5話 いざ、深淵へ
研究所を後にして、僕とスレイムはさらに下層を目指して歩いていた。
背負った荷物には、あの部屋で見つけた魔石道具が詰め込まれている。
明かり代わりの魔石灯、爆裂魔石、応急用の回数式魔石。
そして腰に下げている一本の剣。――研究資料には「試作兵器零一」と書かれていた。
ただの拾い物だと思っていたが、不思議と僕の手にはしっくり馴染んでいた。
最初に現れたのは、岩石を思わせる巨躯の魔獣。
全身を黒鉄の外殻に覆い、その一歩ごとに床が震える。
「岩喰鬼だ。硬いぞ」
スレイムが資料を開きながら呟く。
(核を狙え。外殻は囮にすぎん)
頭の中に001の声が響き、僕は息を殺して剣を握り直した。
岩の拳が叩きつけられる。空気が爆ぜるような衝撃。
紙一重で身を捻り、ちらりと見えた赤い光――脈打つ核。
身体が勝手に動いた。剣を突き出し、硬殻の隙間を貫く。
「ガァァァァ――ッ!」
咆哮と同時に巨体が崩れ落ち、轟音が通路に響いた。
「……本当に記憶がないのか?」
スレイムが訝しげに僕を見た。
「何度も言ってるけど、本当に覚えてないんだ」
言葉を返しながら、胸の奥で妙なざわつきを覚える。
身体が動くのは――僕じゃなく001の指示があるからだ。
次に現れたのは、霧のような魔物。
漂う瘴気の中に、小さな光が瞬いている。
「蝕霧霊……魔力体だな」
スレイムの声に緊張が走る。
「ななし! 私が風で散らす、その隙に斬れ!」
彼女の掌に線が走り、瞬時に魔法陣が浮かぶ。
輝きと共に暴風が巻き起こり、霧を裂いた。
露出した核に狙いを定め、袈裟懸けに斬り裂く。
硬い手応えのあと、霧は音もなく掻き消えた。
さらに奥。空と地を同時に制する二種の魔獣が待ち構えていた。
翼を鋭い刃と化す烈空鳥。
そして群れのように見せかけ虚像を操る虚影狼。
羽音と足音が四方から迫り、息が詰まる。
(落ち着け。鳥は攻撃前に一瞬の溜めがある。狼は、一体の動きをトレースして動いている。見極めろ)
001の声に従い観察すると、確かに烈空鳥は翼を振るう前にわずかに止まる。
虚影狼は一体の動きを軸に群れが揃っていた。
「スレイムさん! 狼はお願いします!」
「任せたぞ!」
スレイムの魔法陣が狼の足元に展開し、烈火が爆ぜる。
虚像が掻き消え、残った本体ごと焼き尽くされた。
僕は烈空鳥の溜めを見切り、剣を走らせる。
風を裂くような一閃が、魔獣の身体を切り裂いた。
戦闘を終えた僕たちは、安全な場所で焚き火を起こした。
肉の焼ける匂いが広がる。だがスレイムは眉をひそめた。
「……普通なら死ぬぞ、魔獣の肉は。魔力が詰まりすぎて、人間の身体じゃ耐えられん」
「僕は……大丈夫みたいだ」
一口かじると、熱が身体に刻まれる感覚があった。
スレイムは怪訝そうに僕を見つめる。
やがて何かを決意したように口を開いた。
「ななし。お前の魔力特性を見てみよう」
彼女の瞳に薄黄色の光が宿る。視線が僕を射抜くように走り――。
「……黒い。魔力の色が、黒だ。闇系統のはずだ」
「闇……って、どんな魔法なんです?」
「相手の動きを阻害したり、感覚を奪ったり……妨害に特化した属性だ」
そう言いかけて、彼女は言葉を止めた。
「だが……お前の時は石や砂が浮いた。闇魔法でそんな効果は聞いたことがない……はぁ、もっと魔術学の勉強をしておくべきだった。」
頭を押さえ、唸るスレイム。
(周囲が鈍る……か。)
001の声が低く響き、再び沈黙に消えた。
さらに下へ進むと、空気が明らかに重く変わっていた。
息を吸うたび、肺が圧迫される。
「ここから先は危険だ。……少し休もう」
スレイムの声に頷き、僕は剣を握り直す。
暗闇の向こうから、十重の咆哮が轟いた。
不気味な振動が骨まで突き抜ける。
(……何かがいる。強いプレッシャーを感じる気を抜くな)
001の警告と同時に、僕たちは構えを取った。
深淵の扉が、今、開こうとしていた。




