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転生した元天才大魔術師ですが、かつての弟子に「俺を欺いた罪を贖え」と求婚されています【コミカライズ】  作者: 皐月めい


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贖罪の始まり



 当時五十歳になったばかりのカールが、筆頭精霊士長として日々仕事に励んでいた時のこと。

 愛する妻と息子夫婦に、三歳になったばかりの孫フランツ。カールの人生はいつも幸福に満ちていて、孫が育っていくにつれその幸福はどんどん大きくなっていくだろうと思っていた。


『――聖霊よ、感謝します』


 毎日眠りにつく前に、声に出して精霊に感謝を捧げる。今までもこれからも、精霊が自身に加護を与えてくれていることを疑っていなかった。


 しかしこれから先も続いていくだろうと信じてやまなかった幸福の崩れはすぐに訪れた。

 妻が息子夫婦を伴って王宮にやってくる途中、強盗に狙われた。手段を選ばないその強盗は妻や息子夫婦をナイフで何度も刺したあと、逃亡したそうだ。


 カールの耳にその報が訪れた時、大慌てで辿り着いた道路には血だまりが広がっていた。妻も息子夫婦も、全員亡くなっていることは見てとれた。


 無事だったのは、彼らが守るようにして抱き抱えていたフランツだけだ。泣きじゃくっているフランツをぎゅうと抱きしめるカールの目に、血に濡れて赤く染まった服や料理が目に映る。

 それは、仕事に精を出しすぎてしばらく自宅に帰れなかったカールの元に届けるための着替えの服や食料だ。

 妻や息子夫婦は、仕事にかまけてばかりのカールに届け物をするために、そして仕事に集中するのは素晴らしいけれど自分の体にも気を付けてと、そういつもの小言を言いにやってくる途中、殺されてしまったのだった。


 カールにとって、妻と息子は何よりもの宝だった。

 自責の念から、食事や睡眠がままならなくなった。今までたくさんの人間を救ってきたと自負していた自分が家族の誰も助けられなかったことを恥じ、苦しんだ。


 どうして自分が代わりに精霊の御許に連れていかれなかったのだと、両親を求めて泣くフランツを見ては精霊を恨みかけた日もあった。

 ミラー公爵から声をかけられたのはそんな日がひと月も続いた時だろうか。


「私もかつて、愛する者を失ったことがある」


 王宮の廊下ですれ違ったミラー公爵が、カールにそう言葉をかけた。


「愛する者を失った者同士。……もう一度会いたいと願う者同士、協力し合わないか」


 口調は淡々としていたが、押し殺したような声音には計り知れない感情の重みがあった。


「協力とは……?」

「精霊の祖である古龍。魂さえも操れるという神秘の生き物の核があれば、人を蘇生させることができる。人ならざるものを目にし、その声を聞くことができる唯一の人物であるあなたなら、古龍を探し出すことができるはずだ」

「……! 何ということを……!」


 古龍は、精霊の祖だ。そんな古龍の核――心臓を用意するということは、精霊の母を殺すことになる。人々が襲われやむを得ず……という場合ならともかく、私欲のために精霊の祖を殺すなんてことは、精霊を近しく感じ敬っているカールには到底受け入れられなかった。


(だが……確かに、その生命力を使えば亡き妻にも息子にも会えるかもしれない)


 そんな邪悪な考えに心が揺れたのを見透かしたように、ミラー公爵が続ける。


「古龍を屠るなんてそんなことは考えていない。そもそも不可能だ。ただ、これまでの史書に記された目撃情報、個体の特徴を考えるに……今生きている古龍は、おそらく寿命が近い。いや……あるいは、もう亡くなっている可能性もあるんだ」

「……」


 その言葉に心が揺れる。カールは非常に罪深い内容だと思いつつも、逡巡の末口を開いた。


「……古龍の核を手に入れて、それから先はどうやって亡くなった人間を生き返らせるのですか」

「そこから先は私の仕事です。企業秘密ですよ」


 ミラー公爵が品よく笑う。


「ですがよみがえった時にはきっと、あなたの家族は笑ってくれるでしょう」


 その言葉に後押しをされるように、カールは神聖で巨大な精霊力を纏う古龍を見つけ出した。深く深く眠っているその古龍は、命の灯が消える直前だ。

 巨大な古龍が二匹は入れるだろうその広い空間に一匹で横たわっていた古龍の体から、神聖な光が浮かび上がる。


「――古龍よ、精霊の母よ。……どうか安らかな眠りを」


 古龍の最期に合わせて精霊の祈りの言葉を呟き、最後にそう願う。あたりに広がる光が消えたあと、そこに遺されていたのはきらきらと光る、古龍の核だった。


(これで、妻と息子が……)


