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第35話. 準備

ポワイヤック郊外の森。


マルタンは目を閉じ、精神を集中させた。


手から伝わる短槍と盾の感触。


木の葉が揺れる音。


近くの沼のせいか、ただ爽やかというわけではない森の匂い。


感じ取れるすべての感覚を研ぎ澄ませた。


「ふぅ....」


大きく息を吸い込み、目を開くことで最後の感覚を呼び覚ました。


森の向こう、弓を手に立っているエイナルの姿。


その背には盾が、腰には剣が吊るされていた。


いつものように、戦いは百歩の外から始まった。


「マルタン―! 必死に避けてみろ!」


はっきりと聞こえるエイナルの声。


マルタンは盾を持ち上げ、相手の姿に集中した。


トン―


矢が弦を離れた。


シュエエエッ―


空気を切り裂く音。


避けようとせず受け止めろと言わんばかりに、矢は胴体のど真ん中へ飛んできた。


マルタンは自然に盾を斜めに構え、衝撃に備えた。


ガリッ―


盾に深い傷を残し、弾かれていった矢。


それは矢というより、短槍に近い衝撃だった。


考え込んでいる暇はないので、すぐに相手へ向かって走り出した。


まずは相手との距離を詰めることが先決。


短槍の有効射程に入ってこれを投げ、剣を抜いて斬り合わなければ勝利は得られなかった。


再び矢を弦につがえるエイナル。


相手との距離は先ほどよりも近づいていた。


『来る。』


迂闊に瞬きすらできない距離。


相手は弦を引くや否や、矢を放った。


シュエエエッ― バキッ―


先ほどと同じように盾を斜めに構えたが、予想外の音が聞こえた。


盾の端、その場所を貫いて入ってきた相手の矢。


『同じ場所に当たったか。』


出来の悪い盾の質に文句を言いながら、相手へ向かって駆け出した。


距離が縮まった以上、もうただ防いでいる必要はなかった。


マルタンは短槍を握り締めたまま、目でエイナルを追った。


木の後ろへ身を隠すエイナル。


今や短槍を投げるべき時は、相手が矢を射るため上半身を晒す瞬間だった。


コツ―


マルタンはゆっくり速度を落とした。


ここからは目で見て反応できない、運と本能に頼らなければならない距離。


短槍を投げることで相手の照準を乱し、すぐに剣を抜いて飛び込まなければならなかった。


『...今。』


相手にはまだ動きがなかったが、矢を射るなら今しかなかった。


「ふっ...」


息を吸い込み、上半身を捻った。


標的が現れる場所へ短槍を投げると同時に、剣を抜いて駆け込んだ。


シュアアアッ―


短槍が風を切り裂いて通り過ぎた場所。


エイナルが姿を現したのは、その下だった。


『!』


身体を寝かせるようにしている相手。


その弦には矢がつがえられていた。


トン―


マルタンは矢の軌道と予測した場所へ剣を持っていった。


同時に、身体を捻った。


ジィッ―


剣を掠めて通り過ぎた矢。


それは彼の左肩を掠め、キルティングアーマーを引き裂いた。


ツーッ―


『浅い。』


肩から焼けるような痛みが押し寄せたが、大きく気にするほどではなかった。


いつの間にか盾と剣を手にし、立ち上がっているエイナル。


彼が笑みを浮かべながら駆け込んできた。


「だから、鎖帷子を着てこいって言っただろ。」


「そうしたら肩に矢が刺さっていただろう。」


矢を避けながら近づかなければならないのだから、そんな余裕はなかった。


鎖帷子は身体を遅くするが、相手の矢を防ぐことはできなかった。


ガン―


マルタンは相手が振るった剣を盾で受け流した。


同時に彼が突き出した剣は、相手の盾に大きな傷をつけた。


ガガッ―


ほんの一瞬の睨み合い、エイナルはすぐさま再び彼へ飛び込んだ。


カン―


しばらく剣を打ち合わせたが、マルタンはすぐにそれを受け流した。


『やはり厳しいな。』


彼が知る最高の弓兵、エイナル。


