あちらこちらから
二日目の結界箱では、もうグレイソンの人々はためらわなかった。
続々と外に向かう民を見送ると、私とニコは部屋に戻った。
「ニコ。なにかそわそわしてない?」
ニコが何かを話そうとしていたように見えて、私がそわそわしていたかもしれない。
「うむ。クズませきのじっけんをしていて、かんがえたことがあるのだ。そのまえに、ナタリー」
ニコがナタリーに話しかけるのは珍しい。
「は、はい」
「あれはどうなった」
「はい。まだどちらも温かいままです」
ナタリーは、両方のポケットを同時にポンと叩いてみせた。
「ませきについては、だいたいよそうどおりだったと思う」
「うん。じっさいにみせてもらってよかったよね」
「わかったのは、ませきがあるていど小さくても、あったかラグりゅうにつかえることと」
「クズませきが、ほじゅうできること、しかも、よわいまりょくですむ」
ニコも私も、この件に関しては考えていることは同じだから、話が早い。
「めちゃくちゃ重大な発見ですぜ。これはマーク様とルーク様に早いとこ共有しないと、危なくてしょうがない」
ハンスの言うことももっともだが、今はみんな、忙しいのも確かなことだ。
「それで、かんがえたことって?」
わかるような気がするが、ニコの口からちゃんと聞きたい。
「ませきが小さいのなら、ローダライトも、マールライトも、もっと小さくできないだろうか」
「リアもそうおもってた」
どうやら、考えていたことはニコと同じらしい。
「小さくてもつかえるのであれば」
「ポンしたローダライトのかけらがつかえる」
その時私たちの考えを聞いていたのは、ぽかんと口を開けたハンスと、拍手しようとして固まってしまったナタリーと、ニコのぼんやりしたほうの護衛だけだった。
冬だと言うのに、なんだか暑苦しい。
あの後、早々に部屋に引き取った私は、いつの間にか朝を迎えていたようだ。
なぜか重いものが背中に乗っかっていて、動きにくくもある。
「まるで、やきたてのパンにつぶされてるみたい」
それはそれでちょっと幸せかも、と思って目を開けると、背中がポッカポカで、体の前には兄さまの手が巻き付いている。
「兄さまだったかー。よっしょ、よっしょ」
私は巻き付いている兄さまの腕を潜り抜けて、ほっと息をついた。
「うーん。寒い風が入る……」
兄さまは、私というぬくもりがなくなったせいか、代わりに枕を抱きしめた。
そして突然声を上げた。
「いたっ!」
「なに? むし?」
「ちがいますよ。枕の下に手を入れたら、なにかがちくっとしたんです。本当に虫だったらいやだなあ」
兄さまは寝ぼけ眼で、おそるおそる枕をどけている。
「ん?」
「あ」
そこには、昨日ポケットに忍ばせたクズ魔石が並んでいた。
「そういえば、ねるまえにませきをならべてあそんでたんだった」
「いったいなんでそんなことを」
なんでと言われても、並べたかったから並べただけなのだが。
「だって、こっちがこいむらさきでしょ、そこからだんだんうすくなって、さいごがうすいピンクでしょ。ほら」
一晩枕の下でもみくちゃになった魔石を、私はきれいに並べ直して見せた。
「いや、ほらって言われてもですね」
兄さまは困ったようにそう言うが、魔石を並べる私を見て顔が笑み崩れている。
「ならべたくなるでしょ?」
「まあ、それはそうです。これはクズ魔石ですね。そうか、昨日、魔石で遊んでいましたもんね」
「うん」
そもそも兄さまが執務室に連れて行ってくれたのだ。
「へえ、よく見ると、こんなに色の違いがあるんですねえ。こっちのピンクはそろそろ魔力を補充したほうがよさそうな色ですね」
兄さまは、一番薄い色の魔石を手に取ると、窓から入る朝日にかざして見ている。
さすがオールバンス、魔道具関係のこととなると目の色が変わる。
「ん? これ、取れたてのクズ魔石ですよね?」
「そういわれたよ」
「では、なぜ色が薄いのでしょう」
「いろのうすいの、たくさんあったよ」
