↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/36

第23話. 叙任式

叙任式の終わり。


その後は宴会が続いたが、マルタンはいるのかいないのか分からないほど目立たずにやり過ごし、宿へ戻った。


『疲れるな。』


覚えているのは、明日アイマルと共にレスパールへ出発しようというベルトランの言葉だけだった。


それ以外の話は聞き流した。


宴会場で出会った数え切れないほどの初対面の人々。


彼らの話をすべて聞いてやることなどできなかった。


「領主様、ボルドーの市場へ寄ると仰っていませんでしたか?」


マルタンはピエールの問いに適当に答えた。


「面倒になった。」


ただでさえ複雑なことが多かったのに、宴会場から戻ると頭の中は飽和寸前になっていた。


マルタンは寝台へ横になり、考え込んだ。


『公爵の呼び出しに応じたのは失敗だったか?』


ボルドーを訪れて得たもの。


不要な荘園が三つ。


メドックを回り、荘園領主たちを説得する仕事。


ガスコーニュの政界に関する雑多な知識。


他はまだよかったが、その雑多な知識が人を疲れさせた。


今はもう傭兵ではないため、事情が複雑になったからといって、そのまま立ち去ることもできなかった。


一つの問題を解決すれば、また別の問題が飛び出してきた。


敵と味方の境界もどこか曖昧だった。


マルタンは目を閉じた。


そもそも複雑な政界など、彼とは縁遠い分野だった。


役に立たないものを頭の中から追い出し、初心へ戻ることにした。


『俺のものに手を出そうとする奴だけ斬ればいい。』


考えるのは、殺すべき相手が現れた時で十分だった。


公爵の後継者がどうだろうと、今すぐあれこれ計算したところで何かが変わるわけではなかった。


***


ガスコーニュ公爵の内城。


マルタンの一行をはじめ、大勢の人々が早朝から空き地へ集まっていた。


ブルルッ――


アイマルに従ってレスパールへ向かう数名の家臣と数十人の兵士、そして生活を支える補助要員たち。


四十人近い一団がレスパールへ出発する準備を終えていた。


「アイマル。」


公爵が庶子へ近づいた。


「何があろうと、メドックをお前のものにしなければならない。」


「はい……。」


アイマルは力のない声で答えた。


公爵は顔を向け、ベルトランを見た。


「任せたぞ。」


「ご心配には及びません。」


公爵はベルトランの肩を軽く叩き、マルタンのもとへ近づいた。


「……頼んだぞ。」


どこか複雑な表情を浮かべた公爵の一言。


マルタンは適当に頷いた。


「……はい。」


公爵はしばらくマルタンを見つめた後、踵を返して他の家臣たちへ近づいた。


彼がアイマルに同行する家臣たちへ声をかけている最中、内城の門が開き、一団が中へ入ってきた。


ギギギギッ――


公爵によく似ていながら、まったく異なる印象を持つ男。


サンチョが配下を率いて公爵へ近づいた。


「叙任式は無事に終わりましたか? 仕事が忙しく、出席できませんでした。」


公爵は鋭く言い返した。


「来るつもりもなかったのだろう。」


サンチョは気にする様子もなく言った。


「ここを去るというのですから、祝福くらいはできましたよ。好き嫌いはともかく、何年も顔を合わせて暮らしてきた仲ではありませんか?」


サンチョは顔を向け、アイマルを探した。


彼はアイマルと目を合わせると、冷たい表情で口を開いた。


「……息を潜めて生きろ。今までどおりにな。」


「サンチョ――!」


公爵の叫び。


サンチョは平然とした顔で答えた。


「心からの助言です。今回の叙任式で、中部の伯爵たちはかなり怒っているようでしたから。」


公爵は鼻で笑った。


「はっ、奴らが何を言おうと関係ない。」


「それでも遠縁の親戚でしょう。肝に銘じておいた方がよいですよ。」


公爵との話を終えたサンチョは歩き出し、マルタンの前で立ち止まった。


彼はマルタンをじっと見つめた後、呆れたように首を横へ振った。


「いったい何をしたら、領主たちが……ちっ。」


「……?」


意味の分からない言葉を残し、サンチョはその場を離れた。


しばらくして場の空気が落ち着くと、一行はレスパールへ向けて出発した。


公爵の内城とボルドーの城壁を抜け、痕跡だけが残るローマ人の道に沿って進んだ。


パカラッ――


何人かが会話する声と、馬の蹄の音だけが聞こえる行列。


マルタンはベルトランと馬首を並べ、尋ねた。


「具体的な計画はどうなっている?」


「メドックの荘園を巡る件ですか?」


マルタンが頷くと、ベルトランは懐から羊皮紙を取り出した。


メドックの荘園がまとめられているらしい地図。


「まずはレスパールへ向かう途中で、できる限り多くの荘園へ寄るべきでしょう。最初はリストラックですね。」


ベルトランは地図を広げたまま続けた。


「西の海岸と湖畔、北の島にある荘園は、レスパールに拠点を置いてから訪ねる予定です。」


マルタンは頷き、再び尋ねた。


