9話 事実
緊張が張りつめたまま、背中に預けられた重みだけがぬくもりを主張している。
―そろそろ起きてもらわないと、話が進まない。
僕はスレイムの頬をつまんだ。やわらかい。
その瞬間、ぱちりと瞳が開く。
「なにをするんだ! 私は君のことを起きるまでずっと見てたんだぞ!!」
「スレイムさんもさっき僕を殴りましたよね。おあいこです」
言い返した途端、彼女は目の前の男に気づき、即座に戦闘態勢へ。空気がきしむ。
「落ち着いてくれ。私は争うつもりはない」
男が両手を上げると、彼を包む人型機械も同じ動きをなぞる。さらに男は掌を軽く向けただけで、僕らの前に土の椅子が二脚、滑るようにせり出した。
「...ありえない。詠唱も魔法刻印もなしで、魔術を発動している......?」
スレイムのこめかみに冷や汗が伝う。
(落ち着け。相手には“意図”がある。まずは様子見だ)
001のため息まじりの声が、思考を冷やす。
僕は椅子の罠を警戒しつつも、一瞥して頷き、スレイムと並んで腰を下ろした。
「さっき、あなたは僕を“ななし”、彼女を“スレイム・ミリアム”と呼んだ。なぜ知っている?」
「それの答えは、これだよ」
男の体内を魔力が走り、空間がわずかに歪む。
次の瞬間、掌サイズの機械仕掛けの爬虫が空中に投影された――観測用の端末だ。
僕は反射で踏み込み、核めがけて剣を入れた。機会は悲鳴をあげやがて魔石に到達し、ピシッと音を立て像が砕けて粒子となり消えた。
「反応速度がいい。......ふむ、流石だね」
男は眉ひとつ動かさず僕を観察し、肩をすくめる。
「でも、君たちが本当に聞きたいのは、そんな入り口の話じゃないだろう?」
見透かされた感覚に、胸がわずかにざわめく。
そこから僕らは質問を投げ、彼は淡々と応じた。
放穴――誰かが見つけ、やがて彼らが“改造”して拡張した、研究と選別の場。
生体に機械を混ぜた改造魔獣は、適応実験の副産物。
各国の情勢は、魔石と魔力技術をめぐって緊張が続く――必要最低限の地図は、頭に入った。
横のスレイムは、なおも先ほどの術式が気になって仕方ない様子で手を挙げる。
「反逆者殿。先ほどの“無詠唱”――詠唱も魔法刻印も見せずに発動した方法を、教えていただけますか」
「ああ、あれか。別に構わないさ」
男は指で自分の胸を軽く叩く。
「要は流路の可視化だ。体内の魔力の流れを把握し、刻印を“運動”として同時に組み、放出の瞬間に術式を完成させる。言葉は不要――イメージと制御で足りる。少し長く生きて、少し多く練習すればだね、あとは1回死んでみるとか...かな?」
スレイムの肩が、すこし落ちた。できて当たり前みたいに言うのは、勘弁してほしいそんな感じだ。
僕は息を整え、喉から手が出るほど聞きたかったことをぶつける。男が関与しているか確証はない。それでも――心が「聞け」と告げている。
「あなたは、僕の記憶喪失に関与しているのか?」
空気が凍り、時間が遅くなる。男はわずかに視線を伏せ、そして口を開いた。
「――記憶喪失は、知らない。
ただひとつ言えるのはね、君は昔、私が召喚してこの世界に連れてきた子であり、君には意識がなかった。だから50階層辺りで捨てたかな?」
視界が、波打ち。心臓の鼓動が聞こえる。




