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第32話. 中部

侍従長はゆっくりと息を吸い込んだ。


夜中に死んでしまった主君。


これに関する手掛かりを探すため、周囲を見回した。


机の上、その端に引っかかるように置かれている杯。


誰が見ても不自然な位置に置かれたその杯には、葡萄酒の痕跡が残っていた。


『毒殺...』


誰の差し金なのか考えている暇はなかった。


「衛兵―! 最後に部屋へ入ったのは誰だ?」


何の返事もない衛兵。


彼は公爵の遺体を見つめたまま、呆然とした顔で立っていた。


「誰だと聞いているんだ~!!」


侍従長の叫びに、衛兵がようやく我に返った。


「葡萄酒... 葡萄酒を持ってきた侍女です。」


「どの侍女だ!」


「オネカです。確か、まだそれほど時間も経っていないはずですが...


オネカ、覚えのある名だった。


入ってから数か月しか経っていない新しい侍女。


まさかこんな真似をするとは、想像すらしていなかった。


「......行って城門を封鎖しろ。」


侍従長が唸るように言葉を続けた。


「内城だろうが、ボルドーの城壁だろうが、通用門だろうが、オネカのあの女がここから抜け出せないよう全部塞げ。」


「はい、承知しました。」


兵士たちが去ったあと。


侍従長は虚ろな顔で寝室を見つめた。


主君の手足となり、私生活の一つ一つにまで気を配らなければならない侍従長という地位。


公爵がこうして毒殺された以上、その侍従長である自分も責任を免れることはできなかった。


「一体誰がこんなことを。」


サンチョがこんな真似をするとは思っていなかったが、いざ主君の死を目の前にすると、すべてが疑わしく思えた。


公爵の死によって最も大きな利益を得るのがサンチョなのだから、疑わないほうがおかしい。


『だが、今になって?』


疑問が次から次へと浮かんだ。


確かなことは何一つなかった。


ぼんやり寝室を見つめていた侍従長の表情が、次第に強張り始めた。


『サンチョ公が暗殺をやったのだとしたら...?』


サンチョが血を見ることを厭わなくなったのなら、次の標的は明白だった。


宮廷会議のため、ここへ来ているアイマル。


そしてその代理人であるベルトラン。


「駄目だ...」


侍従長は急いで歩き出した。


自分の息子であるベルトランと、主君の息子であるアイマルのもとへ。


***


「起きろ、ベルトラン!」


ベルトランが薄目を開け、声の主を確かめた。


「...父上?」


侍従長がベルトランの肩を掴んだ。


「公爵様が暗殺された。時間がない。」


あまりにも唐突な話。


ベルトランには状況が理解できなかった。


「...それはどういうことですか?」


侍従長は質問に答えるつもりがないようだった。


「ひとまずアイマル様を連れてレスパールへ戻れ。いつでも出航できる船を用意しておき、ボルドーの状況を見張るんだ。」


ベルトランが訳が分からないという顔で尋ねた。


「ですが誰が...? 誰が公爵様を暗殺したのですか?」


「黒幕は分からない。サンチョ公にしては状況がおかしいが、いずれにせよお前がここに残る理由はない。」


ベルトランはしばらく考え込んだ。


「....こうして去ってしまえば、私たちが疑われます。」


侍従長が首を振った。


「サンチョ公が望むなら、大義名分などいくらでも作れる。そんなことを気にしている場合ではない。」


彼は続けて言葉を紡いだ。


「サンチョ公は今ボルドーにはいないが、彼に従う者たちがお前たちを止めるかもしれない。レスパールから何人連れてきた?」


「二十... 二十人です。」


侍従長は息子と目を合わせた。


「全員連れて行け。公爵様が選び抜いてレスパールへ送った者たちだから、問題にはならないだろう。」


ベルトランは頷き、席を立った。


部屋を出ようとして足を止め、父を見た。


侍従長という地位が持つ責任。


それをベルトランが知らないはずはなかった。


「父上は... どうなさるのですか?」


一瞬の静寂。


やがて、侍従長が力のない声で答えた。


「私は... ここに残らなければならない。」


「......」


「どの面を下げて、私がここを離れられるというのだ。」


ベルトランは長い間、父の姿を目に焼き付けた。


「...どうかご無事で。」


急いで部屋を飛び出したベルトランは、近くにあるアイマルの寝室へ向かった。


その扉を開き、眠り込んでいる幼い城主を揺さぶった。


「アイマル様、起きてください。」


「う... ベルトラン?」


何も知らないアイマルを起こした。


「今すぐレスパールへ戻らなければなりません。」


「何言ってるんだ。どうして?」


ベルトランは何も言わず、アイマルを連れて部屋を出た。


しばらく歩き、レスパールから連れてきた家臣たちが滞在する部屋へ到着した。


「皆、起きてくれ。」


一人、また一人と目を覚ます家臣たち。


彼らが訝しげな目で尋ねた。


「...城主代理様? どうされたのですか?」


ベルトランはしばらくアイマルを見つめてから、ゆっくり口を開いた。


「公爵様が暗殺された。」


「...はい?」


状況を説明している時間はなかった。


「すぐにレスパールへ戻らなければならない。ついてきてくれ。詳しい説明は後でする。」


「え... 分かりました。」


家臣たちが慌ただしく動く間、ベルトランはアイマルと目を合わせた。


信じられないという目で彼を見つめている幼い城主。


