懐かしい人々
外には、何台も連なった竜車と、それから代表と思われる人が何人か立っていた。
知っている人がいるかもしれない。私は精一杯背伸びをした。
「あっ!」
いた!
私は全力で走り始めた。
「ブレンデル!」
「おっと!」
弾丸のように飛び込んだ私を受け止めたのは、トレントフォースの魔道具屋の、ブレンデルだった。
白髪交じりの茶色のくせ毛に茶色の瞳、温かな微笑み、何も変わっていない。
「こりゃあたまげた! リアが走ってるなんてな。いや、前回も走ってたか。ああ、変わりなさそうだな。よく育って、顔色もいい。陰りのない笑顔、よくしてもらってるんだな」
ブレンデルは私をそっと引きはがすと、上から下までポンポン叩きながら観察している。
それが、初めて会った時のエミを思い出させた。
「エミは?」
「ああ、あいつはトレントフォースで待ってるよ。リアにおみやげもあるが、今はちょっと落ち着こうか」
「あ」
おみやげと言う言葉に耳がピンと立ちそうになるが、それはともかく、慌てて後ろを振り返ると、領主が驚いたような顔で固まっている。
「あなたがグレイソンのご領主でしょうか」
ブレンデルはそう言うと、大きな手を差し出した。
「あ、ああ、そうだが。あなたは」
二人はまずがっしりと握手してから、自己紹介を始めた。
「私はブレンデル。トレントフォースで魔道具屋をやってます。このこのたびは、責任者としてローダライトを運んできました」
私はブレンデルと手をつなぎながら、まるでトレントフォースの代表であるかのように、隣でうむと頷いている。
ブレンデルは優秀な魔道具師なのだ
。
「私が領主の、ブランドン・グレイソンだ。カルロス殿下に、ローダライトをトレントフォースに頼んではどうかと言われた時はまさかと思ったが、本当に来てくれるとは。ありがたい、ありがたい」
二人はがっちりと握手したまま話している。
「カルロス殿下はトレントフォースでも人気者でしたよ」
王子様らしくキラキラしたカルロスは目立っていたのは確かである。
「それはそれは、ファーランドの民として、誇らしいことです。ところで」
二人はやっと握手をほどいた。
「まるであなたのお孫さんのように立っている、リアとはお知り合いかな」
「ハハハ。ええ、よちよち歩きの頃、一時、預かっていましてな。リアは魔道具と積み木をおもちゃにして育ったようなもんだな」
私はえへんと胸を張った。
「あかりのまどうぐ、まだもってる。これも」
私は肩からかけたラグ竜のぬいぐるみも見せた。
「エミのぬいぐるみか。あいつ、喜ぶだろうなあ。まさかここでリアと会えるとは思っていなかったよ」
私はふと疑問に思った。
「じゃあ、どうしておみやげもってきたの?」
「そりゃあ、ルークさんに渡したら、リアに届くだろ」
「そうかー。楽しみ」
「おや、王子さんも、久しいなあ」
私が置き去りにしてしまったニコを、ちょいちょいと招き寄せるブレンデルである。
「ブレンデル。ひさしいな」
ニコもトレントフォースにいた時は、町の子どもの一人にすぎなかった。
「どれ、王子さんも」
ブレンデルはしゃがみこんで、ニコのこともポンポンと叩きながら上から下まで観察している。
王子様が大事にされないなんてことありえないだろうに、どんな子供に対しても態度は同じだ。
「顔色よし。少ししゅっとして、少年らしくなりましたな」
「うむ。今年のなつには六さいになるからな」
「頼もしいことだ」
最後に肩をポンポンと叩かれて、ニコも嬉しそうだ。
「いやあ、私はジャスパーとも顔見知りなんですよ」
「それはそれは」
いったいトレントフォースでどういう冒険をしてきたのかという顔をしている領主に、ジャスパーは旅のすべてを話したわけでもないのだなと思う私である。
