一列に
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兄さまが連れて行ってくれた先は、お屋敷の執務室だった。
領主が立派な机の前に座って、険しい顔で書類と向き合っているし、人の出入りも多い。
だが、日当たりがよく広い部屋でもあった。
「安全を考えて、執務室の隅に場所を借りました」
兄さまが指し示したところには、ジャスパーとロークが使ったであろう積み木やおもちゃと一緒に、魔石が山盛りに入った箱が置かれていた。
「何をしたいかわからないけれども、そこにいてくれると助かる。暇を持て余さないようにおもちゃも用意しておいたよ」
机のところから、領主の優しい声がかかる。
「今日みたいに慌ただしい日には、ニコラス殿下もリアも、視界に入るところにいてくれたほうがよさそうだからね」
「もうあそんでもいいだろうか」
ニコがそわそわして、領主に尋ねている。
魔石を見たいと言ったのは私なのに、ニコのほうが楽しみにしているとはどういうことか。
というか、私も魔石を手に取ってみたい気持ちは一緒なので、期待を込めた目で領主を見ると、領主の目が優しく細められた。
「はい、どうぞ。小さいからといって、口の中に入れてはいけないよ」
「プフッ」
兄さまの笑い声は無視である。
私たちは小走りに部屋の隅に向かい、床に座り込んでさっそく魔石を手にとった。
おもちゃも魔石も床に置いてあるのだ。
「リア、テーブルがありますよ」
という兄さまの声も無視である。
「小さい」
「小さいな。明かりのませきも小さいが、これは半分もない」
一番小さい魔石で、子どもの指の先くらい大きさだ。
「いろもうすい。ほんらいなら、むらさきのはずなのに、あわいピンクだ」
使える大きさの魔石は全部取り除かれているので、ここにあるのはすべて使えない判定をされたクズ魔石である。
「ナタリー、ローダライトとマールライトはある?」
「ございます」
ナタリーはエプロンの下から、あったかラグ竜の魔道具に使うローダライトとマールライトをいくつか取り出してくれた。
明かりの魔道具にも使うが、あったかラグ竜にも使う。
同じように使えて汎用性も高い。
あったかラグ竜に関しては、我ながらよいものを考えたと思う。
マールライトはあったかラグ竜用に変質済みである。
私は、ニコの手の上にマールライトを置いた。
「わたしがじっけんだいか」
「そう」
王子様を遠慮なく実験台にする幼女、それが私である。
だって友だちだもの。
それにあったかラグ竜は、一定温度より上がらないので危険もない。
マールライトの上にローダライトを重ね、その上に魔石をそっと載せる。
ニコの目が真ん丸になった。
「あったかいぞ!」
周りをはばかってか、とても小さな声だが、その声に私の目もキラキラと輝いた。
どうやら、小さくても魔石として使えそうな希望が出てきたからだ。
「あ……」
ニコの表情がくもる。
「どうしたの?」
私はこそこそと尋ねた。
「あったかくなくなったのだ」
魔石を見ると、淡いピンク色だった魔石は、ガラス玉のように透き通って、向こう側が見えそうなくらい色が薄くなっている。
「ませきが小さいからかな」
「そうだろうな。だが、明かりのませきくらいでも、あったかラグりゅうが何日もつかええるのだろう?」
「うん」
「では、いくらなんでも、こんなに早くあったかくなくなるのはおかしくはないか」
「おかしいよね」
クズ魔石を見て、いろいろ考えられたらいいなあとは思ったけれど、いざ見てみたら、いきなり成功と失敗が同時にやって来て、混乱している私たちである。
こんな時は、原点に戻るのがいい。
「あったかラグりゅうのことはひとまずおいておいて」
私はニコの手の上のローダライトとマールライトを取り上げて、テーブルの上に置いた。
割れたら困るからね。
「くずませきを、ちゃんとみてみよう」
クズ魔石は、積み木の箱と同じくらいの大きさの箱に入れられている。
つまり、子どもには重いが、大人なら軽々と運べるくらいの大きさだ。
「わあ……」
薄いピンクから、濃い紫まで、小さいけれども、たくさんの魔石がぎっしり詰まっている箱は、まるで宝箱のようだった。
かどもある魔石だから、手を差し入れるわけにはいかないが、できるならばそうして、ジャラジャラとかきまわしたいという衝動に駆られる。
だが、ニコの考えは違うようだ。
「さて、どう並べるか」
「ならべる?」
「これだけのかずのませきを見るのははじめてだから、じゅんばんにならべてみたいではないか。つみきだってならべるだろう?」
「ならべないけど。あ」
