ミラー公爵邸へ
ミラー公爵に会うと決めたリディアたちは、さっそくミラー公爵家に急用のため早急にお目通りを願いたい、という内容の手紙を出した。
「ちょうど帰宅されたばかりのようだったのですが! 今すぐにでも、いつでも来てくださいとのことです!」
手紙の返事を持ち帰ってきたロードリックが、にこにこと無邪気に笑う。ミラー公爵家に手紙を出す使いはロードリックに頼んだのだが、その場で手紙の返事を貰ってきたらしい。
「では行こう」
手紙の返信を見て即座に立ち上がったラスターが、リディアを促す。同じく立ち上がりかけたカールに対しては「先ほど王宮で助けてもらったことだけで十分だ。あなたが公爵家に行ったところで、できることは何もない」と言った。
「しかし……」
「あなたが過去に対して責任を持つ気持ちもわかるが……あなたのように人を救う側の人間が、どんな手を使ってでも生き返らせたいと思うほどに大事な家族を殺した人間を前にするのは一度だけで充分だ」
そう言い残したラスターが、転移するためにリディアの腰に手を伸ばす。そうして近くにいたロードリックに目を向けた。
「お前も、追いかけてこい」
「えっ……どうして俺が!?」
ラスターの言葉に、ロードリックが驚く。ラスターが部外者を巻き込むわけがないと思っていたリディアも驚きラスターを見ると、ラスターは「リディアを守る盾は多い方がいい」と言った。
「盾ぇ!?」
不穏な言葉に、ロードリックが仰天したあと両腕で大きなバツを作った。
「怖い! 嫌です! なんかさっき不穏な会話してたじゃないですか! 俺、そういうの興味本位でふんふんはするけど関わらないようスルーして生きてくって決めてるんです!」
「そうか。俺の弟子になったのが間違いだったな」
「いつもは弟子と認めないくせに、都合のいい男扱いしないでくださいー!」
抵抗するロードリックの襟元を、ラスターが面倒くさそうにリディアの腰に回した腕とは反対の手でひっ掴む。リディアの腰に回された手はとても優しいままだ。
足元に転移の魔術が展開される。青い光が浮かびあがり、ふわりと髪が風に舞う。
「い、嫌だって言ってるのにーー!」
ロードリックのそんな声だけを屋敷に遺し、リディアたちはミラー公爵の元へと向かった。
「よく来てくれた」
ミラー公爵家につくと、すぐにミラー公爵が待つ部屋へと通された。
応接室ではない。公爵が足を運ぶにはふさわしくないような小さな部屋は、通常なら使用人に与えられる部屋だった。
無理やり連れてこられたロードリックは部屋の前での待機を命じられているため、ここにいるのはリディアとラスター、それから屋敷の主であるミラー公爵だけだった。
「少々狭い部屋ですまないな。でも話をするなら、この場所が良くてね」
そう言ったミラー公爵が、口元に笑みを浮かべる。それは何か大きな感情を隠すような、どこかわざとらしい笑みだった。
「俺たちがここに来た目的は、もう知っているんだな」
「カール精霊士長から話を聞いたのだろう。ならば君たちは、私の目的以外の殆どすべてを知ったはずだ」
「つまりお前は認めるのか」
淡々と語るミラー公爵に、横にいるラスターの怒気が膨れ上がる。
「ディアナ・フィオリアルに刺客を向け、殺したことを」
「自らに施された人体実験ではなく、師について……いや妻について問うのか」
皮肉気に口元に笑みを浮かべながら、ミラー公爵が言葉を続けた。
「やはりあの策が功を成したのだな」
「作戦?」
(功を成したというのは、どういうこと?)
訝し気なリディアの言葉に、ミラー公爵が「は」と嘲笑めいた吐息を漏らす。
「『器』に核を入れた後しばらく様々な方法を試みたが、『器』は蘇生はおろか簡単な治癒すらもできなかった。実験は成功のはずだった。ならば、考えられる可能性は二つ。核を入れたところで精霊力は扱えないのか、はたまた世界に憎悪しか抱いていない彼が何かを生き返らせたい、癒したいと思うことがないのではないか」
自身がラスターに憎悪を植え付けた元凶であることなどどうでもよさそうな口調とその言葉の内容に、リディアの体が震える。
(まさか……)
「数多の人間を屠った魔物さえも保護しようと、前代未聞の結界を張った大魔術師ならばその慈愛で彼の心を癒すのではないか、その執着心で、奇跡を起こしてくれるのではないか――その読みは正しかったのだな。魔力暴走を引き起こすまで繰り返した様々な実験も、無駄ではなかった」
「……!」
「もっとも、器が慈愛深き大魔術師殿に執着したとて、蘇生はできなかった。……そう思い、今度は古龍の核自体から何か蘇生できないか検証しようと、神官長を言い包めて禁術を使って寿命が近い古龍を召喚しようとしたわけだが……思ったよりも、生きが良かった」
それが、ラスターが屠った古龍らしい。ミラー公爵は口元を歪めながらラスターに目を向けた。
「核ごと古龍を葬ってくれたせいで台無しになってしまったが……しかし確かに蘇生、いや、転生か? どちらにせよ、君は奇跡を叶えたのだな」
ミラー公爵が、仮面の下から狂気的な目を覗かせる。
「ラスター」
ミラー公爵の話にどんどんと殺気を膨らませるラスターの名を読んで制止しながら、リディアはミラー公爵に目を向けた。
「ミラー公爵。あなたは……あなたはそうまでして、家族を生き返らせたかったのですか?」
理解ができなかった。したくもなかった。
(ラスターも、どんな手を使っても私を生き返らせようとずっと努力してきてくれたけど……)
しかしラスターは、人を犠牲にするやり方を選ぶような人では決してない。古龍の核を探し出したカールだって、こんな風に誰かが犠牲になると知っていたら決して協力はしなかっただろう。
(一体どうして……ここまでのことができるようになるの)
理解ができず顔を歪めるリディアに、ミラー公爵が吐き捨てるように言った。
「……家族、か。そんなものはどうでもいい」
「え?」
「家族などどうでもいい。貴族にとっての家族など、ただ家を維持していくためだけの血の器だ」
冷ややかに吐き捨てられた言葉に、リディアは困惑した。
ミラー公爵は、魔物はすべて危険であるとしてすべて殲滅するように主張している過激派だ。それは幼い頃魔物に両親と弟を殺され、自身も顔に深い傷を負った経験故だったと言われている。
「ラスター・フォン・ヴィルヘルム。……いや、今精霊力を持つのはリディア・フォーサイスか。…………取引をしよう」
「興味深いな。どんな取引だ?」
興味があるどころか、今すぐにでもミラー公爵の首を引き裂いてしまいそうな獰猛な瞳で、ラスターがミラー公爵を睨みつける。
それまで大した動揺も困惑も見せていなかったミラー公爵が、その時初めて躊躇うように沈黙した後、部屋の片隅にある古ぼけた机から何かを取り出した。