私は兄さまの手の中の魔石を受け取ると、ほわっと魔力を補充して見せた。
「まりょくも、たせるよ」
「リア……」
兄さまは額に手を当てて、はあっと息を吐いた。
「いまさらクズ魔石でどうにかなるとは思いませんが、それでも普通は危ないんですからね」
「だいじょうぶだよー」
私はあははと笑った。
「で、それだけですか?」
「うーんとね」
私は後ろを振り返った。
「あったかラグ竜四角版は、一つは夜のうちに駄目になりました。もう一つはまだあったかいです」
さすがのナタリーがしっかりと返事をしてくれた。
「もう実験したんですね。つまり?」
「いまのところ、クズませきでも、こいいろのものは一日ちかく、あったかラグりゅうをあたたかくできてる。はんぶんこいものは、はんにちかな」
「あったかラグ竜の魔石としてそのまま使えるんですね。これは大きいぞ。クズ魔石がクズではなくなってしまった」
兄さまはお布団に入ったまま天を仰いだ。
「それなのに、結界箱の運用による復興のほうが忙しくて、それどころじゃないんです」
「いそがしいの?」
「はい。夜に仕事ができることで、町の人の意欲が爆上がりしていて、ものすごい勢いで作業が進んでいます」
「リア、それはいいことだとおもうけど」
私とニコのやっていることは、特に急ぐことでもなければ、求められていることでもない。
そもそも私たちの役割は、支援物資と自分を運んできて終わり、と言っていい。
「でも、ローダライトのことも、クズ魔石のことも、放っておいていいものじゃないんです。どちらもきちんと取り組めば、グレイソンの人たちがどんなに楽になることか」
兄さまの熱い思いが伝わってくる。
でも、だからこそ、ここは私が冷静になるべきだろう。
「兄さま、やるかやらないかは、グレイソンの人がきめることだよ」
「えっ……」
兄さまは、驚いた顔で私を見た。
それはそうだ。
ローダライトをポンしたのも私だし、クズ魔石について実験したのもニコと私だ。
私がいなければ、そもそも活用できるとさえわからなかった事柄なのだ。
「きのう、マークがいっていたでしょ。うけるも、うけないも、グレイソンしだいって」
「そうでした。私としたことが、熱くなってしまって」
兄さまが落ち着きを取り戻した。
「それに、そんなふうにいっしょうけんめいになるのは、兄さまじゃなくて、カルロスであるべきだとおもう」
カルロスは、時々落ち込んだりしながらも、グレイソンの民に寄り添って、一生懸命頑張っている。
キングダムの私たちの存在が大きくなりすぎると、カルロス王子の存在意義が弱くなってしまいかねない。
「何かやるにしても、カルロスのてがらになるようにしてあげないと」
「そうでした。本当にそうでした」
兄さまは、私を膝にのせてぎゅっと抱きしめた。
半分お布団に入ったままの兄さまは、とても暖かい。
「リアは、あたらしいことをするのがすきだから、ニコといっしょに、いろいろくふうしてみる。それをどうするかは、まず兄さまたちしだい、それからグレイソンしだい」
判断は、大きな人たちに丸投げである。
「わかりました。ひとまずは、マークたちと状況を共有だけはしておきますから、リアは、無茶しないようにくれぐれも気をつけて」
「しないよ」
それからの復興は急ピッチだった。
私とニコは、ロークと子どもたちの仲間に戻って、時にローダライトを集め、時に草摘みをし、夜はちゃんと眠り、本当は領都へ行くはずだったことなど忘れて元気に過ごしていた。
グレイソンのディーブルに、一時的に結界が張られたらしいという噂は風のように近隣に届き、なかなか来てくれなかったハンターたちも集まってきた。
そうすると、魔石の買取商人も集まる。
もちろん、建材など物資も次々と届き始め、焼け落ちて荒れ果てていた町も、新しい木の匂いのする家が次々と立ち始めている。
「これでローダライトさえあれば、各自が安心して家に戻れるのだが」
執務室に領主のため息が響く。
やはり、ローダライトの不足は大きな問題らしい。
