4話 喰らう
暗い意識の底に、白い部屋が浮かんでいた。
(……誰かいるのか?)
「ほう、私の存在に気づいたか」
振り返ると、自分と同じ顔をした青年が立っていた。瞳には光がなく、年齢不相応な重みをまとっている。
(君は誰だ?)
「名前か……まあ、001とでも呼んでくれ」
指が鳴った瞬間、視界に過去の断片が流れ込む。超人的な戦闘、鋭い剣技、血の匂い。
「お前はまだ気づいていない。この身体は本来、私の世界で最強と謳われた器だ。だが今はお前が主人格……宝の持ち腐れだな」
(なら、その動きを教えてくれないか?)
「記憶は私のものだ。身体の使い方は伝えられるが、技そのものは渡せない。ただ補助ならしてやれる。それだけだ」
その声が遠のくと同時に、白い部屋は闇に溶けていった。
――目を開ける。
「……ななし、大丈夫か?」
スレイムが膝枕をしていた。恐怖と安堵が入り混じる目で、こちらを覗き込んでいる。
「僕は……何があった?」
「記憶が、ないのか?」
「……うん」
スレイムは短く息を吐いた。
「立てる? この場所を調べよう」
そこは洞窟というより、研究施設に近かった。壁には奇怪な数式や魔術式が走り、見知らぬ薬品や鉱石が並ぶ。標本になった魔物の骸が並び、異様な空気が漂っていた。
「ここ……施設みたいね」
スレイムが机の上の紙束を広げる。
「“放穴中層 魔術兵装試験区画”……この魔石に魔力を込めると60階層まで転移可能、と書いてあるわ」
二人は手分けして周囲を調べながら、先ほどの戦いの話に触れた。
「ななし、あの剣技は何だった? 私でさえ目で追えなかった」
「……ごめん、覚えてない」
「そう……」スレイムは俯くが、無理に笑顔を作った。「じゃあ、ゆっくり思い出せばいいさ」
ななしはスレイムから魔法・魔術の基礎を学び、001の助言を受けつつ、倒した狼を解体し始めた。
「とりあえず食糧を確保しないとな」
スレイムは魔力で焚き火を灯し、肉を焼く。紫がかった脂がじゅっと弾け、鉄と甘い匂いが混ざる。
「……一応焼いたけど、これは普通の人間が食べたら死ぬわ。魔力が体中に詰まっていて、身体が耐えられないの」
「でも、匂いは悪くないな」
腹を押さえながら、僕は半ば無意識に手を伸ばした。
「やめなさい、本当に危ないから!」
だが、一口かじった。肉は思ったより硬く、鉄の味と微かな甘味が舌を刺す。喉を通ると胸の奥が脈打ち、体温がじわりと上がっていく。
「……いける。普通の肉みたいだ……いや、体が温かくなる」
スレイムの目が見開かれる。ためらいながら、自分の前の肉にほんの一口かじりつく。吐き気を覚えるかと思いきや、むしろ身体が軽くなる感覚がした。
「……平気、みたい」
二人は顔を見合わせた。焚き火のぱちぱちという音だけが響く中、世界の常識が静かに崩れていくのを感じていた。
「ななし、お前は何者だ……」
スレイムは焚き火越しに呟く。その瞳にはどこか懐かしさが浮かんでいた。
「……僕もわからない。ただ今は、生きてみたいんだ」
この放穴は百階層あり、ここは中間エリア。かつてここで武器や魔術の研究・改造が行われていたらしい。机の上の魔石の指示どおりに魔力を込めれば、60階層まで転移できると書かれていた。
この部屋には服や改造魔石道具、武器が揃っていた。装備を整え、スレイムはななしに剣術と魔術の基礎を、001は同時に体の動かし方をそれぞれ教え込む。
準備を終えた二人は、静かに決意を交わし、この部屋から抜け出した。