「おお! ブレンデル! 君が来てくれたんだな!」
誰かが呼びに行ってくれたのか、カルロス王子とジャスパーにシエナ、それに兄さまやマークまでやってきた。
「カルロス殿下、お久しぶりにございます。ご要望のローダライト、運んできましたぞ」
さすがにかしこまってブレンデルが挨拶した。
町長ならともかく、ブレンデルは平民である。
控えるべき時は控えることがちゃんとできている。
ちなみに、ニコはかわいい子どもだから別枠である。
「ありがたい、本当にありがたい」
カルロスもブレンデルとガシッと握手をかわし、領主と同じことを言っている。
「ハハハ。さて、先に行けと言われたので先にご挨拶に伺いましたが、途中で同行者ができましてな。紹介させていただいてもいいですか」
ブレンデルがにこやかに後ろを向くと、待っていたかのように、ほとんど大人と同じ身長の、金髪の少年がしっかりした足取りで近づいてきた。
記憶のどこかを刺激する顔だ。
「お前! ロイド! いったいどうして!」
こちらから走り寄ったのは、ジャスパーだった。
「ロイド」
ニコが私を見た。
「ジェフ」
私が答えた。
「スティングラーか」
「スティングラーだ」
皆が一斉に、私たちのほうを見た。
「覚えていてくれたのか?」
ジャスパーと並んでいるロイドは、あの頃よりだいぶ背が伸びたけれど、変わらぬ笑顔で私たちのほうを見た。
「もちろんだ。ジェフは元気だろうか」
ニコの返事に、ロイドは笑みを深めた。
「元気だよ。一緒に来たがったが、今回は我慢してもらったんだ」
それは残念だ。
「なんともはや、賢い子どもたちだな」
領主の言葉に、その場の全員が頷いたが、人の顔を覚えているのは私たちには当たり前のことなので、きょとんとするしかない。
「ロイド、久しいな。よく来てくれた。お父上は元気だろうか」
さすがに、離れていても隣の領の跡継ぎ、しかもジャスパーと同世代とあれば、顔見知りなのだろう。
「ブランドン様。久しぶりです。父はぴんぴんしております。こたびは、支援が遅れて申し訳ないと、申し伝えるようにとのことでした」
「何を言う。山火事があってすぐに、物資を送り届けてくれたではないか。ハルフォードとスティングラーからの支援、決して忘れはしないよ。それに」
領主はロイドの肩を抱くようにぱんぱんと叩いた。
「どこから資材を仕入れていると思っているのかな。困っているところに付け込むようなことをせず、変わらぬ値段で優先的に物資を融通してくれている。それだけでもどんなにありがたいか」
スティングラーは、ファーランドの跡継ぎについて、グレイソンと同じく、中立の立場だと聞いた気がする。
だからこそ、今まで、付かず離れずの支援の立場を貫いてきたのだと思うのだが、なぜロイドをよこしたのだろう。なにか状況が変わったのだろうか。
「ロイド」
「カルロス殿下」
カルロス王子に、ロイドは丁寧に礼をとった。
「その、君が来て大丈夫だったのかい」
カルロスは、嬉しいけれど少し心配だという気配だ。
「そういうところですよ、皆が頼りないと思うところは」
丁寧な態度のわりに、ロイドの言葉は辛辣だった。
「もっとこう、俺について来いとか、俺はやるぜとか。そういう態度でいいんですよ。第一王子なんだから」
付き人として付いていたジャスパーより、よほどはっきりものを言う。
ネヴィルで見たロイドは、スティングラーの立場そのもののように、付かず離れずの姿勢、というか、一歩引いた態度の人だったように思うのだが。
「弟にも妹にも、しょっちゅうそう言われてるよ。本当に頼りないんだろうね」
カルロスは苦笑している。
だが、本当に頼りなかったら、周囲は何も言わない。
素質があるから、言いたくなる。
