人でありたい
もう一人の人は、ラスターと変わらないくらいの年齢だろうか。目じりのあたりが母に――リディアに、よく似ている。
「神聖な試験に、独断で行動し申し訳ない。私は平民も貴族も命の価値は同等だとは考えているが、彼らはかの高名なディアナ・フィオリアルの実母と父親違いの弟だ。――可能性に縋り、こちらに運んでもらったのだ」
青ざめるリディアに、ミラー公爵が仮面越しに視線を送る。
「これは現精霊士長の力をもってしても治癒は不可能な状態。もしあなたが失敗しても、誰も咎めはしない」
それはつまり、リディアが本気で治療しなければ治せる者はいないということだ。
「ディア」
震えるリディアの肩を、ラスターが強く掴む。顔を見上げると、彼の水面のような瞳には怒りとリディアへの労りが浮かんでいた。そんなラスターがリディアの耳元で、懇願するように囁く。
「これが罠だということはわかってるはずだ。お前の家族は、俺だけだ。……あんな奴らのために、お前が自分を犠牲にしなくていい」
「……」
母と、初めて会う弟に目を向ける。もう意識もない彼らの表情は青ざめている。
「…………そうね。私の本当の家族は、ラスターだけ」
そう言いながらも、肩に置かれたラスターの手を優しく振り払って前を向く。
「だけど私は、人を救う『人間』でありたい」
「……!」
何かを言いかけたラスターを安心させるように微笑み、リディアが母だった人の元へと歩く。
母と弟の肩にそっと手を置き、こみ上げる何かと決別するように精霊への祈りの言葉を唱える。今まで治したことがないほど、深い傷だ。
命が刻一刻とこぼれていくのを感じる。
強く祈ると共に手のひらから紫色の光がこぼれ、その傷がみるみるうちに塞がっていく。
「おお……!」
周りから感嘆の声が漏れた。
(これでもう言い逃れはできない)
治癒を施しながら、そう思う。
(ラスターへ核を埋め込んだ人間の目的が精霊力なら、今度は私が目を付けられる。……私をどうしても守ろうとするラスターに、迷惑がかかるかもしれない)
治癒を終え、彼らから手を離す。先ほどまで青ざめていた顔色がほんの少しだけ血色を取り戻したのを見届け、ラスターに謝ろうと息を吸った、その時。
「うん、まだまだだが、精霊力の使い方はうまくなったようだね」
リディアの耳に、穏やかで優しい、懐かしい声が聞こえた。
「……!」
振り返ると、そこにいたのは懐かしい養い親――カールだった。
見たことがない真っ白なローブ――精霊士の正装を身に着けたカールが、リディアに柔らかな目を向ける。
「カールおじいちゃん……」
「お前は精霊士になるには少し力が足りないが、それでもこの状況で臆せず精一杯治そうと全力を出すその姿勢は尊いものだ。これからも精進をしなさい」
「カ、カール筆頭精霊士長……!」
カールの言葉に、それまで呆然としていた精霊士長がカールを呼ぶ。精霊士長に目を向けたカールは、ゆるゆると首を振った。
「もう筆頭精霊士長ではないよ、フレッド。いや、筆頭精霊士長。私は今やしがない一介の薬師だ――とはいえ、この老い耄れにも火事場の馬鹿力が出せたようだね。精霊に感謝せねば」
「え……?」
リディアを含め、周りの人間が皆困惑する。そんな困惑の視線を受け止めながら、カールは穏やかな――けれど周りをつい納得させてしまうような、堂々とした表情で続けた。
「まさか今の治癒をリディアがしたとは言わないだろう? 彼女は私の養い子だ。共に暮らし精霊力の使い方を教えてきたおかげで多少の治癒の心得はあるが、精霊士になるにはまだまだ、修行をしなくては」
「で、では今の治癒は……」
「リディアの精霊力に合わせ、私も精霊力を注いだんだよ。……まさか見抜けないお前ではないだろう、筆頭精霊士長?」
「……っ、失礼しました……!」
精霊士長が頭を下げる。カールがその場にいる全員にゆっくり目を向けたあと、国王に向かって礼をした。
「突然の乱入とお騒がせ、大変失礼いたしました。何せかわいい養い子が過分な評価を受けて王宮に呼び出されたと聞き、慌てて参った次第でございます」
そう言いながらカールは、先日の広場での事件はたまたま自分も近くにいたこと。リディアが子どもを治療する際、馬車の事故を見ていて気分が動転した自分も咄嗟に精霊力を使ってしまったことを柔らかな笑みで話す。
「しかしカール様、あなたのような人が動転をするとは、私には思えず……」
「そんなことはないさ」
困惑する精霊士長に、カールがどこか悲し気な笑みを浮かべる。
「……かわいい我が子の命がかかれば、誰でも多少は普段しないようなことをしてしまうものだ」
そう自嘲するように笑ったあと、カールが再び国王に目を向ける。
この試験を提案したミラー公爵の表情は、仮面に隠れてよく見えない。しかしその指が、白くなるほどに強く握りしめられているのがよく見えた。
そのことに気づかなかったのか、気づかないふりをしているのか――カールが、威厳を纏った朗々たる声を響かせる。
「このリディア――リディア・フォーサイスが王宮精霊士の器でないことは、このカール・フォーサイスが証言する。精霊に誓って」
カールの登場でなんとかその場を逃れたリディアとカールは、王宮を出たあとすぐにラスターの転移魔術でラスターの屋敷へと向かった。
「隠していてすまなかったね」
応接室に入り人払いをすませたあと、カールが開口一番にそう言った。
「今まで黙っていたんだがね……私は昔、筆頭精霊士長だった」
「……!」
その言葉にリディアが目を見張るものの、横にいたラスターは特に驚いてはいない。その様子にリディアが戸惑った目を向けると、ラスターが「俺が彼に連絡をした」とさらりと告げた。
「ディアよりも質の良いポーションを作れる時点で只者ではない。過去の精霊士を調べたところ、先代の筆頭精霊士長だったことを知った。ディアが王宮精霊士の試験を受けると決まった段階で、念のため連絡を取りこれまでの経緯を知らせた。精霊士の試験は機密情報だが、先代筆頭精霊士ならば通常の試験と変わることがないか、人脈を使って知ることはできないかと思ってな」
「今でも定期的に王宮にポーションを下ろしてはいるものの、交流は断って久しい。今状況を探っても不自然だと思い、こうして駆け付けたんだが……よかったよ。お前のためにできることがあった」
小さく息を吐き、カールがそう言った。どこか疲れたように笑うカールに、リディアが困惑しながら口を開く。
「……どうして、これまで隠してたの?」
「そうだな……それは、私が弱くて卑怯だったからだ」
「弱くて卑怯?」
いつも穏やかで、優しくて正しい。誰よりも精霊から愛されるにふさわしい育て親には到底そぐわない言葉に、リディアがさらに困惑する。
「そうだな……話せば長くなる」
カールがそう言って、諦めたように目を閉じた。
「私は……愛する人間を、生き返らせようとしたんだ」