それでも、出来上がった家に、住民は戻って行き、領主の屋敷の人もどんどん減ってきた。
だが、今は大きい結界箱があるからいいが、そのうち領都に持っていかれてしまったら、また領主館暮らしに戻ってしまう。
その一方で、私とニコは、時間ができたら執務室に陣取り、ローダライトをポンしたり、クズ魔石に魔力を充填したりと、誰にも頼まれない仕事を黙々とやっている。
そのため、こういう大事なことを、意外と耳にしたりしているのである。
ポンしたローダライトをつなぎ合わせて、窓枠を作ろうという取り組みも始まってはいるが、割れたローダライトをきれいにカットして並べ、張り付けるという手間をかけるくらいなら、今は結界が働いているうちに、一つでも多くの家を建て直したいというのが本音だそうだ。
「人手も足りないし、お金もない」
頭を抱えている領主が気の毒だが、人手にもならず、お金にもならない子どもである私たちは、聞こえなかったように、部屋の隅で黙々と魔石を並べるふりをしながら、魔石に魔力を充填したり、ローダライトをポンしたりしていく。
そうして過ごしているうちに、まずはキングダムから、使者がやってきた。
使者と言っても、私たちのような王族や四侯といった仰々しい人たちではない。
そもそも、グレイソンに寄るという予定変更を、早竜で送っていた返事が、やっときたという次第らしい。
ランバート殿下からは、大雑把に言えば、
「好きにやるがいい。帰りは急ぐ必要はない。ニコ、愛している」
という連絡が来ただけで、これには全員苦笑するしかなかった。
それから、グレイソンの負担にならない程度の支援物資と、交代の護衛だった。
私はと言えば、大好きなお父様にしばらく会っていないことを思い出して、ちょっぴり切なくなる
「さて、キングダムでさえ、結界箱と我々がグレイソンに寄り道していることを既に知っている。ファーランド側も、そろそろ何らかの動きがあってもいいように思うが」
慰めるように私の頭をなでながら言うことではないと思う。
「おそらく、結界箱だけでなく、カルロス王子もニコも私もルークも、ついでにリアも、できるだけ早く領都に来るようにと言う話になると思うが、思ったより遅いんだよねえ」
私は毎日楽しく過ごしているので、遅いという感覚は今一つわからないが、遅い方が結界箱を長く使えていいような気がする。
「リアのローダライトポンも、在庫がどんどん増えているのに、使ってもらえなくてかわいそうだよねえ」
「それはべつにいいけど」
ポンするのが面白いのであって、他に使命があるわけでも何でもないのだから。
「でも、もう少しまどうぐしがたくさんいると、たすかるんだけどな」
ローダライトポンに興味を持ってくれたタイラーも、魔道具を作ったり修理するのに忙しいらしく、屋敷に顔を出してもすぐにいなくなってしまう。
そのため、クズ魔石を再生していることもばれていないから、都合がいいと言えばいい。
本当は、明かり用のマールライトとローダライトを半分の大きさに加工してほしいのだが、みんな忙しそうなので、誰にも頼めずにいる。
ハンスは手が空いているが、不器用なのでやりたくないと言われてしまっているし、ナタリーも壊すのが怖いからやりたくないそうだ。
「ユベールがいてくれたらなあ」
困った顔をしながら、一緒にやってくれるだろう。
そんなことを考えながら、魔石の色を濃くしたり、ローダライトポンをしたりしていると、屋敷の外が騒がしくなってきた。
「ご領主! ローダライトが! トレントフォースから届きました!」
「来たか! 国が違うから無理かと思ったが、カルロス殿下とルーク殿の口添えが効いたようだな!」
私は思わずニコと顔を見合せた。
「トレントフォースって言ったか?」
「トレントフォースっていったよね?」
執務室から走り出た領主の後を、私とニコも追いかけた。
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