第10話. 商船
マルタンはその場に立ったまま、黙り込んだ相手の返答を待った。
しばらくすると、トマがゆっくりと後ずさりし始めた。
「わ……私も、これ以上は知りません」
マルタンは徐々に遠ざかる相手を追いながら尋ねた。
「確か、他にも話そうとしていたようだが?」
彼が歩みを進めるのに合わせて、相手の後ずさる速度も速くなった。
「……いいえ。私の話はここまでです。これ以上近づかないで――」
ドタンッ―
後ずさりを続けていたトマが、祭壇の段差に引っかかって転んだ。
半ば仰向けになった姿勢で倒れ込んだ相手。
彼は必死に痛みを堪えているような顔で手を上げ、マルタンを制止した。
「祭壇……! ここは祭壇です!」
意味の分からない切迫した叫び。
マルタンは、相手が引っかかって転んだ段差を見た。
「……見れば祭壇に引っかかったようではあるな」
トマが震える声で口を開いた。
「ここは祭壇ですから……叙品を受けた聖職者だけが足を踏み入れられるのです」
「……?」
その程度のことはマルタンも知っていた。
こんな無駄話より、レスパール城主とガスコーニュ公爵についての話をもっと聞きたかった。
「レスパール城主がガスコーニュ公爵の宮廷会議を欠席したことは分かった。何か処罰はなかったのか?」
トマはしばらく息を整えた。
不安そうな目でマルタンを見つめ、ゆっくりと答えた。
「……宮廷会議にはガスコーニュ中部の伯爵たちも欠席したと聞いていますので、大きな責任を問うことはできなかったはずです」
マルタンはうなずいた。
「他にはないのか?」
トマは力なく首を横に振った。
「ありません。間違いなく、ありません」
「分かった」
マルタンはためらうことなく背を向けた。
思った以上に多くのものを得られた、この場所での会話。
ひとまず、ガスコーニュ公爵の報復を心配する必要はなさそうだった。
ギィ―
マルタンは礼拝堂の扉を開けて出ようとしたが、振り返った。
いまだ祭壇に横たわり、こちらを見ているトマに尋ねた。
「ところで、大工の家はどこだ?」
「……外へ出て左へ道なりに進めば、見えるはずです」
相手がなぜまだあのまま横たわっているのか疑問に思ったが、すぐに考えるのをやめ、礼拝堂を出た。
司祭は基本的に教区に属する者。
彼の財産ではないため、わざわざ気にかける必要はなかった。
マルタンはトマに教えられた道を歩いた。
ほどなくして、彼の目に一軒の家の庭が入った。
あちこちに木片や木屑が散らばっているのを見るに、大工の家で間違いなかった。
そのまま庭へ入り、扉を叩いた。
トントン―
扉を叩くや否や、中から低く荒々しい声が聞こえた。
「誰だ!」
「マルタン。領主だ」
しばらく物音がしたあと、扉が開き、一人の男が姿を現した。
警戒する目でマルタンを見る男。
その髭には白っぽいシチューの跡が残っていた。
「領主様……ですか?」
まだマルタンの顔を知らないのか、彼を上から下まで熱心に見回す男。
マルタンは気にすることなく、すぐに用件を切り出した。
「投擲用の短槍に使う柄を三本頼む。長さはお前の胸元辺りでちょうどいいだろう」
相手は突然の依頼に戸惑ったようだったが、すぐに答えた。
「ええと……槍の穂先はお持ちですか?」
「鍛冶屋に聞け。数日以内に作ることになっている」
「分かりました。ご用件はそれだけですか?」
マルタンはうなずき、確認のため尋ねた。
「投擲用の短槍は何度も作ったことがあるか?」
大工は当然だという口調で答えた。
「言うまでもありません。数え切れないほど削ってきました」
ガスコーニュ地方は投槍で名高いのだから、無駄な質問だった。
「そうか……任せる」
用件はこれで終わり。
マルタンは大工をあとにし、自分の家へ向かった。
残るのは、品物が完成するまで待つことだけ。
そのあとは、完成した品々と共に正当な額の相続税を持ち、レスパールへ向かえばよかった。
『城主……』
あの者が正当な額の相続税で満足するならそれでよく、そうでなければ用意した品を使えばいいだけだった。
***
マルタンは炉端に座り、初めての狩りの成果を眺めていた。
彼が仕留めてきた四羽の水鳥。
そのうち二羽は丸ごと彼のもので、炉端で串に刺されたまま焼かれていた。
問題は残りの二羽の水鳥。
適当に分けて食べろとピエールに渡したところ、貴重な肉が恐ろしいシチューの中へ入れられてしまった。
『渡すのではなかったな』
彼の考えを知ってか知らずか、他の者たちはただシチューの肉を楽しみにしている顔をしていた。
侍女が懸命にシチューをかき混ぜる中、ピエールが口を開いた。
「領主様が弓までお上手だとは知りませんでした」
マルタンは淡々とした顔で答えた。
「上手くはない」
「上手くないですって? 一度に水鳥を四羽も仕留めてくる方は初めて見ました」
マルタンはピエールをじっと見た。
「お前が見てきたのは、どうせ俺の父くらいだろう?」
「まあ……ほとんどはそうですね」
ピエールは気まずそうな表情を浮かべたあと、何かを思い出したように口を開いた。
