第5話. 面倒事
アマニウは兵士たちを前に立たせたまま、口を開いた。
「無駄な抵抗はしない方がいい」
マルタンは今の状況が呆れてものも言えなかった。
人の話も、証言も聞かずに武力行使とは。
「まるで俺の話を聞く気がないようだな」
「貴様の言葉が真実かどうかは、城主様がお決めになる」
アマニウの言葉が終わるや否や、兵士たちが襲いかかってきた。
生け捕りが目的だからか、穂先を後ろにして槍の柄を振り回していた。
ブンッ―
マルタンはそれを軽々と避け、後ろを振り返った。
「お前たちはひとまず屋敷の中に入っていろ」
それを聞いたピエールたちは屋敷へ避難した。
その間も兵士たちの攻撃は続き、マルタンは難なくかわした。
『剣を持って出てくるべきだったか』
いくら木製とはいえ、凶器は凶器だ。
圧倒的な長さを持つ武器を四人で振り回されては、近づく隙がなかった。
どこか拙いものの、息の合った兵士たちの攻撃。
その中で、ついにマルタンが好機を捉えた。
何とも中途半端な位置へ入ってくる突き。
マルタンはそれをすぐさま脇に挟み、そのまま引っ張った。
「え……?」
ドサッ―
兵士が前へつんのめり、マルタンの手に武器が渡った。
城主の配下を迂闊に殺すわけにはいかないため、倒れ込んだ兵士の右肩を槍の柄で殴りつけた。
バキッ―
槍の柄を握る手に伝わる重い感触。
この兵士はしばらくまともに腕を使えないだろう。
続けてマルタンは他の兵士たちを片づけ始めた。
バキッ―
「ぐはっ……!」
一人の兵士が腹部を槍の柄で殴られ、倒れ込んだ。
ガキッ―
別の兵士は顎を跳ね上げられ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
残ったのは、ゆっくりと後ずさりしている兵士が一人。
事態を見守っていたアマニウが、そこでようやく動き始めた。
「ふう……どけ!」
彼は自分の部下たちを情けないものを見るような目で見回し、その視線をマルタンへ向けた。
「どこかで傭兵でもしていたのか?」
「そう見えるか? しばらくイベリアにいた」
アマニウはゆっくりとうなずいた。
「……確かに、荒っぽい土地だとは聞いていたが、それなりの腕はあるようだな」
彼は剣を構え、本格的な戦闘態勢に入った。
「最後に言っておく。今からでも大人しく縛られた方が身のためだ」
マルタンは槍の柄を持ち上げた。
構えを見るだけでも、相手が正式に剣を学んでいることは分かったが、彼が降伏する理由などどこにもなかった。
「わざわざそうする必要はなさそうだ」
アマニウは薄気味悪い笑みを浮かべた。
「……簒奪者め。いつまでそうやって図々しくしていられるか、見ものだな」
ダッ―
アマニウは地面を蹴り、マルタンへ飛びかかった。
ブンッ― ガンッ―
マルタンは槍の柄を振るって接近を阻み、後ろへ退いた。
睨み合いなど必要ないとばかりに、アマニウは再びマルタンへ飛びかかり、マルタンもまたそれを防いだ。
そうして何度か攻防が続いたものの、二人の距離は相変わらず縮まらなかった。
「……何のつもりだ?」
苛立ちに満ちたアマニウの顔とは違い、マルタンは淡々とした表情をしていた。
マルタンが望んでいるのは、相手の無力化。
しかし相手の上半身と下半身は、分厚い綿入れ鎧で覆われていた。
「ひとまず、このまま続けよう」
今度はマルタンが先に武器を振るった。
狙いは相手の剣を握る手だったが、アマニウは独特の堅固な構えですべて受け止めた。
「そんな手が私に通じると思うか?」
その尊大な口調は気に入らなかったが、一撃で決めるのが難しいことは認めざるを得なかった。
『面倒なことになったな』
殺すのは簡単だが、制圧するのは厄介な相手。
マルタンは戦い方を変えた。
バキッ―
「くっ……」
マルタンの槍の柄が相手の脇腹を殴りつけた。
十分に力は乗っていなかったが、問題はなかった。