最高の弓兵ということは、力が最も強いという意味だった。


キン― ガタン―


トン―


長い間続く戦闘。


マルタンはひたすら相手の攻撃を受け流し、防ぎながら、合間にその急所を狙った。


カン―


突き出された剣を防いだエイナル。


彼が口角を上げながら言った。


「突きばっかりじゃないか?」


相手の装備は鎖帷子。


斬撃では、少しずつ損傷を蓄積させることしかできなかった。


「機会があれば、別の攻撃もしてみよう。」


ブン― ガン―


彼が振るった盾をエイナルが受け止めた。


「うりゃあ~!」


奇声を上げながら、マルタンを盾ごと押し返すエイナル。


戦いは依然として終わる気配を見せなかった。


『どう終わらせる。』


盾を壊すこと、剣を手放させること、転ばせること。


どれも簡単な選択肢ではなかった。


マルタンが考え込んでいる間に、エイナルが口を開きながら飛び込んできた。


「考えすぎだ、マルタン!」


カン―


剣を受け流そうとする動きを、力ずくで押さえ込む相手。


ぶつかり合った剣を挟んで、二人は目を合わせた。


「甘い! 判断があまりにも弱い!」


エイナルが彼を睨みつけた。


「俺を殺す勢いで振れよ! 俺が何か奪ってやらなきゃ、その目は元に戻らないのか?」


圧倒的な腕力と身長。


相手はそれを利用して彼を圧迫してきた。


「ふっ...!」


マルタンは相手の剣を無理やり受け流し、横へ退いた。


続いたのは睨み合い。


エイナルがひどく気に入らないという顔で彼を見た。


「ふむ...」


何かを考えてから、ゆっくり口を開いた。


「できればこの話はしないつもりだったんだが... 面白くなさすぎて駄目だな。」


彼がマルタンと目を合わせた。


「アル・ムザッファル、あいつはどこにいると思う?」


突然飛び出した仇の名。


くだらない挑発なのは明らかだったが、表情が固くなるのはどうしようもなかった。


「どこかに埋められているだろう。」


その答えに、エイナルが意味ありげな笑みを浮かべた。


「そうか? なら、そう思ってればいい。」


続く沈黙。


マルタンがゆっくり首を傾けた。


「何を知っている?」


エイナルの顔に凄みのある笑みが浮かんだ。


「そうだ... やっと少しは見られる目になったな。」


***


フェザンサックの伯爵。


皺だらけのその顔には、醜い赤い斑点がいくつも浮かんでいた。


コンコン―


寝室の扉を叩く音、それに続いて息子の声が聞こえてきた。


「父上、私です。」


伯爵は急いで顔についた滲出液を拭った。


「入れ。」


ギイッ―


扉が開き、彼の息子が姿を現した。


がっしりとした体格にすらりとした長身、染み一つない顔。


彼は父親とはまるで違う印象を持っていた。


「公爵が暗殺されたそうですね。」


伯爵が何も知らないというように聞き返した。


「なんと。それは本当か?」


しばらく彼を見つめていた息子が慎重に口を開いた。


「... 少し前、他の伯爵たちとお会いになりましたよね。」


「そうだったな。」


アルマニャック伯爵とアスタラック伯爵。


彼とともにガスコーニュ中部を治める親族たちだった。


「あの者たちとは普段から時折会っている間柄だ。何か問題でもあるのか?」


彼の息子が単刀直入に尋ねた。


「公爵の死。父上がなさったことではありませんか?」


伯爵が呵々と笑って答えた。


「そんなはずがあるものか? そうしたところで、私が公爵になるわけでもないのだぞ。」


彼の息子は依然として疑わしげな目をしていた。


「公爵の妹であるブリスク。彼女がアキテーヌ公爵と結婚したせいで、焦られたのではありませんか?」


核心を正確に突いた発言。


伯爵は内心感心しながら、引き続き息子の話を聞いた。


「ガスコーニュ公爵の遠い親族である私たちは、アキテーヌ公爵を後ろ盾にしたブリスクの息子に継承順位で抜かれるでしょう。彼女が子を産む前にサンチョ公まで排除し、公爵になろうとしているのではありませんか?」


