惨めな魔術師
マクシミリアンの一番古い記憶にあるディアナ・フィオリアルは、惨めな姿だった。
薄暗い地下室の中、ディアナはいつも血まみれで横たわっている。
青ざめた真っ白な顔立ちは父が手をかざすとみるみるうちに血色を取り戻し、浅かった息が正常に戻る。
「終わりました」
「ご苦労だった」
父がフィオリアル伯爵に会釈をし、マクシミリアンを伴って部屋を出ていく。
「まったく、魔術師は野蛮だな」
フィオリアル伯爵家から出たあと、帰りの馬車の中で父は必ずそう言った。
「お前がいくら魔力を持とうと、あのような野蛮な者にはなってはいけないぞ」
そうマクシミリアンを冷たく見据える父の目は、冷ややかに光っている。精霊士の家系に生まれながらも精霊力を持たないどころか、強い魔力を持つ三色の瞳を持って生まれてきてしまったマクシミリアンを疎んでいる瞳だ。
毎回フィオリアル家の凄惨な治療現場に連れて行くのは、おそらく魔術師の野蛮さをマクシミリアンに見せつけるためなのだろう。だからこそマクシミリアンは、上品にうなずいた。
「はい、父上」
「……良い心がけだ」
父が満足そうに頷く。
「このウィザード家にとって、今のお前は恥だ。しかし……大魔術師となってこの国や家のために役立つ功績を残せたら、お前もこの家の者として立派に認められよう」
そう言いながら、父が大きな手でマクシミリアンの頭を撫でる。
たくさんの人々を癒してきた偉大な手だ。時折マクシミリアンを手酷く殴りながら、「三色の目に生まれたのも何かの縁。必ず名を残せ」と期待を寄せる、冷たい手だ。
ウィザード家に生まれながらも、人を癒すことはできない落ちこぼれ。しかし魔術を使って何かを成し遂げ、ウィザード家に繁栄をもたらすかもしれない諸刃の剣。
そんな存在だったマクシミリアンは、王宮魔術師となりディアナと再会する。
いつも薄暗い地下室で横たわっていた彼女の瞳を初めて見た。五色の紫が混在する瞳は美しく澄んでいた。
(……けれどこの五色の瞳を持ってしても、結局は二色の瞳にいいようにされていた)
そんな哀れみと、少しの優越感からディアナに手を差し伸べた。ディアナは少し戸惑いながらもマクシミリアンの手を取った。彼女は生活能力が皆無で素晴らしくずぼらだった。自分がいなければ何もできないのではないかと、そう優越感をくすぐらせた。
しかしディアナは、稀代の魔術師だった。共に任務をこなすたびに、彼女の持つ圧倒的な光と、父から届く「あの惨めな少女にいつまでも手柄を横取りされるとは何事か」という叱責の手紙に、自身の心が劣等感で焼かれていくのを感じた。
そんな時、マクシミリアンはミラー公爵から「手伝ってくれないか」と声をかけられる。
荒唐無稽な蘇生の計画は、当初ディアナをどうにかして無力化できないか、というものだった。
「それだけは、絶対に無理だ。ディアナは誰にも傷つけられない」
そう答えていたある日、ミラー公爵が五色の瞳を持つ少年を確保したと連絡が入る。様子を聞く限り、かつてのディアナを彷彿とさせるひどい状態だった。
(それなら……)
思いついたその作戦が、成功するかしないかは賭けだった。
鎮静の結界という大仕事で魔力が枯渇した状態で魔力暴走を鎮める依頼を彼女がこなした時、大きく嘆息をした。
こなせるとは思っていなかったが、心のどこかでディアナならやり遂げるだろう、とも思っていた。
(ディアナなら、魔力暴走を鎮める。そして……哀れな子どもを、必ず助ける)
しかし魔術師として一番大切な保護膜を捨てるとは、夢にも思ってなかったのだ。
(俺が求めてやまないものを持っているくせに、ディアナは簡単にそれを捨てる)
その苛立ちに掻き立てられ、マクシミリアンはミラー公爵と手を組んだ。蘇生云々はどうでもよかったが、彼女が少しでも挫折すればいい、怖い思いをすればいい、痛い目を見ればいいという気持ちがあってだ。
――まさか本当に、ディアナが死ぬとは思わずに。
ディアナが亡くなったあと、マクシミリアンは暫し荒れた。絶対に届かない、何があっても「私は天才だから」と呑気に笑いながら圧倒的な力であらゆる不可能を可能にしてきたディアナが、まさか死ぬとは思わなかった。
その罪悪感から、ディアナを蘇生させる方法を探していたラスターに暫く付き合った。しかし古龍の核を持つラスターがどれほど願っても蘇生が叶えられない以上、おそらく彼女の蘇生が叶うことはないだろう。
ラスターの執念に辟易し、父の勧めのままに所帯を持った。しかし自分には人の心が足りないと、妻と子は逃げてしまった。大して何も思わなかった。
父に怒られるなと、そう思っただけだった。
そんなある日、ラスターがある女性を見初めて婚約したとの噂が耳に入る。まさかと思いラスターの婚約者を目にすると、そこにいたのは忘れたことのないディアナの姿があった。
不可能を可能に変え続けるその少女は、蘇生していたのだ。
マクシミリアンが焦がれて焦がれてどうしても敵わなかった、精霊力を身に纏いながら。
「――類まれな精霊力を持ちながら、お前はそれを人に知られたくないと隠し続けようとしていたな」
マクシミリアンがリディアに向かい、淡々とした口調で続ける。
「俺があんなに焦がれて焦がれて叶わなかった力を、お前はいつもあっさりと手にしている」
「……マクシミリアン」
強張ったリディアの表情を見て、マクシミリアンが片眉をあげる。面白いものを見ているようにも、不快なものを見ているようにも、どちらにもとれるような表情だった。
「お前が死んで、罪悪感を覚えた。お前が親友でいる間、とても楽しかった。けれど――俺のこの醜悪な気持ちは、お前をこの手で殺さないときっと無くならない」
そう言いながらマクシミリアンが右手を振り、その手に巨大な炎の揺らぎを生み出す。
先ほどの幻惑と違って、それは矢の形をした本物の炎だった。
「本当に、悪かった。――さよならだ」
マクシミリアンが、炎の矢を乗せた手を掲げる。炎の矢がリディアに向かって放たれた瞬間、慣れ親しんだ大きなぬくもりに体が包み込まれた。
明日は朝・昼・夕方と3回更新をして完結となります。
二人の最後を見届けていただけると嬉しいです!




