8話 沈む深淵、そして反逆者。
目を開けると、そこに広がっていたのは――深い黒と、すべてを飲み込むような青に満たされた空間だった。
ここは……001と出会った空間? いや、違う。どこか暗く、重い。意識が沈んでいくようだ。
そこはまるで、箱の中を液体で満たしたような窒息感と、なぜか心地よさの共存する場所だった。
(001……どこにいるんだ?)
呼びかけても、返事はない。
先ほどまでの静かな心地よさが、急に苦しさへと変わっていく。
息ができない――出なきゃ、ここから出なきゃ。
もがきながら周囲を見渡すと、左腕が光を反射し、淡くきらめく。
左腕が目に入る、それは“鱗”だった。竜のような、金属のような質感を持つ鱗が肌の上に浮かび上がっている。
目を閉じ、再び開けた瞬間――視界が変わっていた。
目の前には、鏡のように静かな水面が広がっている。
その中に映るのは、自分の姿。
左目は、深い青と黄金が混ざり合ったような光を宿し、瞳孔は細く鋭く――まるで獣、否、ネコ科の捕食者のように変化していた。
そして左腕は、竜人のそれのように形を変え、肌の下で鼓動のように魔力が脈打っている。
……僕は、本当に“人”なのか?
そう思った瞬間、また液体の中へと沈んでいく。
ああ……疲れた。眠りたい。もう何も考えたくない。
そう願ったとき、誰かの手が僕の身体を掴み、水中から引き上げた。
(……誰だ?)
視線の先――漆黒の軍服とコートを纏い、ところどころに深紅の血痕を散らした男。
目は深淵のような黒と、濁った赤。
「何をしている?」
その声に、僕の全身が震えた。
引き上げられたと思った手は、いつの間にか首元を掴み、
左手には黒い刀が握られていた。
「――目を覚ませ」
心臓を貫かれた瞬間、視界が反転する。
気づけば、そこは魔石の光が優しく灯る研究室のような場所だった。
右手にぬくもり――見ると、スレイムが僕の身体に覆いかぶさるように眠っていた。
体の異変はない。竜の特徴も、左目は鏡のようなものがないと分からない。
彼女を起こさぬようにそっと起き上がると、その動きに反応してスレイムも目を開いた。
「ななし……君は、何者なんだ? 明らかに普通じゃない」
掠れた声。疲労と悲しみが滲んでいた。
「ごめん、スレイムさん。僕にも……自分のことはわからない」
そう言った瞬間、彼女は微笑んで――次の瞬間、僕の顔面に拳が飛んできた。
「助けてくれてありがとう。でもね、あんな危険なことをするなら、一言でいい……一言伝えてほしかった。
私は君のことを信じてる。だからこそ……見ていられなかったんだ」
その言葉の後、スレイムは糸が切れたように倒れ込み眠るよう静かに息をしていた。
「……ごめんなさい」
僕は彼女の事を背負い、周囲を見渡す。
ここは――施設。だが、ただの研究所ではない。
設備が異常なまでに整っている。
(001、いるか?)
(お前が目覚める前からな)
(なら、状況はわかってるな? 協力してくれ)
(言われなくても。まずは五感を意識しろ。聴覚と視覚、そして気配だ)
001の声に従い、慎重に歩みを進める。
しかし、奇妙なほど静かだ。人の気配がしない――いや、違う。
「……なにか…いる」
身体が本能的に叫んでいた。
恐怖に似た圧が、空気を震わせる。
感じるままに進み、ひとつの扉に辿り着いた。
開けた瞬間――本能が警鐘を鳴らす。
身体が勝手に動き、足で地を蹴った。
スレイムを背負ったまま、全体重を乗せた蹴りを放つ。
しかし、目の前の人物は人型の機械に守られており、衝撃を吸収した。
(……ふむ、こいつは面白い)
001が呟く。だが、僕にとって笑い事ではない。
相手の強さが、なぜか伝わる。
これは……やばい。
すると、機械の中の男の声が響かせながら、男は出てきた。
「やあ、名無し君。そしてスレイム・ミリアム君。
よくここまで来たね。私の名は――そうだな、“反逆者”とでも呼んでくれ。
――改めて、ようこそ《放穴》最下層へ」
その顔には、愉悦と興奮の入り混じった、不気味な笑みが浮かんでいた。
彼の言葉に、どんな真意が込められているのか――僕には、まるで読み取れなかった。




