く声と、切実な祈りの言葉が、冷たい朝の空気に響き渡る。

誰もが、これから死の荒野へと旅立つ勇者の身を心から案じ、世界の平和を取り戻してくれることを信じてやまなかった。

その熱狂的で純粋な見送りを全身に浴びながら、勇者は芝居がかった手つきでゆっくりと振り返り、民衆に向けて尊大に片手を高く掲げた。

その顔には、聖人のような慈悲深く、優しげな微笑みが浮かんでいる。

「案ずるな、ガイナックスの民たちよ。私がこの砦に戻る時、それは世界から大魔王の脅威が完全に消え去り、真の平和が訪れる時だ。お前たちのその尊い祈りと願い、確かにこの胸に刻み込んだ。必ずや、吉報を持ち帰ろう」

勇者の力強く、よく通る声が響き渡ると、民衆の間から歓喜と感動のどよめきが沸き起こった。

涙を流しながら勇者の名を呼ぶ声がいつまでもこだまする中、砦の巨大な鉄と木の門が、重々しい軋み音を立ててゆっくりと開かれ始めた。

淀んだ紫色の空と、吹きすさぶ生温かい風。そして、血と腐臭の入り混じった死の荒野の景色が、開かれた門の向こう側に広がっている。

勇者はもう一度だけ、涙を流す民衆たちに向けて静かに頷き、慈愛に満ちた表情のまま、荒野へと足を踏み出した。

五人の若い兵士たちも、決意に満ちた顔で勇者の背中に続く。

ギギギギギ……ドスンッ!

勇者たちが完全に外に出たのを見計らい、巨大な門が再び固く閉ざされた。

砦の民衆からの熱狂的な歓声が、分厚い防壁に遮られて微かな音へと変わる。

その瞬間だった。

つい先程まで聖人のような慈悲深い微笑みを浮かべていた勇者の顔から、すっと表情が抜け落ちた。

そして次の瞬間、彼の口元は三日月のように醜く吊り上がり、目にはドス黒い嘲笑と果てしない強欲の光がギラギラと浮かび上がったのである。

(ククク……ハハハハハッ! 傑作だ! どいつもこいつも、涙を流して俺にすがりつきやがって!)

勇者は、門の向こう側でいまだに祈りを捧げているであろう愚かな人間たちを思い浮かべ、内心で腹を抱えて爆笑していた。

自分たちの食い扶持を根こそぎ奪われ、挙句の果てに将来ある若者たちを使い捨ての肉盾として連れ去られているというのに、それに気づくこともなく感謝の言葉を叫び続ける。これほど滑稽で、これほど扱いやすい連中が他にいるだろうか。

(馬鹿な連中め。お前たちの希望だの祈りだの、そんな下らないものに俺が応えてやる義理など微塵もない。俺が手に入れるのは、世界を救う名誉なんかじゃない。神に等しい絶対的な力だ)

勇者は荒野に吹き荒れる風を受けながら、己の内に渦巻く底なしの野心をさらに燃え上がらせた。

伝説の兜、鎧、盾、剣。これらを全て揃え、大魔王の結界をぶち破り、その命を奪い取る。そうすれば、自分はこの世界の神になれるのだ。

(待っていろよ。大魔王をぶち殺し、神の力を手に入れたその暁には……お前ら砦の連中を全員、俺の永遠の奴隷にしてやる。生きることも死ぬことも、全て俺の許可なくしては許されない、究極の家畜として飼い殺しにしてやるからな!)

誰一人として救う気などない。

他者の命は己を飾るための便利な道具であり、民の希望は己の欲望を満たすための養分に過ぎない。

背後で巨大な荷物に押し潰されそうになりながらも必死についてくる五人の若者たちには一切見向きもせず、勇者はただ前だけを見据えて不気味な笑い声を漏らした。

こうして、人間最後の砦での堕落した休息は終わりを告げた。

世界の命運を握る四つの伝説の武具。それらを手に入れ、絶対的な支配権と神の座を奪い取るため、どん底から這い上がった最低の男による、狂気と強欲に塗れた最悪の探索行が、今ここから始まるのである。

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