第103話 客将ミュラー元伯爵、小麦で儲ける
『アヴァロン帝国暦2年 11月上旬 帝都フェルグラント ミュラーの家 昼 晴れ』
【客将ミュラー元伯爵視点】
北方のハーグより輸入された大量のライ麦と、今年の記録的な小麦の豊作。
二つの要因が重なり、秋も深まった十一月上旬の帝都フェルグラントは、かつてないほどの『麦余り』状態に陥っていた。
「どうやら、今年は麦が随分と豊作のようだな」
私は大通りに積み上げられた麻袋の山を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「麦がとれれば、酒もたくさんできるってこった。どうだ? 一杯やるか?」
一緒に歩くのは、苦楽を共にしている傭兵のムンドだ。
彼は昼間から酒瓶を片手に持ち、上機嫌で私の後ろをついてきている。
「いや、私はもう酒はやめたのだ。それより、見てみろ。麦が売れずに商人たちが困っておるぞ」
市場の商人たちは、値崩れを起こした麦の山を前に、渋い顔をして頭を抱えていた。
「ああ、麦がだいぶ安いようだな。そんなに気になるなら、買ってやったらどうだ?」
「そうだな。領民や民の生活を安定させるのも、これも貴族の務めか」
「おいおい、あんたは『元』貴族だろうが。今はただの客将だぜ」
ムンドの容赦ない突っ込みに、私は思わず苦笑いした。
「先のダリウス小王国との戦いで、多大な戦功を立てたのだ。恩賞として、再び爵位をもらえると思ったのだがな……」
「もらったのは、カネだったな。まあ、何ももらえんよりは良いだろ?」
ムンドの言う通りだった。
私は先の戦いで、重要な拠点であるサジスの町へ無事に補給物資を届け、さらにダリウス小王国の軍を背後から挟撃し、勝利に大きく貢献した。
その見返りとして、アヴァロン帝国皇帝カール陛下から莫大な報奨金を賜り、いまの私はちょっとした小金持ちになっていたのだ。
「仕方ない。これも何かの縁だ。商人たちから、余っている麦をある程度買い上げてやろう」
「へえ、太っ腹だな。で、その大量の麦をどうする気だ?」
「おい、そろそろサジスへの街道の巡回の時間だぞ」
私はムンドの質問には直接答えず、懐中時計を見て歩き出した。
「ああ、そうだったな。行くか。ついでにその買い上げた麦も持っていこうぜ」
現在、私たちに与えられている任務は、サジスの町と帝都フェルグラントを結ぶ街道の警備だった。
交通の要衝であるこの街道の安全を守ることは、帝国の物流を支える重要な職務である。
私は商人にカネを支払い、大量の麦を馬車に積み込むと、ムンドと共にフェルグラントを出発した。
◇◆◇
『数日後 サジスへの街道』
街道の警備任務自体は、概ね順調に進んでいた。
途中、森の奥から野盗の集団が襲いかかってきたが、物の数ではない。
「どりゃあああっ!」
「ヒィィッ! 化け物だァ!」
ムンドが大剣を振り回して大暴れしただけで、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
この程度の小競り合いは、わざわざ日記に残すまでもない出来事だ。
それよりも、私の頭の中には別の懸念が生まれていた。
(サジスの近くで、盗賊が出るようになったのか……?)
私は馬に揺られながら、隣を進むムンドに声をかけた。
「なあ、ムンド」
「ん? なんだ?」
「街道に盗賊が出没しているということは、治安が悪化している証拠だ。もしかすると、サジスの町は困窮しているのではないか?」
「食うに困って、盗賊になったってか? あり得るな。戦の傷跡は、そう簡単には癒えねえからな」
ムンドは酒瓶をしまい、真剣な顔つきになった。
「全軍、サジスへ急ぐぞ!」
私が号令をかけると、警備の兵士たちに緊張が走った。
「ただし、整然とな。慌てて隊列を乱すなよ!」
ムンドの的確な補足に従い、私たちは速度を上げつつも、乱れぬ隊列でサジスへの道を急いだ。
◇◆◇
『サジスの町』
私たちがサジスの町に到着すると、すぐに異変に気付いた。
広場に集まっていた民衆が、こちらの馬車を見るなり、すがるような目をして次々と群がってきたのだ。
「おお、久しぶりの馬車だ!」
「積んであるあの麻袋は、もしかして食料では!?」
「お貴族様! どうか、良かったらそれを分けてくだせえ……!」
やせ細った手で馬車にすがりつく彼らの様子を見れば、サジスの町が深刻な食料不足に陥っているのは火を見るより明らかだった。
ダリウス小王国との国境近くに位置するこの町は、戦乱の影響を色濃く受けていたのだ。
「おい、ミュラー。これ、どうする?」
ムンドが困惑したように私を見た。
私は一つ頷き、荷馬車の上に立って民衆に向かって声を張り上げた。
「安心しろ! この麦は、お前たちに売ってやろう!」
その言葉に、民衆の顔にパッと希望の光が差した。
「もちろん、暴利を貪るつもりはない。もちろん適正価格でな!」
「おおおっ! ありがてえっ!」
「これで飢えずに済むぞ!」
歓声が上がり、町中が安堵の空気に包まれた。
(ふむ。これで彼らの生活も少しは安定するだろう)
私は押し寄せる民衆に麦を配分しながら、確かな充実感を感じていた。
かつては領地を治める伯爵として。そして今は、帝国の客将として。
やり方は変わっても、民を救うという本質は同じなのだ。
こうして、私たちミュラー隊は、サジスとフェルグラント間の街道警備をこなしながら、時折こうして商人の真似事をして、カネを稼ぐこととなったのである。
そう、ちょっとした善行を積んだだけであった。
冬が迫りつつあった。
木枯らしが、フェルグントにもサジスにも、平等に吹いていた。
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