伯爵は自然に頷こうとする頭を、無理やり止めた。


厳かな表情で口を開いた。


「我が誇らしい息子よ、公爵という地位は上辺だけの席にすぎん。この地で我らにできぬことが何かある?」


「...いつもそう仰ってはいましたね。」


混乱した顔をする息子へ、さらに続けた。


「私は公爵の座には興味がない。どこかへ行って、そんな恐ろしい話を口にするな。私が公爵を暗殺して何になる?」


彼の息子が理解できないという顔で尋ねた。


「ですが...... 最近になって、ボルドーへかなり関心を向けておられるではありませんか?」


伯爵は適当な言い訳を思いついた。


「それは..... メドックに現れたというあの殺人鬼のせいだ。城主の勢力を一人で崩壊させたというのが興味深くないか?」


続く静寂。


やがて、彼の息子が頭を下げた。


「余計なことを言ってしまいました。申し訳ありません、父上。」


伯爵が頭を下げた息子へ近づき、肩に手を置いた。


「お前との会話はいつも楽しい。気にすることはない。」


「はい... では、失礼いたします。」


彼の息子がゆっくり部屋を出ていった。


ギイッ― ドン―


伯爵は息子が出ていった扉を見つめた。


自分とは違い、欠点一つない彼の息子。


醜い顔を持つ伯爵が、他の大領主たちの間で堂々と立っていられる理由だった。


顔中に滲出液を浮かべた老人が、小さな声で呟いた。


「...私は公爵位には興味がないのだよ。」


伯爵が望むものは一つだけだった。


自分の息子が公爵になること。


それだけで十分だった。


***


ガキン―


エイナルの剣とマルタンの盾がぶつかり合った状況。


エイナルは奇声とともに左手の盾を振るった。


「うりゃああ~!」


相手がそれに合わせて剣を振るった。


バキッ―


マルタンの剣が盾へ荒々しく食い込んだ。


剣に力を込めたのか、その盾がそのまま押し込まれてきた。


「正気か、マルタン!」


盾に剣が刺さっているのに、抜くつもりすらないとは。


エイナルは相手の剣を奪おうと盾を振るった。


ブン―


『軽い...?』


何の抵抗もなくついてくるマルタンの剣。


エイナルは、空いた正面へ潜り込んでくる相手の姿を見つけた。


剣を手放した相手が繰り出す一手。


何であろうと防ぎさえすれば、戦いには勝てた。


... 耐えれば勝てる!』


彼が着ているのは鎖帷子。


相手が素手で狙う場所は顔しかなかった。


シュッ―


マルタンの右手が素早く動いた。


エイナルが反射的に顔を逸らしたが、相手の手は別の場所へ向かっていた。


ビキッ―


相手が狙ったのは、彼の左手首だった。


剣を奪おうと強く振り切っていたせいで、長く伸びていた彼の左腕。


まともに力を込める前に、マルタンは彼の手から盾を奪い取った。


シュイッ―


剣を振るって離れていくマルタンを斬ろうとしたが、力及ばなかった。


『...クソッ。』


バキッ―


奪った盾から荒々しく剣を引き抜くマルタン。


剣を取り戻した彼が、再びエイナルへ飛び込んだ。


カン―


エイナルは剣を剣で防いだ。


ガン―


振るわれる盾を左手で防いだ。


痺れるような痛み。


このままでは敗北するのは明らかだった。


『また負けるのか?』


考えを続ける暇はなかった。


バキッ―


まともに掴み切れていない相手の盾が、彼の右腕を叩きつけた。


「くっ...」


いつの間にか自由になった相手の剣が、彼の肩へ突き刺さってきた。


ズブッ―


それを掴もうとしたが、肩に穴を開けて消えていく相手の剣。


それが今度は彼の左腕へ向かった。


ザクッ―


長い切り傷を残して消える剣。


腕を振るい、それを掴み取ろうと試みた。


ザクッ― ザクッ―


立て続けに彼の左腕へ食い込む刃。


エイナルは敗北を直感した。


腕がさらに切り刻まれる前に口を開いた。


「負けた。」


ツーッ―


彼の腕を斬り裂く途中で動きを止めた剣。


刃を伝って彼の血が流れ落ちた。


「はぁ... 負けたからどけろ。」


何の動きもないマルタン。


彼が静かに尋ねた。


「それで、アル・ムザッファルは?」


エイナルが答えた。


「あいつが住んでた宮殿に埋められたらしいぞ。」


眉をひそめながら彼を見るマルタン。


それにエイナルが続けて口を開いた。


「まあ、俺がいつ生きてるって言った?」


マルタンが無言で彼を睨みつけた。


やがて、剣についた血を振り払うと歩き始めた。


ザッ―


エイナルは静かにポワイヤックの方角へ消えていくマルタンを見つめた。


その姿が見えなくなる頃、地面へ仰向けに寝転がった。


ドサッ―


「はぁ...」


ため息を吐き、一人で呟いた。


「余計にあいつの話を出したか?」


ぼんやりと寝転んだまま空を見つめるエイナル。


彼はふと、ハサンから聞いた噂を思い出した。


「デマっぽいし、これは話す必要ないよな。」


アル・ムザッファルが病を治すため聖地へ向かったという噂。


下手に確かでもない話を出したら、何をされるか分かったものではなかった。

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