第102話 バルザフ、故レグナリア王の遺産を受け取る
『アヴァロン帝国暦2年 11月上旬 帝都フェルグラント バルザフ商店 昼 晴れ』
【異国の商人バルザフ視点】
帝都フェルグラントの大通りに面した、俺の店『バルザフ商店』。
十一月に入り、冷え込みが厳しくなってきたある日のこと。俺の元に、思いもよらない場所から大きな木箱が届いた。
(レグナリア王は亡くなって久しい。カネ払いも良かったし、未払いはないはず。おかしいな……)
俺、異国の商人バルザフは、送り状に書かれた『元レグナリア王の居城より』という文字を見つめながら、首をひねっていた。
送り主が死人かもしれない荷物ほど、気味が悪いものはない。
「さんざん、レグナリア王に麻薬のような薬を売っていたそうじゃないか? 中はきっと、王の怨念がたっぷり詰まっているぞ?」
「ひっ! や、やめてくだせえよ!」
背後からかけられた声に、俺は肩をびくっと震わせた。
声の主は、アヴァロン帝国皇帝の右腕にして、今や泣く子も黙るグレン公だ。今日はたまたま、商談のついでに俺の店に立ち寄ってくつろいでいたのだった。
「そんなぁ、冗談きついですよぉ。もし中に化け物でも入っていたら、グレン公、助けて下さいよ……?」
「ははは。お前が売った薬のせいで寿命が縮んだと、幽霊になって化けて出たのかもしれないな」
グレン公がニヤニヤと笑いながら、木箱を指差した。
『カリ、カリ……』
その時だった。
目の前の木箱の中から、微かに、だがはっきりと音が聞こえたのだ。
「ひっ、ひいいいいっ!」
俺は情けない悲鳴を上げ、思わず床に尻餅をついた。
中にいる『何か』が、木箱の裏側から鋭い爪でひっかいているような音。まさか、本当に怨念が実体化したとでもいうのか!?
「バルザフ! 下がっていろ!」
先ほどまでからかっていたグレン公の目が、一瞬にして鋭い戦士のものへと変わった。
シャラッ、という金属音と共に、腰に帯びた剣を素早く抜き放つ。
ジリジリと、グレン公が油断のない足取りで木箱へと寄って行く。
俺はカウンターの陰に隠れ、ガチガチと歯の根を鳴らしながらその様子を見守った。
張り詰めた空気が店内に満ち、グレン公が剣を振り上げようとした――その時であった。
「ニャア、ニャア!」
「…………え?」
「…………ん?」
木箱の中から響いてきたのは、化け物のうなり声でも、怨念のうめき声でもなかった。
どう聞いても、弱々しく愛らしい、小動物の鳴き声だ。
「グレンの旦那、中はまさか……」
「ああ、急いで開けよう! 生き物が入っているなら、早く出してやらないと!」
俺たちは顔を見合わせ、急いで木箱の蓋に手をかけた。
バールを使って釘を抜き、乱暴に蓋を開け放つ。
よく見れば、木箱の側面には、空気を通すための小さな穴がいくつも開けられていた。
「ニャア……」
中に入っていたのは、やわらかな毛並みをした、二匹の小さなネコだった。
どうやら長旅で怯えているらしく、箱の隅で身を寄せ合って震えている。
「おお、よしよし。怖くないぞ……」
グレン公が剣を鞘に納め、優しい声をかけながら、中にいる二匹のネコに手を差し伸べた。
戦場で数々の武功を立ててきた彼も、小さくか弱い命には随分と甘いようだ。
バリバリッ!
「痛っ!?」
だが、恐怖でパニックになっていたネコは、差し出されたグレン公の手の甲を容赦なくひっかいた。
「まあ、ネコだからな。仕方ないな……」
これにはさすがのグレン公もたまらず手を引っ込め、苦笑いを浮かべながらひっかき傷をさすっている。
「いやあ、化け物じゃなくてホッとしましたぜ。しかし、なんでまたレグナリア王の城からネコなんぞが?」
「それより、バルザフ。箱の底に、お前宛の手紙と……これは、手帳か?」
「あ、こりゃどうも」
グレン公から渡されたのは、王室の紋章が封蝋された手紙と、使い込まれた厚い皮で包まれた手帳だった。
手紙には、『王が可愛がっていたネコを、どうか面倒見てやってほしい』という、城の従者からの切実な願いが書かれていた。
俺は手紙を横に置き、皮の手帳を開いた。
パラパラとページをめくると、そこには驚くべき内容が記されていた。
「こ、これは……」
「どうした?」
「俺が持ち込んだ薬の、効果や副作用がびっしりと書き込まれていやがる……!」
手帳の中身は、亡きレグナリア王の書いた記録だった。
どの薬をどれだけ飲めば痛みが引くか。どんな副作用が出るか。細かな文字で、緻密な観察記録が残されている。
「おい、バルザフ。これは重要な記録だぞ」
「薬を扱っていたのは俺ですが、ここまで効果について詳しくは知らねえですぜ……王様、自らの体を使って実験してたってのか……?」
商売柄、薬の知識はそれなりにあるつもりだったが、この手帳に書かれている内容は専門の薬師も顔負けの代物だ。
「おい、最後に、痛みを和らげる薬の調合方法が書いてあるぞ!」
グレン公が身を乗り出し、手帳の一ページを指差した。
そこには、俺が売っていた薬をベースに、別の薬草を組み合わせることで、副作用を抑えつつ高い鎮痛効果を得る方法が記されていた。
「こ、これは……売れる!」
俺の商人としての直感が、激しく警鐘を鳴らした。
効果が高く、安全な鎮痛剤。戦で傷ついた兵士はもちろん、日々の労働で体を痛めている庶民にも、飛ぶように売れるはずだ。
「なあ、バルザフ。もしかして、レグナリア王は、お前にこの薬を広めて欲しいんじゃないのか?」
グレン公が、真剣な眼差しで俺を見た。
(なるほど……)
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
王は自分が薬に依存していたことを悔いていたのかもしれない。だからこそ、自分の記録を俺に託し、まっとうな人の役に立つ薬として世に出してほしいと願ったのではないだろうか。
「つまり、俺がこの薬……鎮痛剤を作って売ればいいんですね。王様の遺志を継ぐってわけじゃあないですが、儲け話なら乗らない手はねえです!」
「ああ。もちろん、俺も一枚かませてもらうがな。生産の場所や人員なら、帝国の力を使ってすぐに用意できるぞ」
グレン公が、ニヤリと力強い笑みを浮かべた。
さすがは皇帝の右腕、美味しい話の嗅覚は鋭い。
「まあ、グレン公にはいつもお世話になっているし、いいですぜ。帝国の後ろ盾があれば、商売もやりやすいってもんです!」
俺たちは固く握手を交わし、新たな商売の立ち上げを誓い合った。
◇◆◇
こうして、帝都フェルグラントでは、グレン公の協力のもと、大規模な薬の生産が行われるようになった。
生産の中心は、もちろん俺ことバルザフ商店だ。
レグナリア王の遺した手帳を元に作られた鎮痛剤は、瞬く間に帝国中に広まり、後にフェルグラントを代表する特産品となるのだが、それはまた別の話である。
「ニャア……」
「おっと、そいつは売り物の薬草だぜ。かじっちゃ駄目だぞ」
木箱に入っていた二匹のネコは、今日も俺の店で丸くなり、平和に日向ぼっこをしているのだった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