積み木は積むものであって、並べたいとは思ったこともない私だ。
だが、思い出した。一緒に遊んだ時、アリスターだって時々は並べていたし、何なら兄さまだって並べていた。
子どもは、並べたいものなのだ。
「うん、ならべよう!」
「よし! では、どうするか。大きいものからにするか、小さいものからにするか」
どう並べるか、といいうのは、そういうことだったのか。
私はやっと理解した。
それならばこれはどうだ。
「いろのこいじゅんか、うすいじゅんか」
「それもいいな!」
「でしょ?」
私の鼻がびよーんと高くなった気がする。
そこで改めて箱の中を見てみると、大きさについては、多少の違いはあれど、一言でいえば、みな小さいとしか言いようがなかった。
「ということは、色のほうがおもしろいか」
ニコがじっくりと箱の中を吟味している。
「たしかに色のほうが、ちがいがはっきりしているな。では、色のこいほうからならべようではないか!」
「おー!」
私は片手を挙げて気合いを入れた。
その頃には、声を小さくするとかそういう気遣いはとっくに頭から抜けていたので、部屋を出入りする人たちからは温かい目で見られてしまったが、問題ない。
「リアはうすいほうから!」
「わたしはこいほうから!」
部屋の隅っこで、魔石ならべが始まった。
「うすい、うすい、ちょっとこい」
「こい、すごくこい、ちょっと大きいからこれはよけておく」
並べながら、前後を入れ替えたりして、端っこから並べていた列が、ついにニコの列とつながった。
「やった!」
「一列になったぞ!」
ぱーんと手を打ち合わせ、私たちは大喜びだ。
これだけ並べても、箱の中の魔石はまだまだ残っていて、列がいくつも作れそうだ。
「さて、ここからわかることがなにかないだろうか」
「ふむ」
私たちは小さいけれど魔道具師だ。
並べて楽しんでそれでおしまいではない。
二人並んで、色の濃い順に並べた魔石を眺めてみる。
並べてみてから気がつくのもなんだが、取り立てなのに、なぜ魔石の濃い薄いがあるのだろうか。
「とりたてだから、まりょくはじゅうぶんにはいっているから、しんぱいないっていってた」
心配ないとまでは言っていなかった気もするが、これがさっきの領主の言葉だ。
「でも、じゅうぶんまりょくがはいってるなら、なんでいろがうすいの?」
「それもそうだな」
私たちの声は自然と小さくなる。
魔石を眺めているふりをして、列の上で頭を寄せ合った。
「じゅうぶんまりょくが入っていないのではないか?」
「それしかないよね。さっきも、あっというまに、まりょくがなくなったもんね」
あったかラグ竜の仕組みはニコの手の上で少しの間しか働かなかった。
「じゃあ、いちばんこいませきならどうなる?」
「どうなる? やってみるか」
ニコが手のひらを差し出すが、私は首を横に振った。
「もし、ずっとあったかかったら、ニコのてがつかれちゃう」
「それもそうだな。ではどうする?」
私はナタリーと視線を合わせた。
ナタリーはエプロンの下から、すっとあったかラグ竜四角版を差し出してきた。
中身はセット済みで、魔石を入れるだけのものである。
はた目からは何をしているのか全くわからないだろう。
「じつぶつで、ためしてみるのか」
「そう」
私は、マールライトとローダライトがセットされている四角い袋の中に、一番濃い魔石をぎゅっと押し込んだ。
「ナタリー、まだある?」
「ございます」
ナタリーのエプロンの下から、また四角が出てきた。
「はい、ニコ」
私の手経由でニコに差し出す。
「うむ。次に入れるのは、まんなかあたりのませきがよいか」
ニコはちょうど真ん中あたりの濃さの魔石を取り上げるとぎゅっと押し込んだ。
四角い袋を、どちらもナタリーに握ってもらう。
「どちらも温かいです」
あったかラグ竜が大好きなナタリーの表情がほんのりと緩む。
「しばらくもっていてもらえる?」
「喜んで」
ナタリーは、濃いほうを右のポケットに、真ん中くらいの濃いほうを左のポケットに、いそいそとしまいこんだ。
「さて、次はあれか」
ニコが薄い魔石のほうを見た。
「あれでしょう」
私はちらりと領主のほうを見た。
ついでに部屋の様子もうかがって、よしと頷いた。
もちろん、兄さまもマークもジャスパーもいないことは確認済みだ。
「だれもこっちをきにしてないよ」
「では、リアはこちらを向くとよい。二人ともせをむけると、めだつからな」
そうして、私とニコは、魔石の列を挟んで向かい合って座った。
これで、魔石を眺めながら楽しく遊んでいるように見えるはずだ。
「では、いちばん色のうすいませきからいこうと思う」
