表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/111

第108話 チェーザレ、闇の眷属となる

『アヴァロン帝国暦2年 12月上旬 帝都フェルグラント 闇バー 昼前 小雪』


【皇帝の右腕グレン視点】


 本格的な冬の到来を告げる、十二月の上旬。

 俺ことグレンは、チラチラと舞う小雪を払うように肩をすくめながら、いつものように帝都の一角にある『闇バー』へと足を運んだ。


 重厚な木の扉を押し開けて中に入ると、外の寒さが嘘のような暖かな空気が広がっている。

 天井からはいくつものランタンが吊るされており、そこで揺らめくオレンジ色の炎が、いい雰囲気の照明となっていた。

 燃やしている獣の油の匂いと、香ばしい焼き豚の香り、そしてツンと鼻を突くワインとエールの匂い。それらが入り交ざったこの空間は、闇バー独特の、どこか心が落ち着く空気を醸し出している。


 ふと見ると、カウンターの隅に先客がいた。


「よお、チェーザレ。今日も呑んでいるのか?」


 俺が声をかけると、カウンター席のチェーザレは手にしていたワイングラスを置き、ゆっくりとこちらを振り返った。


「ああ。闇の教皇様が来ていないか気になってな。つい、毎日ここへ足を運んでしまう」


(闇の教皇……あの不思議な少女のことか……)


 俺はチェーザレの隣に腰を下ろすと、店主にワインを一つ頼んだ。

 ついでに、小腹を満たすためのつまみとして焼き豚も注文する。


「俺はもっと、闇の宗教の役に立ちたいんだ……」


 チェーザレは、グラスの縁を見つめながら、ぽつりとこぼした。


「今でもお前は、闇の司祭として十分に役に立っていると思うんだがな」


 俺は運ばれてきたワインを口に含むと、テイスティングするように、ゆっくりと舌の上で転がした。

 うん、いいワインだ。程よい渋みが心地よい。


「そうじゃないんだ、グレン。俺はもっと、あのお方に存在自体を近寄りたいんだ……俺の言いたいこと、分かるだろう?」


 チェーザレの瞳には、熱を帯びた狂信めいた光が宿っていた。


「まあ、言いたいことは分かる。あの少女には、抗いがたい不思議な神秘性を感じるところはあるからな」


 俺自身は、特定の宗教を深く信じているわけではない。

 しかし、そんな俺でさえ、あの闇の教皇と名乗る少女の前に立つと、人智を超えた神秘的な何かを感じざるを得なかった。


 その時だった。


 ぐにゃり。

 店の奥の闇が、陽炎のように不自然に歪むのが感じられた。


「ほう。妾の噂をしておったのかえ?」


 静かな声と共に、濃密な闇の中から、黒い神官服に身を包んだ少女が、すうっと音もなく姿を現した。


「おお……っ!」


 すかさず、隣にいたチェーザレが床に膝をつき、その場に深くひれ伏した。


「正直なところ、あなた様が何者であるか、私のような者にははかりかねております……。しかし、偉大な神性の……位の高いお方であるということだけは、魂で理解しております」


「ふむ。それで?」


 少女は表情を変えず、首をかしげた。


「あなた様の末席に……いえ、眷属に加えて頂ければ、この身にとってこれ以上の幸せはございませぬ!」


 チェーザレの悲痛なまでの願いを聞き、少女は静かに歩み寄ると、カウンター席にちょこんと座った。

 そして、チェーザレの残っていたグラスを手に取り、一口だけワインを飲む。


「ふむ。良いじゃろう。ただし、お主、人をやめることになるぞえ? 愛する女もおろう?」


「ルチアとの間に、この前、念願の子供ができました……。私はもう、人としての幸せは十分に全うしたと考えております」


 チェーザレの言葉に迷いはなかった。

 人生の絶頂にあるからこそ、惜しげもなく全てを捧げられるということなのだろうか。


「ほう、それはめでたい」


 少女はふわりと微笑むと、俺の前に置かれていた焼き豚を、小さな指で一つひょいとつまんだ。


「良いじゃろう。では、今から始めるが良いかえ?」


「はい! 喜んで!」


 次の瞬間、俺は信じられないような不思議な光景を目にすることになった。


 少女の足元から黒いもやが湧き上がり、まるで意志を持っているかのようにチェーザレの体を包み込んでいく。

 闇そのものが凝縮され、人の形を塗り替えていくような異様な光景。

 だが、不思議と俺の胸に嫌悪感や恐怖は湧かなかった。むしろ、奇妙なほどの安らぎすら感じる。


「これでお主は、我が眷属じゃ。名をあらためよ。これからは『ユーディル』と名乗るが良いじゃろう」


 黒いもやが晴れると、そこには以前よりもどこか冷たく、しかし澄んだ空気をまとったチェーザレ――いや、ユーディルが立っていた。


「おお、体の奥底から無限の力がみなぎってくる……! はい。このユーディル、己の存在が続く限り、永遠に闇への忠誠を尽くします」


 ユーディルは胸に手を当て、深く頭を下げた。


「お、おめでとう……その、チェーザレじゃなくて、ユーディル」


 俺は少しだけ戸惑いながらも、友の新たな門出を祝福して声をかけた。


 こうして、雪降る帝都の片隅で、一人の闇の眷属が誕生した。

 新しい名はユーディル。人を捨て、闇に生きることを選んだ男だ。


「さあ、祝いの席じゃ。もっとワインを持ってくるが良いぞえ」


 俺とユーディルと、不思議な少女の三人は、グラスを合わせ、静かな闇バーでささやかな宴を開くのであった。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