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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第13話:救世主の対価

謁見の間に漂う重苦しい沈黙を破り、王は勇者の言葉を受けて再び深々と頭を下げた。

「どうか、どうかお願い申す! 我ら人類の最後の希望である勇者殿、その御力で大魔王を討伐し、この世界を救ってほしい!」

感極まった王の声音には、死の淵に立たされた者が縋るような切実な懇願の色がにじみ出ていた。老いた王の目からは止めどなく涙がこぼれ落ち、側近や近衛兵たちも神に祈るような面持ちで勇者を見つめている。

だが、その熱烈な懇願を目の当たりにしながら、上座の椅子にふんぞり返るように座る勇者の内心は、冷めきった嘲笑で満ちていた。

(ちっ、いい歳こいたジジイがみっともなく泣きじゃくりやがって。まあいい、この怯えきった様子なら、俺の思い通りの条件をいくらでも引き出せそうだな)

勇者はわざとらしく表情を曇らせ、大げさに深い溜息をついてみせた。そして、すぐに首を縦に振ることはせず、尊大に顎をしゃくる。

「討伐を、ですか……。口で言うのは簡単ですがね、王よ」

勇者は冷ややかに視線を巡らせ、恩着せがましい口調で語り始めた。

「あなた方は軽く言うが、たった一人で世界を揺るがす大魔王の軍勢を相手にしろというのです。私一人に、この世界の命運の全てを背負わせるというのか。そんな途方もない大役を果たすには、想像を絶するほどの精神的、そして肉体的な負担がかかるのですよ。一歩間違えれば、私の命すら危うい」

その言葉を聞いた瞬間、王や側近たちの顔色が一斉に青ざめた。

いまや彼らにとって、勇者は唯一にして最後の頼みの綱である。もし彼に拒絶されれば、この砦の未来は完全に閉ざされてしまう。焦燥と恐怖に駆られた王は、慌てて震える声を絞り出した。

「も、もちろん! 負担を強いることについては、我々も心苦しく思っております! どうか機嫌を損ねないでくだされ、勇者殿! 我々にできることなら、望むものは何でも用意いたしますから……!」

その言葉を待っていた。

王が自ら「何でも用意する」と口走った瞬間、勇者の歪んだ唇に、隠しきれない下卑た笑みが浮かびかけた。彼はそれを慌てて真面目な顔へと偽装し、さも仕方がないといった風を装いながら、要求のハードルを遠慮なく一気に引き上げた。

「ふむ……そこまで言うのなら、考えてやらなくもない。ですがね、命を懸けて戦う私に対して、それ相応の『対価』と『環境』を用意してもらわなければ割に合わない」

勇者は椅子の上でさらにふんぞり返り、ふん、と鼻を鳴らした。

「第一に、部屋だ。今この砦にあるような、冷たくて狭い石造りの牢屋みたいな部屋は御免被る。この砦の中で最も豪華で、広々とした一室を私に明け渡しなさい。ベッドは上質な毛布を敷き詰め、いつでも暖炉の火が絶えないようにしておけ」

王は即座にうなずき、側近に目配せしてそれを記録させる。しかし、勇者の要求はそれで終わらなかった。

「第二に、食事だ。先ほどから見ていると、この砦の連中が食べているのは硬いパンや干し肉のカスばかりだな。そんな豚の餌のようなもので、私の強靭な肉体を維持できるとでも? 毎日、新鮮な肉と野菜を使った最高の料理、そしてこの世界で手に入る最高の酒を私一人分、毎回の食事に漏らさず用意させろ」

物資が極限まで枯渇しているはずの砦の事情など、勇者の知ったことではない。自分が贅沢できるかどうかが全ての基準だった。

「そして第三に……これが最も重要だ」

勇者はニヤリと下品な笑みを浮かべ、眼下の王を値踏みするように見据えた。

「私の身の回りの世話をする人間が必要だ。野郎どもの粗雑な手つきでは私の機嫌を損ねる。そうだな……この砦の中にいる若く美しい女中たちを数名、私専用の世話係として選りすぐって、今夜から私の部屋に派遣しろ」

その最後の要求を聞いた瞬間、側近たちの一部がわずかにどよめき、眉をひそめた。

限られた物資と過酷な環境の中で生きる砦の民にとって、若い娘たちは貴重な労働力であり、家族そのものである。それを「身の回りの世話」という名の私的な娯楽として要求する勇者の態度は、いかに救世主とはいえ、あまりにも身勝手で強欲すぎたからだ。

しかし、王はわずかに表情をこわばらせたものの、すぐに苦渋の決断を下すように深く目を閉じ、そして力強くうなずいた。

「……承知いたしました。勇者殿が望むのであれば、砦の総力を挙げてその条件をすべて満たしましょう」

王にとって最優先なのは、大魔王の脅威から民の命を守り、この砦を存続させることだった。そのためであれば、どれほど理不尽な要求であろうと、個人の犠牲や物資の消耗など耐え忍ぶべき代償だと判断したのだ。

「よろしい。話の分かる王で助かる」

勇者は満足げに鼻を鳴らし、ふんとそっぽを向いた。

大魔王討伐という大義名分を盾に、人間最後の砦からあらゆる特権と富をむしり取る搾取のシステムが、こうして完全に確立されたのだった。

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