ニコの手元は、私の体の影に隠れているはずだ。
「こうたいでやろう。リアはけんがくのばん」
大きい結界箱の魔石でも、今なら入れられるくらいの魔力はあると思う。
だが、念のため、どちらか一人は見守る係になることにする。
「しんちょうに、しんちょうに。うっ」
ニコがうっと声を出したので、私はさりげなく後ろのナタリーを見るふりをして、部屋の様子をうかがうが、誰もニコの様子に気がついていない。
「どうしたの?」
こそこそとニコに様子を聞いてみる私である。
「あっというまにませきがいっぱいになったから、こわしそうになった」
「マークならぜったいこわしていたやつ」
「オールバンスこうもな」
魔力操作が繊細なニコでさえ難しいというのなら、私はどうだろうか。
ニコが選んだ魔石の隣の魔石、やはり薄い色の魔石を私も選んだ。
「しんちょうに、しんちょうに」
自分にニコと同じ言葉で魔法をかける。
「あかりのまりょくのはんぶんでは? うっ」
あまりにも早く、魔力が満たされて反発が来たので、私も思わずうっと声が出てしまった。
「ほら、な?」
「うん。あぶなかった」
私は深く深く同意した。
「だったら、まんなかくらいのやつは、もっときをつけないといけないな」
「ほんとうにそう。でも」
私はふと思いついた。
「まんなかくらいのやつなら、あかりのませきのはんぶんの、さらにそのはんぶんのまりょくがあればよくない?」
「はんぶんのはんぶん? めんどうだが、そのとおりかもしれないな」
ということは、魔力のあまり多くない人に頼んでみるとよい気がする。
「ナタリー?」
今日もナタリーが大活躍である。
「はい。聞いておりました。この真ん中の魔石でしょうか」
しとやかなしぐさで、すっとしゃがみこんだナタリーは、真ん中の魔石を取り上げ、立ち上がった。
ナタリーは私の後ろで見守っていたので、ナタリーが取った魔石は、部屋の人には見えていないはずだ。
「あかりのませきより、まりょくが少なくてすむとおもうの。できる?」
「もちろんでございます」
ナタリーは右手で魔石を摘まむと、少し口を尖らせた。
声を出さずに、ふっと息を吹く。
魔石の少し薄い紫色が、一瞬で濃い色に変わる。
「できました」
静かな声は、何事もなかったかのようだ。
「明かりよりもずっと少ない力で済むように思いますが、それを確かめるには、もういくつかをやってみなければ、正確なことはわかりかねます」
「ナタリー、すごい」
私たちが何のために実験を行っているのか、正確に理解していなければ言えないことである。
「ちなみに、まだ温かさは変わりません」
諜報のポケットの場所をポンと叩いて、あったかラグ竜四角版の実験についての報告もしてくれた。
「なかなかすごいことがわかってしまったな」
「リアたち、てんさいすぎない?」
お互いに自画自賛した後、私たちが何をしたか。
残った魔石で、もう一つ、そしてまた一つと列を作りました。
あー、楽しかった。
執務室は、夜の結界箱の運用に向けて慌ただしさを増し、私たちにかまうものは誰もいなかった。
私はと言えば、興味本位ではあったものの、思ったよりも成果が出たことで、それをどうしたものかと新たな悩みが生じてしまった。
ニコも同じだろう。
その悩みを整理するには、魔石並べのような単純な作業はもってこいだった。
「さあ、そろそろ結界箱を動かすぞ」
そのうち領主の声が聞こえて、さて、結界箱はどこかと思ったら、領主の前の机に無造作に置いてあった。
見たはずなのに全然気がついていなかったくらい目立たない。
領主は、その結界箱の前で、祈るように手を組んだ。
「少しでも、片付けと復興が進みますように」
小さな声で願うと、スイッチに手を伸ばした。
「手が、ふるえているな」
ニコの冷静な目がそれをとらえた。
「うん」
本当は、領都に持っていくはずの結界箱を、使うべきではなかったという思いがあるのだろう。
それでも、今一番に考えるべきはグレイソンの復興だ。
カチリ、という音と共に、結界の気配が胸を通り過ぎていく。
「さあ、やるべきことを始めよう」
立ち上がった領主の目にはもう、迷いはなかったし、どこも震えていたりなどしなかった。
「おう」
「おう」
と、執務室から人がぞろぞろ出ていく中、私たちもやるべきことを粛々と始めた。
なにかって?
並べた魔石をきちんと箱の中に片付けるのだ。
ただし、どさくさに紛れて、ポケットの中にいくつか忍ばせたのは私だけではない。
「王子様と侯爵家の令嬢のすることですかね」
ハンスの言葉をナタリーがとがめなかったのはなぜだろう。




