↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/36

第18話. 城主は死んだ

レスパールの侍従長ルーフス。


彼は公爵へ謁見するため、宴会場の前に立っていた。


『いったいどれほど気を失っていたんだ……?』


ルーフスは意識を取り戻すや否や、兵士の案内を受けて宴会場へ来た。


陽が昇っているようではあったが、正確な時刻は分からない状況だった。


『城主様は生きておられるのか?』


ルーフスは不吉な考えを振り払おうと、首を横に振った。


今重要なのは、公爵の助けだった。


あの怪物が城主様を殺していないことを祈るばかりだった。


ギィッ―


宴会場の扉が開き、兵士が一人姿を現した。


「お入りください。」


ルーフスは頷くと、足を踏み出した。


ガスコーニュ公爵の宴会場。


壇上の中央に座っているのは、ガスコーニュ公爵ベルナールだった。


その隣には公爵の弟であるサンチョと側近たちが、壇上の下には公爵の隣に立つことを許されなかった大勢の家臣が、左右に並んでいた。


ザッ―


ルーフスは家臣たちの間を抜け、公爵へ向かって進んだ。


その前で片膝をつき、頭を下げた。


「ガスコーニュの正統なる支配者、ベルナール公爵様にお目通りいたします。」


ルーフスは続けて口を開いた。


「私はレスパールの侍従長ルーフスと申します。公爵様へ至急ご報告すべき事柄があり、恐れながらこの場へ参りました。」


ルーフスはゆっくり顔を上げ、公爵と側近たちの表情をうかがった。


どこか不満に満ちたような表情。


予想外の反応に、ルーフスは困惑を隠せなかった。


「……?」


ルーフスが周囲を見回している間に、公爵が口を開いた。


「他の者たちは気にするな。明け方の騒ぎで皆早く起きたせいか……疲れているようだ。」


「……承知しました?」


公爵は、なぜか自分を恨んでいるような目をしていた。


「そうだな……まずはレスパールで何があったのか説明してみろ。」


「はい、公爵様。」


ルーフスは、これまでに起きたすべてを公爵へ説明した。


マルタンという者が見せた無礼と、その不意打ち。


それによって命を落とした大勢の者たちのことまで。


すべてを語り終えると、公爵へ助けを求めた。


「どうか、我らが城主様をお助けくださいますようお願い申し上げます。」


黙って彼を見つめていた公爵が、衝撃的な事実を口にした。


「レスパールの城主は死んだ。」


ルーフスはゆっくり顔を上げ、聞き返した。


「何と……仰いましたか?」


「城主は死んだと言った。お前が倒れている間に、レスパールから来た他の者たちが伝えた事実だ。」


ルーフスは顔を伏せた。


宴会場を離れた時、うっすらと予想していた結末。


必死に否定していたことが、現実になってしまった。


『マルタン……噛み殺しても飽き足らない……。』


ルーフスは顔を上げ、公爵を見た。


「公爵様、恐れながら公爵様の封臣を殺害したポワイヤックのマルタンを処断してください! これはガスコーニュの支配者である公爵様を侮った行為です!」


公爵は少し考え、淡々とした顔で答えた。


「……誰かが私の封臣を殺したのなら、相応の罰を受けるべきだろう。」


「ありがとうございます、公爵様。ありがとうございます……。」


頭を下げたまま感謝を述べるルーフス。


彼は、次第に険しくなっていく公爵の表情を見ていなかった。


公爵は硬直するどころか冷え切った表情となり、口を開いた。


「だが……城主の顔がよく思い出せないな。」


ルーフスは訳が分からないという目をした。


「……それはどういう意味でしょうか?」


公爵はルーフスを睨みつけた。


「前回の宮廷会議でレスパールの城主を見た記憶がない。どういうことだ?」


ルーフスは慌てて言い訳を考え出した。


「その……ご息女の婚姻準備と重なり、余裕がなかったのだと聞いております。」


公爵は鼻で笑い、ゆっくり席から立ち上がった。


「はっ、違う……そうではない。」


彼は壇上を下りながら、冷たい声で言った。


「あの者が宮廷会議へ姿を現さなかったのは、私の封臣であることを放棄したからだろう。」


一瞬で重苦しくなる宴会場の空気。


壇上に立っていたサンチョが眉をひそめ、口を開いた。


「兄上、冗談が過ぎるのではありませんか?」


公爵は顔を向け、弟を見た。


「サンチョ、お前にはこれが冗談に見えるのか?」


しばらくサンチョを睨みつけていた公爵は、頭を下げているルーフスの前へ近づいた。


「レスパールの侍従長……ルーフスと言ったか?」


「はい。その通りです。」


頭を垂れるルーフスへ、公爵が尋ねた。


「昨年の聖誕祭に開かれた宮廷会議。その時、レスパールの城主が私の息子へ何と言ったか知っているか?」


「存じません。」


公爵はルーフスを見下ろし、冷たい声で言った。


「どこから拾ってきたかも分からぬ私生児が、貴族の真似事をしていると言ったそうだ。私があの子を庶子として認めてから、もう何年も経っているというのにな。」


頭を下げたまま震えるだけのルーフス。