「あ、子供の頃に領主様のお祖父様が狩りへ出られるところも何度か見ました」
言い訳にもなっていないピエールの答え。
おかげでマルタンは、自分の先祖たちに弓の才がなかったことを悟った。
くだらない話を交わしながら食事をほとんど終えようとしていた頃、誰かが屋敷の扉を叩いた。
「領主様、船です」
『ん?』
扉の外から聞こえてきた唐突な言葉。
周囲を見回すと、他の者たちはこうした状況に慣れているようだった。
「そろそろ来る頃ではありましたよね?」
「そうなのか? 俺は戻ってきたばかりだから分からんな」
「領主様、見に行かれますよね?」
マルタンはそこでようやく状況を理解した。
「商船か?」
ピエールはうなずいた。
「おそらくそうでしょう。海賊どもなら、もっと大騒ぎしていたはずです」
マルタンは手にしていた串を置き、立ち上がった。
彼の経験によれば、商人はいつだって正しかったので、ためらう理由はなかった。
「少し金を持ってこよう」
部屋へ入ったマルタンは、ベッドの下から箱を取り出した。
銀貨と金貨を一掴みずつ懐へ入れ、箱を再び閉じた。
準備は終わったので、次は商人に会う番だった。
箱を再びベッドの下へ押し込み、部屋を出た。
「見物したい者はついてこい」
その言葉に、炉端にいた全員が立ち上がった。
互いに顔色を窺い合い、やがて視線が侍女へ集まった。
「ジョアナ、シチューが焦げるぞ」
「はい……」
ピエールに止められた侍女は、再びその場に座った。
マルタンは泣きそうな顔をしている侍女を残し、屋敷を出た。
扉の外には、船が来たことを知らせに来たと思われる領民が一人立っていた。
「あ……船が来たので、お知らせに参りました、領主様」
マルタンはうなずき、懐から銀貨を一枚取り出した。
「受け取れ」
忠実な使者に与えられる褒賞。
それを受け取った領民の目が大きく見開かれ、頼んでもいない案内を始めた。
「こ……こちらです、領主様」
どうせ船のある場所など限られていた。
案内は必要なかったが、ひとまず領民について道を進んだ。
「あそこです、領主様」
ほどなくして、対岸すらまともに見えない広大な川辺へ着いた。
そこに浮かんでいたのは、全長二十メートル近くありそうな大きな船。
その前ではすでに数人の領民が集まり、船員たちと値段の交渉をしていた。
「駄目だ。卵は受け取らない。何度言えば分かる?」
「はあ……六個やる。これ以上は無理だ」
「よし」
たどたどしいガスコーニュ語で領民と話す船員たち。
マルタンには、その独特で強い訛りが非常に聞き覚えのあるものだった。
『パンプローナの者たちか』
彼が戦った地の一つだったのだから、分からないはずがなかった。
マルタンとその一行が船へ近づくと、船長らしき者が前へ出た。
船乗りらしからぬ、人当たりのよさそうな顔をした中年の男。
彼はしばらくマルタンを観察したあと、流暢なガスコーニュ語で尋ねた。
「……ポワイヤックの領主様でいらっしゃいますか? 私の知る方ではありませんね?」
「あの者は死んだ」
「あ……」
領主が死んだという言葉に驚いた顔をしたのも束の間。
船長はすぐに商人特有の笑みを浮かべた。
「まあ、とにかく品物をご覧になりに来られたのでしょう?」
マルタンがうなずくと、船長は一行を船のすぐそばまで案内しながら尋ねた。
「何か特別にお探しの品があれば、次の交易の際に仕入れてくることもできます」
「さあな。まずは品を見てから話そう」
「まあ……そうなさってください。ここにある品だけでも、失望はなさらないはずです」
船長は船上へ上がると、マルタンの一行を見回し、自信に満ちた顔で口を開いた。
「さて、ここにレヴィアタンをご存じない方はいらっしゃいますか?」
まるで語り部にでもなったかのように、突然怪物の話を持ち出す船長。
人々の反応を見て、彼はそのまま話を続けた。
「知らないはずがありませんね。皆様もご存じの通り、奴は聖書にも登場する巨大な海の怪物です」
彼はマルタンの一行一人ひとりと目を合わせながら、熱弁を振るった。
「口からは松明を吐き、鼻からは煙を噴き出す怪物! 奴は海の悪魔、深淵の支配者とも呼ばれています。地上のいかなる武器も奴を貫くことはできず、ただ神のみが奴を罰することができると伝えられています」
その偉大さを語ったあと、悲壮な表情で自分たちの功績について説明し始めた。
「しかし、我々バスク人は、そのレヴィアタンの化身を捕らえました。どうやったのかは聞かないでください。ただ悪魔を狩るために集まった狩人たちと――」
マルタンは何十回も聞かされた、うんざりする話を遮った。
「もういい」
きょとんとした顔で彼を見る船長に尋ねた。
「それで、鯨油を売っているのか?」
「……はい?」
船長の目から光が消えた。
「……鯨についてご存じなのですね」
知らないはずがなかった。
傭兵生活の中で出会った沿岸出身のバスク人傭兵だけでも数十人。
まるで口裏を合わせていたかのように、法螺を吹きたくなると、まず鯨の話から始める連中だった。




