第17話:伝説の武具の秘密
暖炉の炎がパチパチと爆ぜる音が、重苦しい沈黙が降りた部屋の中に空しく響いた。
勇者は苛立ちを隠すようにゆっくりと息を吐き出し、王が広げた古い羊皮紙の地図に冷ややかな視線を落とした。
大魔王の結界を破るためには、世界に散らばった伝説の兜、鎧、盾、剣を集めなければならない。その事実だけでも勇者にとっては忌々しい限りだったが、王の深刻な表情はまだ晴れていなかった。どうやら、面倒な「お使い」の条件はそれだけではないらしい。
「勇者殿。伝説の武具は、ただ遺跡から掘り出し、身に纏えば力を発揮するという単純なものではないのです」
王は地図の四箇所に記された古い紋章を指差しながら、どこか畏れを抱いたような声で語り始めた。
「古の伝承によれば、これらの武具はそれ自体が強固な意志を持っているとされています。武具が求めているのは、単なる魔力の大きさや、獣のような腕力ではありません。真に武具の力を引き出せるのは、このガイナックスの民が心から認め、全ての希望を託した真の勇者のみなのです」
「民が認め、希望を託した者……だと?」
勇者は顔を引きつらせそうになるのを必死に堪えた。
王は深く頷く。
「はい。もしも己の私利私欲のためだけに力を求める者や、民からの信頼を得ていない者が武具に触れれば、それはただの恐ろしく重い鉄くずに過ぎません。武具は所有者の魂の底にある、民との絆を試すのです。だからこそ、武具は今日まで誰にも悪用されることなく、遺跡の奥深くに眠り続けてきたのです」
くくくっ……あーっはははは。
勇者は内心で腹を抱えて爆笑していた。
民の承認だの、希望を託された絆だのと、あまりにも下らなく、反吐が出るほどに感傷的な条件ではないか。己の強大な力さえあれば何でも手に入るというのに、わざわざ弱者どものご機嫌取りをしなければならない魔法の道具など、馬鹿馬鹿しくて話にならない。
だが、と勇者はすぐに打算的な計算を働かせた。
この砦に辿り着いたあの日、自分は単身で魔物の群れを皆殺しにしたという圧倒的な事実と、計算し尽くした救世主としての演技によって、すでに砦の民たちを完全に心酔させている。彼らは自分が要求すれば、なけなしの食料すら涙を流して差し出してくるほどに従順なのだ。
絆だの信頼だのと言っても、要するにあの馬鹿な連中が、こいつこそが我らの救世主だと思い込んでさえいればいいのだろう。それなら、とっくに条件は満たしているも同然だ。俺の完璧な演技と圧倒的な力の前に、連中は完全に騙されているのだからな。
勇者の底なしの傲慢さと増長しきった精神は、目の前の民の承認という条件を、自分にとってただの都合の良い笑い話として片付けた。
己の力と権謀術数に絶対的な自信を持っている彼にとって、他者の心を操ることなど造作もないことであった。だからこそ、武具が設定している条件に対して一切の不自然さを感じることもなく、自分がどれほど特別で、全てを都合よく運べる器であるかという根拠のない自惚れだけがその視界を完全に塞いでいたのだ。
「なるほど、素晴らしい武具だ。まさに私のような者のために用意されたと言っても過言ではない」
勇者は芝居がかった手つきで己の胸に手を当て、王に向かって尊大に頷いてみせた。
「この数日間、砦の皆と触れ合い、彼らの私に向ける純粋な希望の眼差しをしっかりと受け取ってきた。私の魂はすでに、このガイナックスの民と共にあります。私が武具の封印を解けずに、一体誰が解くというのですか」
心にもない嘘を、勇者は息を吐くように滑らかに言い放つ。
王はその言葉を聞いて、ほっとしたように目尻に涙を浮かべた。
「おお……勇者殿がそうおっしゃってくださるのなら、もはや何も懸念することはありませぬ。あなたのその慈悲深きお心と、民を思う絆があれば、伝説の武具は必ずや真の力を解放し、大魔王の結界を打ち砕く刃となるでしょう」
馬鹿め。俺がお前らを思う絆など、爪の先ほどもあるわけがないだろうが。お前らはただ、俺が神に等しい力を手に入れるための便利な踏み台に過ぎないのだ。
勇者は内心で王の愚かさを嘲笑いながら、目の前の羊皮紙の地図を指でトントンと叩いた。
「では、決まりですね。この窮屈な砦での休息は一旦切り上げ、伝説の武具とやらを回収しに向かいましょう」
しぶしぶとはいえ、これですべての条件は揃った。
伝説の武具を手に入れ、大魔王を圧倒的な力でねじ伏せれば、自分はこの世界の頂点に立つ完全無欠の支配者となれる。誰にも文句は言わせない。自分を見下していた元の世界の連中すらも足元に及ばない、絶対的な独裁国家を築き上げてやるのだ。
「王よ、旅立ちの準備を進めさせなさい。もちろん、この私にふさわしい最高級の物資と、道案内となる兵士たちを忘れずに用意しておくように」
「はっ、直ちに取り掛からせます!」
深々と頭を下げる王を見下ろしながら、勇者の瞳は底なしの強欲な光をギラギラと放っていた。
絶対的な力を手に入れたと信じて疑わない男の、どこまでも身勝手な欲望の旅立ち。ただ己の描いた独裁者の玉座だけを見据え、勇者は傲慢に笑った。