一度で無力化できないのなら、少しずつ削っていけばいい。
鎧に覆われた部位であっても、損傷は少しずつ蓄積していくものだ。
ブンッ― ガンッ―
そうして何十合も打ち合っただろうか、二人の距離は相変わらずそのままだった。
違いがあるとすれば、アマニウが槍の柄を何度か受けたことくらいだ。
一向に縮まらない距離に耐えかねたのか、アマニウが怒鳴った。
「こ……この鼠のような奴め。正々堂々と立ち向かえ!」
マルタンにそのつもりはなかった。
「俺にも剣があれば考えてやろう」
このまま相手をじわじわと追い詰めるだけで勝てることは明らかだった。
闇雲に踏み込むには、相手の腕はなかなかのものだった。
ブンッ―
ガキッ―
さらに何度かマルタンの槍の柄を受けたアマニウが、周囲を見回した。
「くそっ……槍を寄越せ」
彼は兵士の槍を奪い取り、マルタンと向かい合った。
もはや生け捕りにする気すらないのか、アマニウの槍の穂先はマルタンへ向けられていた。
「今度は貴様の思い通りにはならんぞ」
「……?」
その意気込みとは裏腹に、どこか微妙なアマニウの構え。
彼はその微妙な構えのまま、槍を振り下ろした。
ヒュッ―
案の定、槍を持った相手の腕前はひどいものだった。
強いて言えば、先ほどの兵士たちより少しましな程度。
ゴツッ―
アマニウが振り下ろした槍が地面にぶつかり、一瞬だけ勢いを失った。
刹那の瞬間ではあったが、マルタンには十分な時間だった。
左手で、力を失った相手の槍の柄を絡め取るように握った。
「ふっ……!」
素早く息を吸い込み、上半身を時計回りに捻った。
左手で相手の槍の柄を押し退けると同時に、右肩と腕、手首に力を込めた。
まるで投槍でも放つかのような構え。
マルタンはその姿勢のまま、相手の胸元へ槍の柄を叩き込んだ。
ベキッ―
「がはっ……!」
アマニウは空気の抜けるような声を上げ、みぞおちを押さえて倒れた。
『ん……?』
そのつもりはなかったが、気絶してしまったらしい。
引率者がこの有様なので、誤解を解けそうな別の者を探した。
「そこのお前、止まれ」
マルタンはそろそろと逃げようとしていた兵士の一人を呼び止めた。
「そのままこっちへ来い。どうせ俺がお前たちを殺すつもりがないことは分かっているだろう?」
兵士はしばらく目を泳がせたあと、ゆっくりとマルタンへ近づいた。
彼はまだ疑わしげな目をしていたが、マルタンは気にせず説明を始めた。
「ロベールが息子たちに夜襲を命じ、俺はその代償を払わせた。何か問題があるか?」
「……はい?」
呆けたような兵士の表情に、マルタンが聞き返した。
「もう一度説明する必要があるか? 簡単な質問だと思ったんだが」
兵士は慌てて答えた。
「い、いえ、違います。問題はないと思います」
マルタンは満足げに笑った。
「よし。俺の話が信じられないなら、後で村の司祭に尋ねてみろ」
誤解は解けたので、今度は状況を整理する番だった。
レスパールの騎士が何の理由もなくここへ来たはずはない。
別の目的があることは明らかだった。
「レスパールの家臣が、ここへ何の用だ?」
兵士は少しためらった。
やがてマルタンの顔色を窺い、ゆっくりと口を開いた。
「城主様のご長女がご結婚なさいます。それで税を……いえ、ささやかな援助を頂くために荘園を回っておりました」
聞いてみれば、大したことではなかった。
上位の君主の慶事に贈り物をするのは当然のこと。
むしろ、果たすべき義務に近かった。
「何を納めればいい?」
「はい?」
この兵士には、人に二度言わせる才能があるらしい。
「どんな援助を求めているのかと聞いた」
「ええと……木箱一つ分のライ麦と、今年生まれた羊を一頭。それから荘園の人口十人につき銀貨一枚を求めておられます」
マルタンはうなずいた。
「難しいことではないな。ピエール! 出てこい」
面倒事を代わりに片づけてくれる者を呼んだ。
ギィ……
