第7話. ゴセルム
「アマニウ卿、何をためらっている?」
ゴセルムに促され、アマニウは兵士たちを連れて壇上へ近づいた。
「……戦闘があったようだな」
家臣の一人が独り言のように呟いた。
その言葉通り、アマニウと兵士たちの姿は、戦闘でもなければ説明できないほどひどい有様だった。
ゴセルムが険しい顔で尋ねた。
「何があった?」
アマニウは屈辱に顔を赤らめ、ゆっくりと話し始めた。
「……その者と衝突がありました。槍の扱いに長けていました」
「その者? マルタンのことか?」
「そうです」
ゴセルムは興味深そうな表情で上半身を前へ傾けた。
「どうして衝突した?」
「突然現れた者が領主になったのが怪しかったため、拘束しようとしました」
「拘束しようとした、ということは、できなかったという意味か?」
アマニウは小さな声で言い訳した。
「……武器の長さが違ったためです。私のミスもありました」
ゴセルムは指を組み、考え込んだ。
娘の結婚のため、税を徴収しに荘園を巡回していたアマニウ。
その彼と摩擦を起こしたマルタン。
処罰を加えるには十分な名分だった。
「そうか。まあ、どちらでも構わん。私に逆らい、税を納めなかった代償は払ってもらわねばな」
ゴセルムは最も強力な剣を呼び出した。
「武官長!」
「はい、我が主」
白髪がまばらに生えた武官長が前へ出た。
数十年を共にしてきた家臣に、細々とした説明は必要なかった。
「何人必要だ?」
「四人で十分です。兵士たちが退路を塞げば、私が直接奴を生け捕りにいたします」
ゴセルムは生け捕りという言葉に一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。
どうせ処罰を決めるのは、城主である彼の役目。
適当な理由をつけて処刑を命じれば済むことだった。
ロベールの復讐も兼ねて、後継者のいないポワイヤックをそのまま飲み込める機会だった。
「……城主様?」
アマニウが静かに主君を呼んだ。
「その……マルタンという者は、税を納めました」
ゴセルムと、その場にいる全員の視線がアマニウへ集まった。
「税を納めた……?」
「はい。我々の要求通り、すべて納めました」
戦闘もあり、税も受け取ってきたという話。
ゴセルムは納得できそうな可能性を思いついた。
「ああ……税を徴収した後に戦闘になったのだな?」
「そうではなく、戦闘が終わった後、その者が自ら納めました」
「……」
ゴセルムは考えるのを諦めた。
そして、自分の頭脳となる家臣たちへ問いかけた。
「私の家臣と戦っておきながら、税を納めたそうだ。これはどう解釈すべきだ?」
広間にいるのは武官長、侍従長、宮廷司祭など、十数人にも及ぶ彼の家臣たち。
考えを整理するための問いだったが、彼らの意見も分かれた。
「そのマルタンという者は、反撃しただけではないか? 責任はアマニウ卿にある」
「責任だと? このメドック地方で城主様の家臣に逆らったこと自体が責任ではないか?」
「いずれにせよ税を納めたのですから、城主様に服従する意思を示したということではありませんか?」
「服従するつもりの者が、アマニウをあんな姿にするものか? これは欺瞞です、我が主!」
いっこうに終わらない話。
家臣たちの声はますます大きくなっていった。
「やめろ――!!」
ゴセルムの叫びに、広間は一瞬で静まり返った。
「今すぐ決めることではなさそうだ。まずはその者を呼び出し、直接会わねばならんな」
彼はゆっくりと顔を巡らせ、家臣たちを見回した。
「誰かポワイヤックへ行く者はいるか? 明日、日が昇ると同時に出発してもらいたい」
それに武官長が答えた。
「私が参りましょう。誰がアマニウをあのような姿にしたのか、興味があります」
ゴセルムは満足げに笑った。
「さすがは武官長だ。ポワイヤックへ行き、いつ頃私へ忠誠を誓いに来るのか確認してこい。相続税についても伝えるように」
相続税の話をしているうちに、ふと良い考えが浮かんだ。
ポワイヤックのマルタンという者を圧迫するための名分。
武官長が直接向かうのだから、無理な要求を伝えたとしても問題はないはずだった。
「ポワイヤックの新たな領主が納めるべき相続税は……領地収入二年分だ」
その発言に、家臣たちがざわめいた。
「二年分?」
「従来の慣例の二倍ではないか?」
「城主様! このような措置は、悪い前例になりかねません」
家臣たちの反発にも、ゴセルムは平然としていた。
彼は何でもない顔で侍従長へ視線を向けた。
「侍従長、ロベール卿は相続税を納めたか?」