 カールのこぶしよりも少し小さいその核を、大事に懐に包む。自分の行動は本当に間違っていないのかと後ろめたい気持ちと嫌な予感を覚えながら。カールは連れてきた僅かな護衛と共に、ミラー公爵の元へと向かった。


「ああ……ようやく核が手に入った」


 感慨深い様子でそう呟いたミラー公爵が、つい、と言った様子でぽろりと口を開く。


「あとは五色の瞳だけだ。五色の瞳さえあれば……」

「……五色の瞳とは何ですか」


 不穏な言葉にカールが尋ねると、ミラー公爵は少し面倒くさそうに息をついた。


「この核だけでは、人を蘇らせる力は使えない。類まれな魔力――五色の瞳を持つ人物にこの核を埋め込むのだ」

「なっ……」


 あまりにも恐ろしい内容に愕然とした。


「なんと恐ろしいことを!」

「死ぬわけではない。死なせるわけにもいかないのでな」

「それは生命への冒涜ではないですか!」

「人の蘇生、それこそが生命への冒涜だろう。我々は冒涜してでも、望みを叶えようとしたのではなかったのか」

「っ……」


 ミラー公爵の言葉に、返す言葉もない。その通りだったからだ。


「……こんなことは許されない」

「あなたに私が止められるとは思わないがな。かわいい孫がいるのだから」

「!」

「あなたは強い精霊力も、地位も名誉もある方だが……人を守る狡猾さが足りない。自身のその目を狙われて、ご家族が亡くなったこともまだお気づきじゃなかったのだから」


 ミラー公爵が、ゆっくりと言い含めるように言った。


「まさか……」


 その言葉にすべてを悟ったカールの全身から、血の気が引く。


「どうぞお帰りください、カール精霊士長。フランツ・フォーサイスに精霊の加護がありますように」


 それからすぐにカールは筆頭精霊士長の職を辞した。清廉が求められる筆頭精霊士長の座に今の自分は相応しくなかったし、何よりも孫を守らなければならなかった。


(ミラー公爵は権力に加え、人を害すことに抵抗がない。……私が彼を失脚させようと動いた瞬間、フランツは殺されることだろう)


 何よりもの救いは、五色の瞳を持つ人間はめったに現れないことだ。

 現在若き天才大魔術師として活躍しているディアナ・フィオリアルは五色持ちだが、たとえ公爵だろうと害せるような存在ではない。次々と功績を打ち立てている彼女は、現在世界中の魔物を鎮静化させる欠陥を研究しているらしい。


(国中が注目している人物だ。それを成し遂げた後も、手を出されるような人物ではない……)


 あまりにも逃げの考えだが、しかし実際のところそれは真理だった。ディアナ・フィオリアルはそれから数年後国中の魔物を鎮静させる結界を空に張り、電撃的に引退をした。王都から離れ一人だけ弟子をとり、大事に育てているらしいと聞く。


 このまま、彼女は害されることなく生きていくだろう。そう祈るように願っていた矢先に、ある日フランツが庭先で眠っている赤ん坊を見つけた。


 美しい赤ん坊だった。そしてその赤ん坊は人間のものとは思えない、美しく厳かな精霊力に満たされていた。

覚えのあるその精霊力は、かつて自分が手にした古龍の精霊力と同じものだ。


「なんという」


 声を震わせながら、その赤ん坊を抱き上げる。あの実験が成功してしまっていたこと、その実験が誰かの魂を蘇らせたのだろうということも、この世で一番精霊に近いと称された自分には感覚でわかってしまった。


 紫色の瞳に銀色の髪をしたその赤ん坊に見覚えはない。しかしその子の名前がふと浮かんできた。


「ディア……この子の名前は、リディアだ」


 この子の中には、古龍の精霊力が満ちている。もう何者にも傷つけさせないという意思さえ感じる、強固な精霊力だ。


 その強い精霊力を世の中に――ミラー公爵に知られでもしたら大変なことになる。そう思ったカールはリディアの精霊力が知られないよう、大事に育ててきた。


 古龍を屠った大魔術師のラスターと、リディアが再会するまでは。






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