「領主たちに忠誠宣誓式へ参加するかどうか聞けば、それで終わりか?」


「まあ、ひとまずはそうです。」


思ったより単純な計画だった。


「……その返事は信用できるのか?」


「できる限り真偽は見極めますが……嘘でも大して問題はありません。」


ベルトランは冷ややかな表情で続けた。


「始末するための口実が一つ増えるだけですから。」


***


暖炉の傍らに座っているリストラックの領主。


彼はサンチョ公の使者から持ちかけられた提案を、数日間ずっと悩み続けていた。


『どちらにつけば生き残れる?』


次期ガスコーニュ公爵の最有力候補であるサンチョ公の下。


あるいは、公爵が後押しする庶子であり、新たな城主に就任するというアイマルの下。


どちらか一方は、破滅へ続く道に違いなかった。


『くそっ、なぜ俺にこんな試練が。』


レスパール城主の下で平穏に暮らしていたというのに、マルタンとかいう狂人が現れ、城主を殺してしまった。


城主と共に死んだ愚か者たちとは違い、素早く逃げて命は拾った。


だが死は再び、彼に選択を迫っていた。


「領主様、何をそのように悩んでおられるのですか?」


忠実な兵士が言った。


「もうサンチョ公につけばよいのではありませんか? 誰が見ても、あの方が次のガスコーニュ公爵でしょう?」


領主は首を横へ振った。


「駄目だ……庶子の方には、あの狂人がいる。」


ポワイヤック領主マルタン。


たった一人で数十人を斬り、城主を殺した怪物。


しかもポワイヤックは、ここからそれほど遠い荘園でもなかった。


「きっと気に入らない奴は全員殺す……あいつならやりかねん……。」


ドンドン――


「領主様!」


扉を叩く音と共に、召使いの声が聞こえた。


「レスパール城主様がお見えになりましたが?」


領主はゆっくりと顔を上げた。


「……何?」


死んだ城主が生き返って戻ってきたはずはない。


公爵の庶子が来たに違いなかった。


「すぐ……すぐに行く。」


領主は慌てて身なりを整え、屋敷を出た。


屋敷の中庭。


そこには公爵の庶子と思しき子供と、数十人の一団が立っていた。


予想以上の人数に動揺したが、内心を隠したまま城主の前で頭を下げた。


「レスパール城主様に、リストラック領主よりご挨拶申し上げます。」


「うむ……顔を上げよ。」


威厳などまるで感じられない、ぎこちない声。


領主はひとまず顔を上げて尋ねた。


「このような粗末な場所へ、どのようなご用でしょうか?」


「あ……。」


幼い城主がしばらく口ごもりながら隣を見ると、そこに立っていた男が口を開いた。


「城主様の代理人、ベルトランだ。」


「はい、お申しつけください。」


城主代理はすぐに本題を切り出した。


「さて……サンチョ公の者が訪ねてきたそうだな?」


どこか高圧的な態度。


相手はすでにすべてを把握してから来たに違いなかった。


「はい。そのとおりです。」


「城主様は万聖節に、メドックの全領主を集める予定だ。お前たちから忠誠の誓いを受けるためにな。」


「そ……そうなのですか?」


曖昧な返事でごまかそうとしたが、無駄だった。


「万聖節に行われる忠誠宣誓式へ参加するか?」


この数日間、まともに結論を出せなかったこと。


これほど突然に決められるはずがなかった。


「そ……もう少しだけ時間をいただけませんか?」


城主代理は首を傾げた。


「わざわざ悩む必要があるのか? レスパール城主ならば、誰もが認めるメドックの支配者であろう?」


「それはそうです。それはそうなのですが……。」


領主は周囲の様子を窺った。


目の前にいる幼い城主と、その後ろについてきた大勢の人々。


それほど敵対的な雰囲気でもないため、返事を先延ばしにして逃れられるかもしれなかった。


「……あ?」


相手の一団の中に、どこか見覚えのある顔を見つけた。


城主を殺した怪物。


そいつと目が合った。


「マ……マルタン?」


あの時のように血まみれではなかったが、間違いなくあの男だった。


あの無関心な顔。


忘れられるはずがなかった。


「ば……万聖節――!」


領主は切羽詰まった声で叫んだ。


「行きます、万聖節! そのような佳き日に忠誠宣誓式とは、当然行くべきでしょう!」


城主代理はしばらくマルタンを見た後、再び領主へ尋ねた。


「考える時間が必要だと言っていなかったか?」


「少し……少し万聖節がいつなのか考えていたのです!」


考える時間など与えられるはずがなかった。


あの怪物を連れてきたということは、気に入らなければ全員殺すという意味。


余計なことを言えば、首が飛ぶに違いなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
やはり暴力、暴力は全てを解決すると言う名言。
遠い権力より、近い暴力の方が気になる
狂人の有効活用、呂布並みに役に立つノー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。