俺の師匠は天才だった
――キィィィン!
激しい音を立て、魔力がぶつかりあう音がする。
「っ、ラスター!」
リディアを守ったのは、転移で現れたラスターだった。
突如現れたラスターに、マクシミリアンが驚愕の瞳を浮かべる。
「っ、女のために結界を捨てたか!」
「自己紹介か? 生憎お前と俺とでは、出来が違う」
五色の青い獰猛な瞳でマクシミリアンを睨みつけたあと、ラスターがリディアの頬を撫でる。その表情は今にも泣きだしそうに、心配そうに歪んでいる。震える唇が、言葉を紡いだ。
「――遅くなって、悪かった。無事だな」
「っ、ええ! ラスターが助けてくれたから……! それよりも、ラスターの方が」
「俺は平気だ、っ……!」
言葉の途中で、ラスターが激しく咳き込む。こめかみから流れる汗が、顎からぱたぱたとこぼれ落ちた。
その背中に手を伸ばすと、ぬるりとした血で手が濡れた。
「……!」
鎮静の結界は、膨大な魔術を必要とする。全盛期のディアナは、万全の状態で鎮静の結界を織り上げた。それでも膨大な魔力を失い、ポーションを呑んでもギリギリ飛べる状態の魔力しか残っていなかったのだ。
しかしラスターは極限の状態で急いで結界を織り上げ、その状態でリディアの元へと転移した。
大魔術師であるマクシミリアンの攻撃は結界を張って防いだものの、魔力が足りず防げなかった矢が、ラスターに刺さったのだろう。
(魔力切れまで起こしてる! 急いで治さないと……っ)
「待って、ラスター、今治すから」
「必要ない」
肩で息をしながら、ラスターがリディアの頬を撫でる。
「精霊力を使い切っただろう。……俺を治したら、お前の命が危ない」
「……っ!」
実際は、その通りだった。リディアの精霊力はもう空っぽになっていて、生命を維持できる限界の量しか残っていない。
(でも、このままじゃ……っ)
そんなリディアの焦りを知ってか知らずか、マクシミリアンがくしゃりと髪をかき上げ、自嘲気味に笑った。
「――……まさかもう、織り上げるとはな」
そう言いながら、空を見上げている。リディアもつられて空に目を移すと、そこには先ほど壊れた紫色の結界はない、
代わりに青い色をした結界がまるで水中から見上げる水面のように、きらきらと輝いていた。
それらから忌々し気に目を離し、マクシミリアンが吐き捨てるように言う。
「――これだから天才は、嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺も、お前のような男は嫌いだ」
そう言いながら、ラスターが立ち上がる。息は荒くもう魔力は殆ど残っていないが、五色の青い瞳には確固たる意志が宿っていた。
「――お前も、結界の解呪で魔力を失っているだろう?」
マクシミリアンにとってそれは、図星だったらしい。
解呪をさせたら右に出るものはいないと言われるマクシミリアンだが、ディアナが考案した結界の魔術は、それほど高度なものだった。
「……それはそうだが、今のお前よりは魔力がある」
そう言いながら、マクシミリアンが目に残虐な色を浮かべる。
「お前ももう、師を求めて死んだように生きるのは嫌だろう? 二人まとめて殺してやるよ」
マクシミリアンの背後に、大きな炎が立つ。その場にいるだけで肌がちりちりと焦げるようだ。
「死ね!」
怒声と共に、巨大な炎がうごめきラスターを襲う。立っているだけでやっとなはずのラスターはその炎をただ見据え、唇だけで詠唱を唱えた。
マクシミリアンが放つ炎の先がラスターに触れようとした瞬間、ばちり、と音を立てた。それを皮切りに、マクシミリアンの炎は先からどんどんと氷に飲み込まれ、氷像へと姿を変えていく。
「――!」
「俺の師匠は、僅かな魔力消費で魔術を展開する天才だった」
肩で呼吸をしながら、ラスターが淡々と言う。
「それを間近で見て育った俺が、この程度の危機を乗り越えられないとでも思ったか?」
「クソ、この化け物どもが……!」
マクシミリアンが目を血走らせてさらに魔術を展開しようとする。しかしいち早く魔術を展開したラスターが、炎をさらに凍らせてマクシミリアンの腕までも氷漬けにした。
「く、くそ……っ! 俺は……!」
「そして俺の師匠は、幻惑も得意だった」
凍った腕を溶かすことに意識を逸らしたマクシミリアンに、ラスターが無表情で魔術を展開する。
「悪夢に苛まれ、苦しめばいい」
ラスターの言葉を合図にして、マクシミリアンが宙を見てはその表情を強張らせる。目には見えない何かを見て、その表情はどんどん恐怖に歪んでいった。
「ああ……ああ……悪かった、ごめん、ごめんなさい……」
マクシミリアンにかけられたそれは、人生で一番辛い記憶を見せる魔術だ。睡眠魔術も含まれていて、これから彼は徐々に意識を失い、しばらく悪夢の中に放り込まれることになる。
彼は空中を見ながら、永遠に何ともつかないものに謝罪し続けている。
「ごめん……悪かった、申し訳なかった……父上、ディアナ……ごめんなさい……」
マクシミリアンが膝をつき、幻覚に謝罪し続けている。その様子を見届けたラスターが、がくりと膝を折る。
「ラスター!」
慌てて駆け寄って、ラスターを抱き寄せる。呼吸は先程よりも荒く、汗の量が尋常ではない。体の温度はひどく冷たく、激しい魔力切れを起こしているのがわかった。
(っ……、でも、保護膜は無事、よかった……)
これなら、魔力の方は少し休めば回復する。問題は体の傷だ。まだ血が流れている傷口に手を翳し、リディアが精霊への祈りを口にしかけ――
「馬、鹿が」
ラスターがその手を掴んだ。
「お前をもう失わないためなら、俺の命なんて捨ててやるよ。いなくならないって、約束、しただろ」
顔を歪めたラスターが、懇願するようにリディアを睨む。