「父上が何だって?」


「...亡くなられました。」


アイマルが震える声で尋ねた。


「...誰が? ...どうして?」


ベルトランはゆっくり首を横に振った。


「まだ分かりません。」


確かなことは一つだけだった。


次のガスコーニュ公爵がサンチョだという事実。


それだけでも、ボルドーを離れる理由としては十分だった。


***


ポワイヤックの農地。


マルタンとピエールは、ハサンから水路についての話を聞いていた。


「つまり......私たち、白い石が必要だ。」


何かを説明してはいるものの、何のことなのか聞き取れないハサンの言葉。


「もっと詳しく説明しろ。」


「うん。白い石を焼いて、水に入れる。」


ハサンは手を振り回しながら、続けて話した。


「それを石と石の間に塗る。そうすれば水路の水、漏れない。」


何を話しているのかは分からなくとも、大体の感じは理解できた。


「白い石はこの辺りにあるのか?」


ハサンが首を振った。


「まだ見てない。」


水路をまともに掘るなら、領民を動員しなければならないのは火を見るより明らかだった。


そのうえ工事に必要な材料までないのなら、あまり気に入る提案ではなかった。


ハサンが彼の顔色を窺い、言葉を付け足した。


「白い石、たくさんなくてもいい。大事なところだけ使ってもいい。」


「今の水路、逆にも流れる。新しい道、必要だ。」


まだまともに判断できるほどの話ではなかった。


何か他のものが必要だった。


「できることは、水路を作ることだけか?」


ハサンがしばらく考え込んだ。


「ここの土地、不味い。白い石を撒けば、食べ物もっと出る。」


またしても出てきた白い石の話。


マルタンが隣に立つピエールに尋ねた。


「白い石で思い当たるものはないか?」


ピエールが何とも微妙な表情を浮かべた。


「ええと... 心当たりが一つあります。」


彼が続けて口を開いた。


「石灰石というものがありまして... ここから少し遠くまで行けばあります。」


「ポワイヤックの領域内か?」


「はい。」


マルタンが頷いた。


「それならいい。ハサン?」


「はい、ご主人様。」


「ピエールについて行って石を確認し、あとは自分で仕事を進めろ。」


マルタンはハサンの肩に手を置いた。


「お前のその水路が効果を発揮することを願っている。」


妙な圧迫感を感じさせるマルタンの眼差し。


ハサンは無言で頷いた。


***


ボルドーの南東。


要塞に近い城郭都市、バザス。


そこは十数年前、サンチョが分割相続によって手に入れた都市だった。


「ふむ...」


普段はボルドーで暮らしているが、時には都市を管理する期間も必要になるもの。


サンチョはそこで、パンプローナの親愛なる親族から届いた返書を反芻していた。


「殺せないのなら手を出さないほうがいい、か...」


カツ―


サンチョが指で机を叩いた。


どこか不親切な親族からの返答には、そのまま受け取るには無理のある内容が含まれていた。


『マルタンに手を出せないなら... メドックは?』


彼を支持していた城主がいたメドック。


そこは今、卑しい私生児が占めていた。


メドック一つでその私生児が公爵になることはないだろうが、目障りなのは事実。


「...荘園一つ二つならともかく、身の丈に合わない土地を持っている。」


メドックの支持を取り戻したかったが、そこに向けた政治的な陰謀は始まる前から失敗した。


武力で物事を解決することは彼の好みでもないうえ、相手側にはマルタンという奇妙な人物がいるため、なおさら躊躇われた。


カツ―


カツ―


なおも机を叩きながら考え込んでいた、その時だった。


バン―


何の予告もなく扉を開けて入ってくる腹心。


それにサンチョが眉をひそめた。


「...何の真似だ?」


「その...公爵様がお亡くなりになったそうです。」


腹心が伝えた衝撃的な知らせ。


サンチョはしばらく何も言わなかった。


「公爵だと... どこの公爵のことを言っている?」


腹心が頭を下げた。


「...ガスコーニュ公爵様です。毒殺されたと聞いております。」


「...馬鹿な!」


サンチョが席を立ち、腹心へ近づいた。


「一体誰が? 何のために?」


「おそらく.....中部の伯爵かと。」


「中部?」


ガスコーニュ中部。


彼の遠い親族たちが治める地域。


公爵への不満が多い者たちではあったが、こんなことをするとは思いもしなかった。


「奴らが突然なぜ―」


サンチョが何かに気づいたように言葉を止めた。


表情を強張らせ、冷たい声で言った。


「.....フェザンサックだな。」


腹心が静かに答えた。


「状況からすれば.....そう見えます。」


ガスコーニュ中部の盟主にして、彼とアイマルに次ぐ継承権者。


フェザンサック伯爵。


「はぁ...」


サンチョが深いため息を吐き、髪を掻き上げた。


「あのクソジジイが...!」




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― 新着の感想 ―
ホモと噂のロベール・ド・モンテスキューさんの祖先なんですってねフェザンサック伯爵
一番目と二番目を争わせて三番目が漁夫の利を狙っているわけか。問題は争うことを避けられない程まで関係が悪くなっているので三番目に関わっていられない点。
第三勢力が登場。 謀略家かな?
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