屋敷の扉が開き、ピエールが顔を覗かせた。
「……終わったのですか?」
「ああ、誤解があっただけで、大したことではなかった」
ピエールはなおも扉の後ろに身を隠したまま、庭を見回した。
その視線が、地面に倒れている兵士たちの上を通り過ぎた。
「誤解……ですか?」
「そうだ。こうして無事に話をしているじゃないか」
ピエールはまるで信じていないような目をしながら、マルタンへ近づいた。
「ええと……それで、私をなぜお呼びになったのですか?」
「城主の娘が結婚するそうだから、こいつらが求めている品を贈り物として送ろうと思ってな」
「……?」
ピエールは首を回し、もう一度庭に倒れている者たちを見た。
そして理解できないという表情で尋ねた。
「贈り物を送ると仰ったのですか?」
マルタンには、当然のことを聞き返すピエールが理解できなかった。
「娘が結婚するというのだから、何か送るべきではないか?」
「……ひとまず承知しました」
ピエールとレスパールの兵士は、何とも釈然としない顔で話し合った。
しばらくして、相手の要求を聞いたピエールがマルタンへ尋ねた。
「領主様、羊とライ麦は問題ありませんが、銀貨はどうなさいますか? うちの荘園の人口ですと、十一ドゥニエが必要です」
「銀貨か……領主の箱に入っているかもしれないな」
ちょうど懐には、ピエールから受け取った鍵もあった。
「少し行ってくる」
マルタンは屋敷へ足を向けた。
領主の部屋へ入り、頭を下げてベッドの下を覗き込んだ。
『あるな』
鉄の枠が巻かれた木箱が一つ。
マルタンはそれを、埃だらけのベッドの下から引っ張り出した。
ガチャッ―
鍵で錠を外し、箱を開け放った。
百枚には届かなさそうな銀貨。
何が書かれているのか分からない羊皮紙の文書が数枚。
銀で作られた腕輪が一つ。
上等な青いチュニックが一着と、毛皮の外套が一着。
幸い、箱の中には銀貨が十分にあった。
マルタンは兵士が要求した枚数だけ銀貨を取り出し、懐へ入れた。
箱を閉じようとして、ベッドの枕元に置かれていた自分の荷袋を見た。
イベリアから持ってきた彼の荷袋。
中にある物を箱へ入れない理由はなかった。
ジャラッ―
荷袋を持ち上げると、中から金属同士がぶつかる音がした。
マルタンは荷袋を開き、中から鎖帷子を取り出した。
「……幸い、錆びてはいないな」
それを丁寧に畳んで箱へ入れ、再び荷袋の中を確認した。
袋の中に残っていたのは、数枚の銀貨。
そして数百枚の金貨だけだった。
『やはり、銀貨はほとんどなかったか』
マルタンは荷袋を丸ごと箱へ入れ、蓋を閉めた。
ズズズッ―
重くなったせいか、箱をベッドの下へ押し込むと、木の床が悲鳴を上げた。
マルタンは立ち上がり、再び庭へ向かった。
「領主様、銀貨はありましたか?」
返事の代わりに、懐から銀貨を取り出してピエールへ渡した。
「他の品は?」
ピエールは塀の外にある荷車を指さした。
「ライ麦はもう積み終わりました。放牧地へ人を送ったので、すぐに子羊も来るでしょう」
ピエールの報告が終わるや否や、使用人が羊を一頭抱き、塀の外から姿を現した。
「これで全部だな」
アマニウを除けば、全員が意識を取り戻していた。
贈り物の準備も終わったので、すぐに兵士たちへ別れの挨拶を告げた。
「城主様には、ご令嬢のご結婚を心より祝福していると伝えてくれ」
「……はい」
兵士たちは地面に倒れているアマニウを支え起こした。
『ふむ』
ぐったりとしたまま、涎まで垂らしているアマニウの姿。
マルタンは自分が力加減を誤り、アマニウがああなったことに何となく後ろめたさを感じた。
「待て」
その居心地の悪さを解消するため、せめて励ましの言葉でも残すことにした。
「アマニウが目を覚ましたら、剣の方がずっとましだったと伝えてくれ」
「……はい」
兵士は、なぜか悔しさを飲み込んでいるような顔で答えた。




