第13話. 選択
マルタンは地面へ崩れ落ちるアンドレを見ながら呟いた。
「反応速度は悪くないな。」
確かではないが、アマニウより少しは上のようだった。
「アンドレ卿!」
レスパールから来た兵士たちが慌ててアンドレへ駆け寄った。
倒れたアンドレの状態を確かめた彼らは、マルタンへ食ってかかった。
「こ……これはいったい何をなさったのですか!」
マルタンは眉をひそめた。
稽古試合をしてほしいと言うから相手をしてやったのに、逆に怒り出すとは。
マルタンはしばらく、相手があれほど怒る理由について考えてみた。
「ああ……こいつは死んだのではなく、気絶しているだけだ。」
「今、それを言いますか……!」
どうやら、彼が把握していない別の理由があるらしい。
ともあれ、相手は稽古試合という用事を済ませ、彼も聞きたかった知らせを聞けたのだから、誰にとっても幸せな結末だった。
「他に用はないのか?」
兵士たちはアンドレを抱えて起こした。
しばらくマルタンを睨んだ後、口を開いた。
「……まったくございません。」
兵士がどこからか馬を引いてくると、その上にアンドレを載せた。
馬の上に洗濯物のようにぶら下がって運ばれていく姿は少々みっともなかったが、稽古試合とは元来こういうものなのだから仕方がなかった。
兵士たちが庭を去ると、ピエールは頭を抱えながらマルタンへ近づいた。
「いえ……城主様の家臣をまたあんな目に遭わせて、どうするのですか?」
「気絶させたことか?」
「それ以外に何があるのですか?」
マルタンはしばらく考えてから答えた。
「どうせレスパールへ着く頃には目を覚ましている。問題ない。」
ピエールは何か言いかけてやめ、ため息を吐いた。
「はあ……どうかそうであってほしいものです。」
***
数日後、鍛冶屋が訪ねてきたという知らせを受け、マルタンは庭へ出た。
鍛冶屋が持ってきたのは、鉄縁をつけた盾、撒菱六十個、投擲用の短槍三本。
撒菱と短槍は使えそうに見えたが、問題は盾だった。
『うむ……。』
確かに鉄縁はついていたが、微妙に固定が甘い。
重さも、軽々と振り回すには少々厳しそうだった。
「お気に召さないようでしたら、鉄縁をつけ直します。」
「いや、一応使えはするだろう。」
マルタンは盾を下ろし、短槍を手に取った。
短槍の柄を数え切れないほど削ってきたという木工職人の言葉は嘘ではなかったらしく、かなり均衡が取れていた。
状態は悪くなさそうなので、次は実際に投げてみる番だった。
「ふう……。」
マルタンは槍の柄を握り直し、近くの塀へ狙いを定めた。
シュウウウッ―バキッ!
塀を貫き、柄ごと突き刺さる短槍。
これほどなら、戦場で使っても遜色はなかった。
「なんと……あれほどなら、相手が誰であろうと一撃でしょうな。」
感嘆を隠せない鍛冶屋。
それにマルタンが答えた。
「相手が獣なら、そうだろうな。」
この程度の投槍を防げる者など、戦場にはいくらでもいた。
誰にも防がせたくないなら、馬上から投槍を放ち、さらに速度を乗せる必要があった。
「ひとまず状態は悪くない。いくらだ?」
鍛冶屋は首を横に振った。
「賦役として数えていただければ、それで結構です。」
「賦役……?」
マルタンは、しばらく忘れていた事実を思い出した。
領民にとっては、領主のために働く時間そのものが一種の税だった。
わざわざ金を払う必要はなかった。
「考えてみればそうだな。お前の賦役はきちんと覚えておこう。」
「はい。ありがとうございます。」
マルタンは返事を終えて帰ろうとする鍛冶屋を呼び止めた。
「帰りに木工職人を呼んでくれ。」
「木工職人を、なぜですか?」
「壊れた塀は直さねばならないだろう?」
鍛冶屋の視線が、短槍の突き刺さった塀へ向かった。
「……それもそうですな。短槍の刃は大丈夫でしょうか?」
「一、二度くらいなら問題ないだろう。行っていいぞ。」
鍛冶屋が頭を下げて外へ出ていく間に、マルタンは塀へ突き刺さった短槍を引き抜いた。
刃は少し鈍っていたが、まだ無事だった。
まともに当たりさえすれば、鎖帷子を着た相手でも容易く貫くだろう。
ギィィッ―
扉が開く音とともに、ジャックが屋敷から出てきた。
彼は周囲を一度見回すと、マルタンへ尋ねた。
「何か壊れる音がしませんでしたか?」
マルタンはジャックから塀の状態が見えるよう、横へ一歩移動した。
塀に空いた穴を見たジャックが仰天して尋ねた。
「いや……短槍で何をなさったのですか?」
「投げるのに適した場所が見当たらなかった。」
マルタンはしばらくジャックを見つめた。
この領地で唯一の兵士であるジャック。
投槍くらいは扱えたほうがよいだろうと思った。
「短槍は投げられるか?」
ジャックは困った顔でマルタンの様子をうかがった。
「投げることはできますが……領主様のお気には召さないと思います。」
「一度投げてみろ。」
マルタンはジャックへ近づき、短槍を差し出した。
渋い顔でそれを受け取ったジャックが周囲を見回した。
「……ですが、どこへ投げるのですか?」
マルタンは無言で顎をしゃくり、穴の空いた塀を示した。
