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とある勇者の逆転劇  作者: 八咫 日本


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第12話:辺境の王とクリスタルの加護

熱狂的な歓喜の渦に包まれた広場を後にし、勇者は砦の兵士たちに恭しく先導されながら、巨大な防壁の奥深くへと足を踏み入れた。

岩山をそのままくり抜いて作られたという砦の内部は、外の荒野に比べればはるかに安全ではあったが、薄暗く湿った冷たい空気が漂っていた。松明の灯りがまばらにともる石造りの廊下を歩きながら、勇者は内心で盛大に鼻で笑っていた。

かつて自分が元の世界で出入りしていた、大理石と黄金で飾られた豪奢な王宮に比べれば、ここはただの小汚い洞窟に過ぎない。こんな場所で王様ごっこをしている連中など、たかが知れている。だが、自分がこの砦の支配者となった暁には、全ての労働力を注ぎ込ませて、もっとマシな城に改築させてやるのも悪くない。そんな自己中心的な皮算用を頭の中で巡らせながら、勇者はあくまで「寡黙で威厳ある救世主」の歩みを崩さなかった。

やがて勇者は、案内役の兵士たちと共に砦の最奥部に位置する「謁見の間」へと到着した。

謁見の間とは名ばかりの、少しばかり広い石室だった。玉座らしき粗末な木彫りの椅子の前に立っていたのは、白い髭を長く伸ばした一人の初老の男だった。豪華な王冠などはなく、ただ質素な鉄のサークレットを頭に乗せているだけだが、その深く澄んだ瞳には、民を我が子のように慈しむ誠実さと、長きにわたって砦を死守してきた王としての確かな責任感が宿っていた。

「よくぞ……よくぞ参られた。大いなる使命を帯びた勇者殿」

王は勇者の姿を認めるなり、王という立場でありながら自ら数歩歩み寄り、深く頭を下げた。周囲に控えていた数名の側近や近衛兵たちも、一斉にその場に跪く。

「どうか頭を上げてください、王よ。私はただ、この地に蔓延る邪悪を打ち払うため、天の導きによってここに降り立ったに過ぎません」

勇者はわざとらしく片手を胸に当て、清廉潔白な聖者を装って優しく微笑んだ。内心では「いいぞ、もっと深く頭を下げろ。俺の足の甲にキスをするくらいしてもいいんだぞ」と醜い優越感に浸りきっていたが、その邪悪な本性を微塵も表には出さなかった。

王は涙ぐんだ顔を上げ、勇者の血にまみれた姿を見て痛ましそうに顔を歪めた。

「外の凄惨な状況は、見張りの者から報告を受けております。たったお一人で、あの恐るべき魔物の群れを退けてくださるととは。あなたのその御力こそ、我々が長年待ち望んでいた希望の光に他なりません」

王に促され、上座の椅子を勧められた勇者は、遠慮する素振りすら見せずに当然の権利のようにそこにどっかりと腰を下ろした。そして、ガイナックスと呼ばれるこの世界の現状について、王から詳しい説明を受け始めた。

王の口から語られたのは、純然たる絶望の歴史だった。

かつてこの世界は緑豊かで平和な地であったが、ある日突如として現れた「大魔王」とその軍勢によって、すべてが蹂躙された。空は瘴気によって紫色に淀み、大地は腐り果て、魔物たちが跋扈する死の世界へと作り変えてしまったのだという。数多の国が滅び、人々は逃げ惑い、生き残った人間たちが最後に逃げ込んだのが、この辺境の岩山に築かれた砦だった。

「なるほど。この砦が、人類最後の生き残りというわけですか」

「はい。しかし、勇者殿も疑問に思われたでしょう。なぜ大魔王は、このちっぽけな砦を今日まで完全に滅ぼすことができなかったのかと」

王は重々しい口調で告げ、砦のさらに奥深く、厳重な鉄格子で封鎖された通路の方へと視線を向けた。

「この砦の最奥には、古の時代より伝わる『神聖なクリスタル』が安置されております。そのクリスタルから放たれる清らかな光の結界が、砦全体を覆い、魔の者たちの侵入を阻んできたのです」

王の説明によれば、そのクリスタルは魔族にとって極めて厄介な代物らしかった。

「クリスタルの放つ聖なる波動は、魔族の暗黒の瘴気を激しく拒絶します。魔族がもし直接あのクリスタルに触れようものなら、その肉体はおろか、魂すらも光に焼かれて消滅してしまうのです。ゆえに、絶大な力を持つ大魔王といえど、自ら砦に乗り込んでクリスタルを破壊することはできず、結界の外から知能の低い獣のような魔物を絶え間なくけしかけ、少しずつ結界の力を削ることしかできないのです」

それを聞いた勇者は、内心で鼻を鳴らした。

(ふん、大魔王とやらも案外大したことはないな。ただの石っころ一つ壊せずに、外から獣をけしかけているだけとは。俺が本気を出せば、そんな魔王など一捻りで片がつく)

自分が手に入れた絶大な力への過信と底知れぬ傲慢さから、勇者はそのクリスタルの特殊性を深く気留めることもなかった。そんな石の事情などどうでもいい、要するに目の前の魔王をぶち殺せば、自分はこの世界の英雄として全ての富と栄光を我が物にできるのだ。それ以外の余計なことなど考える頭もなければ、興味もなかった。

「しかし……」

王は声をつまらせ、絶望に満ちた瞳でうつむいた。

「クリスタルの結界も、もはや限界が近づいております。大魔王が遠方から放ち続ける絶大な瘴気によって、光は日に日に弱まっているのです。結界が完全に砕け散るのも、もはや時間の問題。結界が消滅すれば、大魔王の軍勢が一斉になだれ込み、我々は今度こそ全滅してしまうでしょう」

静まり返った謁見の間に、王の悲痛な声だけが響き渡る。

側近たちも暗い顔で俯き、誰もが訪れるであろう残酷な未来に怯えていた。

その重苦しい空気を切り裂くように、勇者は勢いよく立ち上がった。

そして、芝居がかった大げさな身振りで己の胸を強く叩き、部屋中に響き渡るような力強い声で宣言した。

「嘆くことはありません、王よ! そのために私がここへ呼ばれたのです。クリスタルの結界が壊れる前に、私が必ずやその大魔王とやらを討ち果たし、この世界に再び光を取り戻してみせましょう!」

全く本心ではない、口先だけの偽りの誓い。

大魔王を倒して世界を救うことよりも、自分がこの世界でどれだけ甘い汁を吸い、どれだけ権力を振りかざせるかしか考えていない最低の男の言葉だった。

しかし、大魔王の恐怖に長年苦しめられてきた王や側近たちには、その嘘にまみれた言葉が、神の啓示のようにまぶしく響いた。

「おお……勇者殿! 何という慈悲深きお言葉か!」

王は感極まってボロボロと涙を流し、再び勇者の前に深々と跪いた。

(ククク……単純な馬鹿どもめ。俺が命を懸けて戦ってやるんだ、せいぜい俺を最高の待遇でもてなすんだな。この砦の富も権力も、全て俺がしゃぶり尽くしてやる)

口元には優しげな微笑みを浮かべながら、勇者の内心は果てしない強欲とどす黒い優越感に満ち溢れていた。救世主という最強の隠れ蓑を手に入れた悪魔が、人間最後の砦に深く、そして確かな根を下ろした瞬間であった。

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