彼から目を離した公爵は、冷え切った顔で周囲を見回した。


「……お前たちはどう思う?」


何も答えず、公爵の目を避ける家臣たち。


公爵は彼らへ向かって叫んだ。


「まともな頭を持つ者なら―! 私が後継者を公表する場で、あんな戯言を口にはしなかっただろう!」


家臣たちを見回していた公爵の視線が、弟のところで止まった。


「……顔色の悪い者が何人かいるな。お前はどう思う、サンチョ?」


何も言わないサンチョから目を離し、公爵はゆっくり壇上へ歩いていった。


家臣たちを見渡し、宣言した。


「宮廷会議へ応じなかった瞬間、レスパールの城主は私の封臣であることを放棄した。メドックを無断で占拠していた勢力が消えたのだ。メドックに新たな秩序を築かなければなるまい。」


公爵はしばらく考え込み、薄く笑った。


「レスパールの新たな城主は……私の息子がいいだろう。」


衝撃的な公爵の発言。


それに家臣団がざわつき始めた。


「兄上! 何を仰っているのですか!」


公爵は平然とした顔でサンチョを見た。


「アイマルが幼すぎるからか? 摂政を置けばいいのだから、心配することはない。」


「そういう意味ではないことくらい、お分かりでしょう。」


公爵は冷たい笑みを浮かべて尋ねた。


「では、どういう意味だ?」


息苦しい静寂。


やがてサンチョはため息を吐き、公爵を殺さんばかりに睨みつけた。


「はあ……いったいいつまで、あの私生児を庇い続けるおつもりですか?」


公爵は皮肉げな笑みを浮かべた。


「サンチョ……ついに気が狂ったか。」


サンチョは公爵の反応にも構わなかった。


「……何度も申し上げたはずです。私は、あのバスク人にも見えぬ小僧を認めるつもりはないと。」


公爵は馬鹿にしたように尋ねた。


「お前が認めなければ、どうするつもりだ?」


「私一人だけの話ではないことを、兄上が一番よくご存じではありませんか?」


公爵はサンチョを殺さんばかりに睨みつけ、顔を逸らした。


「……会議は終わりだ。」


公爵は家臣団へ命じた。


「エネコ! ラモン! 武装兵を五十人与える。レスパールを占領し、メドックの状況を調査しろ。」


「はい、公爵様。」


公爵は苛立たしげな足取りで壇上を下りた。


そのまま宴会場を出ていくかと思われたが、命令を付け加えた。


「……マルタンと言ったか? メドックから戻る際、ポワイヤックのあの者も連れてこい。」


公爵は顔だけを後ろへ向け、サンチョを見た。


弟がいる壇上にも聞こえるほど、大きな声で続けた。


「私に反旗を翻す不忠な勢力を排除してくれた者だ。礼を尽くして連れてこい。」


「はい、承知しました。」


公爵は自分を睨みつけるサンチョの視線を背に、宴会場を後にした。


***


ピエールが周囲をきょろきょろと見回した。


「……皆、知らない様子ですよね?」


マルタンはピエールにつられて顔を向けた。


いつもと変わらないポワイヤックの光景。


何一つ変わっていなかった。


「そうだな。」


ピエールは呆れた表情で口を開いた。


「いや……レスパールであんなことがあったのに、誰も知らせを知らないのですか?」


「噂なら、すぐに広がるだろう。」


マルタンは一行を連れ、屋敷の庭へ入った。


ギィッ―


菜園で作物を掘っていた厩番が、顔を向けた。


「領主様? どうしてもうお戻りに……。」


厩番はマルタンが乗っている馬を見ると、首を傾げた。


「ベラはどこへ行ったのですか?」


マルタンは眉をひそめた。


「……それは誰だ?」


ピエールはマルタンを見上げ、囁いた。


「その……領主様がお乗りになっていった馬の名前です。」


「そうか。」


マルタンは頷き、厩番を見た。


「あの馬なら、レスパールの近くで放した。」


「……はい?」


「新しい馬を手に入れたのだから、わざわざ飼葉を無駄にする必要はない。」


「そんな……ベラ。」


嘆きながら、その場へへたり込む厩番。


馬から下りたマルタンは、彼へ手綱を渡した。


「落ち込むことはない、厩番。」


マルタンは自信に満ちた表情で言った。


「こいつのほうが優れた馬だということは、俺が保証する。」


依然として表情の冴えない厩番。


マルタンは、もう少し詳しく説明することにした。


「前の馬は戦場で使える馬ではなかった。正直、飼葉すら惜しいほどだった。」


「……うっ。」


厩番はなぜか泣きそうな顔になったが、これで理解しただろう。


「先に入る。」


マルタンは歩き出し、屋敷へ向かった。


少しずつ慣れ始めた、程よく古びた自分の屋敷へ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
戦場の馬は去勢してない牡馬で、気が強くて主人が馬上で武器で戦ってるときは、 相手の馬の首筋に噛みつくようなやつでないとな。(マルタン談)
厩番からすると大事にしてた子から文字通り何処の馬の骨よ!
おう、ベラになんてことをマルタンよ。 無事であれ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。