「本当にいいのですか? いっそ土の山でも作ってから投げます。」
「どうせ木工職人が来ることになっている。」
ジャックはしばらく躊躇した後、構え直して槍を投げた。
ヒュウウウン―ボスッ―
力なく飛んだ槍は、塀へ届く前に地面へ落ちた。
「投げ方を知らないな。」
マルタンの低い独り言に、ジャックの耳が真っ赤に染まった。
「……久しぶりに投げたからです。」
短槍を拾ってきたジャックは、もう一度構え直して槍を投げた。
ヒュウウッ―バスッ―
短槍は辛うじて塀へ刺さり、ぶらぶらと揺れた。
それを見たマルタンの答えは変わらなかった。
「投げ方を知らないな。」
ジャックが訳が分からないという表情で尋ねた。
「……この程度なら十分ではありませんか?」
マルタンは首を横に振った。
「その程度ならピエールでも避けられる。」
「……本当ですか?」
まるでピエールへ投げてみてもよいのかと尋ねるような、ジャックの表情。
それを見たマルタンは、問題点をもう少し詳しく説明した。
「それほどお前の槍が遅いということだ。そんな投げ方では、相手へ武器を渡してやるようなものだ。」
マルタンは再び口を開いた。
「もしや馬には乗れるか? それなら、その投げ方でも構わないが。」
ジャックはしばらく考えた後、慎重に聞き返した。
「……もしかして、馬に乗れるという基準は高いですか?」
「馬に乗って全力で駆けながら、投槍ができる程度でいい。」
それくらいは基本だと言わんばかりのマルタンの答え。
ジャックは力なく答えた。
「私は馬に乗れません……。」
「馬にも乗れず、投槍もこれでは駄目だ。もう一度持ってこい。」
ジャックは塀に刺さった短槍を引き抜いてマルタンへ差し出したが、マルタンは受け取らなかった。
「いや、お前が持て。できるまでやる。」
「……はい?」
「投槍は見ているだけでは身につかない。自分でやれ。」
ジャックはしばらく躊躇した後、再び短槍を握った。
ヒュウウッ―バスッ―
「もう一度。」
ジャックは短槍を引き抜いて戻ると、再び強く握り締めた。
ヒュウウンバスッ―
「もう一度、角度を下げろ。」
続くマルタンの指導。
ジャックが短槍を投げては回収することを何度も繰り返していた時だった。
「ジャック、この狂った野郎!!」
塀の門のほうから怒鳴り声が聞こえた。
そこには、マルタンが呼んだ木工職人が立っていた。
「塀に何してやがる! 正気か?」
彼は顔をひどくしかめ、ジャックへ近づき始めた。
「このクソ野郎……。」
それ以上、言葉を続けられない木工職人。
その視線は、ジャックの後ろにいるマルタンへ向けられていた。
「……いらっしゃるとは知りませんでした。申し訳ございません、領主様。」
しばしの沈黙。
マルタンは顔を向け、ジャックを見た。
「私はもう行く。後は二人で適当に片づけろ。」
「……はい?」
呆れた顔で彼を見るジャック。
マルタンはそれを見向きもせず、背を向けて屋敷へ入った。
***
忠誠の誓いの儀式まで、残り一日。
儀式の当日にレスパールへ出発するわけにはいかないため、マルタンはピエール、ジャックとともに朝から旅立った。
先頭には馬に乗ったマルタン。
その後ろを、ピエールとジャックが歩いてついてきていた。
パカラッ―
戦場を離れて以来、初めて乗る馬。
多少は違和感があるかと思ったが、そんなことはなかった。
『むしろ馴染むな。』
マルタンは手を伸ばし、鞍の後ろ側に触れた。
盾や鎖帷子など、城主との話が拗れた時に備えた品々。
荷袋越しに感じる装備の感触は、傭兵時代を思い出させた。
あの頃と違うのは、馬の見た目が少々貧相なことと、周囲にいる者たちがあまりにもひ弱なことくらいだった。
出発してからどれほど経った頃か、ピエールがジャックと話し始めた。
「領主様がお金持ちだと、こういう時は助かるな。」
「こういう時って、何ですか?」
「見ろ、私たちはほとんど荷物がないだろう。他の荘園の領主たちは、おそらく荷車に品物を山ほど積んで向かうはずだ。」
ジャックは意味が分からないという顔だった。
「荷車に品物を? どうしてです?」
ピエールは情けないものを見るような顔でジャックを見た。
「荘園の相続税を納めなければならないだろう。領主様は金持ちだから、ただ金で持っていっているだけだ。」
ジャックが不思議そうに尋ねた。
「そんなものがあるのですか? 前の領主様は、ただ忠誠の誓いを立てに行っただけだった気がしますけど?」
「うん……? そうなのか?」
「正確には分かりませんが、とにかく荷車はありませんでしたよ?」
ピエールは首を傾げて言った。
「まあ……お前が知らない間に納めたのだろう。」
「そうですかね? まあ、そうかもしれません。」
まるでロベールが相続税などまったく気にしていなかったかのような話。
マルタンは彼らの会話に疑問を抱きながらも、静かに馬を進めた。
ロベールが相続税を納めていなかったことは、すでに知っていた。
どうせ用意してきた相続税は自分の分だけなのだから、どちらでも構わなかった。
選択するのは城主だ。
彼はただ、城主の選択に応じて反応するだけだった。