侍従長が怪訝そうな顔で口を開いた。
「城主様が確か、ロベール卿には相続税を納める必要はないと……」
その声が次第に小さくなった。
やがて意味を理解したのか、驚愕の表情でゴセルムを見た。
「どうした、侍従長? 私はロベール卿が相続税をきちんと納めたのかと尋ねたのだ」
「……納めておりません」
ゴセルムは満足げな顔で家臣たちを見回した。
「ロベール卿が相続税を納めぬまま死んだのなら、その後を継いだ後継者が責任を負うべきではないか?」
その言葉に反論する者はいなかった。
席を立ったゴセルムは、そのまま言葉を続けた。
「相続税を納められないのであれば、ただの簒奪者にすぎん。そのような者を荘園の領主と呼ぶことはできない」
彼は冷ややかな表情で武官長を見下ろした。
「武官長、言っている意味は分かったか?」
「……はい、我が主。マルタンという者に確実に伝えます」
***
マルタンは一人でポワイヤックを歩き回っていた。
領主として村を把握するためだったが、どういうわけか領民たちは彼の視線を避けているようだった。
「母さん? どうしたの?」
「フォル……! 余計なことは言わず、早く中へ入りなさい」
菜園の手入れを中断し、子供を引っ張って家の中へ入る領民の姿。
村の司祭が朝の混乱を収められなかったことは明らかだった。
『どうするか……』
マルタンはこの問題を解決するため、頭の中で理想的な領主の姿を思い描いた。
彼の記憶にある領主の印象。
それは傭兵生活の最中に出会った、大小さまざまな領地の主たちから作り上げられたものだった。
領主とは、領民を守り導く者。
強大な武力が支えにあれば、人々は領主を信じて従った。
マルタンはその場に立ち止まり、周囲を見回した。
自分の強大な武力を活かせるような事柄。
『……ないな』
村を脅かす盗賊団も。
悪鬼のようなベルベル人傭兵も。
虎視眈々と機会を狙う奴隷商人も。
ここには何一つなかった。
脅威のない場所で領主が担うべき役割や、領民への接し方。
それについて考えてみたが、そんなものが頭の中にあるはずもなかった。
『まあ……構わないか』
領民たちとの関係がぎこちないのは残念ではあったが、ただそれだけのこと。
暮らしていれば、時間が解決してくれるに違いなかった。
再び歩き始めたマルタンの耳に、聞き慣れた音が届いた。
カン――
鍛冶場の槌の音。
見知らぬ場所で聞いた懐かしい音だったからか、自然と足がそちらへ向かった。
カン―― カン――
粗末な鍛冶場。
壁には煤がこびりつき、床には灰なのか鉄粉なのか分からないものが舞っていた。
「ふう……」
汗を拭っていた鍛冶屋がマルタンを見つけ、その姿勢のまま固まった。
「領主様……でいらっしゃいますね」
やがて何事もなかったかのように、再び叩いていた鎌を炉の中へ入れた。
鍛冶屋が真っ赤に熱せられた鎌を炉から再び取り出したときも、マルタンはその場に立ったままだった。
鍛冶屋は鎌を金床の上に置き、尋ねた。
「何かご用でしょうか?」
「特に用はない。見慣れない光景だったので、少し眺めていただけだ」
矢尻、槍の穂先、斧、メイス、剣、盾の縁金、撒菱、鎖帷子の輪など。
数多くの品が作られる様子を見てきたが、鎌を作るところを見るのは初めてだった。
「鉄はどこのものを使っている?」
鍛冶屋は槌で鎌を打ちながら答えた。
「この辺りで採れた沼鉄です」
「沼鉄なら、品質は劣るだろうな」
「さあ。他の鉄を扱ったことがないので分かりません」
マルタンは続けて質問した。
「鎖帷子の輪を作ったことはあるか?」
「見たことすらありません」
マルタンは、領主の箱に鎖帷子がなかったことを思い出した。
「剣は?」
「作った経験はありますが……あまり気に入ってはいただけませんでした」
質問を重ねるほど、明らかになっていく事実。
この者は、彼が知っている鍛冶屋たちとは違っていた。
聞き慣れた音を追ってここまで来たが、結局この場所もやはり見知らぬものだった。
『これが普通なのだろう』
見知らぬということは、それだけこの地が平和だという意味。
これから慣れていけばいいことだった。
マルタンはそのまま立ち去ろうとしたが、鍛冶場の隅にある砥石を見つけた。
戦場を離れて以来、剣をまともに手入れしていなかったことを思い出した。
「少し砥石を借りたいのだが?」
鍛冶屋は槌を振るう手を止め、振り返った。
「ご自身でなさるのですか?」
マルタンは少し答えをためらった。
見知らぬ者に剣を安易に預けるには、まだ時間が必要だった。
「……しばらくはそうする」