もう一歩だと思うから、前に出てほしいと思うのだ。
弟も妹も、カルロスが駄目だと思っているのではない。
期待しているのだ。
「面倒だからって、駄目な王子でいればいいやなんて、甘えでしかないんですよ」
「ひえっ」
ここでひえっと言ってしまったのは私である。
弟や妹でさえ、いや、リコシェやジャスパーでさえ言わなかったことを、ずばり言ってしまったからだ。
「君は何事にも無関心なようでいて、実は辛辣だよね。リコシェより怖いくらいだ」
今まで無関心なようでいたのは、期待していなかったから。
辛辣になったのは、期待していいと思うようになったから。
そう感じるのは、私だけだろうか。
「当然です。私がここに送られてきたのは、スティングラーの旗色を示すためですから」
ああ、やはりそういうことなのだ。
ロイドは大きく一歩前に出ると、カルロスの前に膝を折った。
「おいおい、いったいどうしたんだい」
あわあわするカルロス王子に、ロイドは冷たくも聞こえるような口調で告げた。
「キングダムだけでなく、ウェスターをも動かす。殿下の、キングダムからの、ウェスターへの遠回りは、無駄ではなかった。父はそう判断しました」
なるほど、トレントフォースから、ローダライトがやってきたのが最後の一押しだったのだなと私は理解した。
「ロイド・スティングラー。第一王子、カルロス・ファーランドに忠誠を」
「ロイド……」
戸惑うカルロス王子に、ロイドが圧をかける。
「忠誠を」
すると隣に、ジャスパーも膝を付いて、カルロス王子を見上げた。
「ジャスパー、やめてくれ。君と私の仲だろう」
カルロス王子の顔は、苦しそうに歪んでいる。
「いいえ。今までは、これが殿下を苦しめるとわかっていたから、できませんでした」
ジャスパーは、なんだか泣きたいのに我慢しているような顔をしていた。
それから、ご領主のほうを見て、頷いた。
ご領主も頷く。
「ジャスパー・スティングラー。第一王子、カルロス・ファーランドに忠誠を」
「ジャスパーまで……」
「当然、私もですわ」
シエナが、言葉の割にはレディらしからぬ大股で、すたすたと歩いてきてジャスパーの隣に膝をつく。
「シエナ、レディにそんなことはさせられないよ」
「駄目です。私はレディですが、今はハルフォードにいる兄の名代と考えてください」
シエナは強い目でカルロス王子を見た。
「シエナ・ハルフォード。兄と共に、第一王子、カルロス・ファーランドに忠誠を」
「シエナ、君まで……」
この期に及んで、カルロスは、なぜか迷うように、兄さまを見、そして私を見た。
兄さまは何も言わず何のしぐさも見せなかったが、しっかりと合わせた目は、きっとカルロスに何かを伝えたのだろうと思う。
私はといえば、大きく頷いて見せた。
カルロスは、最後にニコのほうを見た。
決めるなら自分で決めるべきだという態度の兄さまとは違って、ニコはちゃんと意見を言うつもりのようだ。
私はニコにそっと寄り添った。
「キングダムであれば、おうけと四こうはたいとうである。ちゅうせいをちかったとしても、友であることに、なんのかわりがある」
ニコは私の手を握る。
私は握り返す。
マークがニコの後ろに立ち、兄さまが私の後ろに立つ。
ニコこそ、真の王の器であると、いつも思うのだ。
遠くキングダムの王都にいても、ギルも、フェリシアも、クリスも、皆が対等で、皆が友だち。
それがキングダムの次代の在り方である。
カルロスは天を仰いで、きっと正面を見た。
「許す」
「はっ」
「はっ」
「はっ」
ファーランド四伯の中の、三伯の後継が、第一王子、カルロスを推すと宣言した瞬間である。
厳粛な雰囲気のなか、戸惑いはあっても、誰もが感動を胸で温めていた。
【宣伝】8月12日に、転生幼女12巻が発売です!




