領主のライフは
「ああ、失礼。少しだけ時間をもらえますか。すぐすみます。はい! みんなー」
マークは手をパンパンと、二回たたいた。
「キングダム、しゅうごうー」
やる気のない声である。
私、兄さま、ニコ。後ろにハンス。
マークの前に並んだ。
「どうするー」
マークの目が死んでいる。
だが、どうするという結論の前に、兄さまがこんなことを言い出した。
「申し訳ないですが、これを知って大変な思いをするのはグレイソンです」
兄さまの言葉に、
「そ、それはどういう……」
という、領主の小さな声が背後から聞こえたが、今はまず、キングダム側の意見の一致を見なければならないので、かまってはいられない。
「そもそも、あったかラグ竜の件で、私たちはずいぶん悩みました」
魔道具の開発は、権利問題が絡んで、一筋縄ではいかない。
というか、新しい魔道具など開発されたことがないので、どうするかは開発者の考え次第とも言える。
私は、自分の利益より、ネヴィル、ひいてはこの大陸の人々の生活を楽にする方を選んだ。
だが、この件でネヴィルだけが利益を得れば、他の領が不満を持ち、ネヴィルの足を引っ張ったり、争いが起きたりする可能性もなくはない。
それでも、ネヴィルも領民の生活の向上を選んだ。そして、利益の独占はしないだろう。
だから、私たちも、あったかラグ竜の生産を許可したのである。
兄さまの言葉に、これらの経緯が思い浮かんだ。
「素晴らしい技術がもたらすのは、幸福だけではありません」
後ろのネヴィルの人たちには、兄さまの声が聞こえているはずだ。
「だいぶ前になりますが、ウェスターの大きな結界箱もそうです」
兄さまが続ける。
私はやっと理解した。
私たちに相談するていで、グレイソンの二人に、話を聞かせているのだと。
「オールバンスは警告しました。運用すれば、民の生活は楽になる。だが、継続し続けようとすれば、王族は、ただ魔石に魔力を充填し続けるだけの奴隷となり果てる、と」
これは、私がウェスターを横断していた時の出来事だろう。
「それでも、彼らは結界箱の運用を選びました。オールバンスは、リアを助けてくれた礼として、彼らが奴隷にならないですむ、運用の手助けをしたのです」
兄さまはくるりと振り返った。
「そこの者、聞こえているか」
兄さまの向いた先は、タイラーだった。
「は、はい」
タイラーは、口ごもりながらも頷いた。
「お前は魔道具師だな」
「そうです。グレイソンで一番大きい、魔道具店を任されています」
胸を張るタイラーである。
私はちょっと背筋がぞくぞくした。
もちろん、いいほうにである。
普段、敬語でしか話さない兄さまが、貴族っぽい話し方をするのがかっこいいからだ。
「オールバンスが魔道具を扱っているのは知っているか」
「もちろんです! 代わり映えのしない魔道具の中で、オールバンスだけが魔道具を改良し続けています! その技術を尊敬しているのは、魔道具師として当然のことです!」
キングダムだけが技術を独占しているというやっかみのほうが大きいかと思っていた私は、ちょっと驚いた。
「私は経営を補佐している立場だが、妹が魔道具師だからこそ知っている」
「妹が、まどうぐし?」
タイラーの顔は、オールバンスに、もう一人妹がいただろうかという顔であり、その魔道具師の妹がここにいる私だなんてかけらも気づいていないようすだ。
それはそうだ。
四侯にどんな子供がいるかなんて、キングダムの人でもあまり興味はないだろう。
結界が無事に張られていれば、それでいいのだから。
「よい魔道具師は、新しい技術の開発にも習得にも意欲的だと。だから、お前は優秀なのだろう」
「は、はあ」
言葉とは裏腹の、兄さまの厳しい表情に、タイラーはどう返事を返していいかわからないようだ。
「では問おう。お前が知りたいことはなんだ」
キングダム組で意思統一を図ろうとしていたはずなのに、いつの間にか兄さまの独壇場である。
だが、マークはとても面白そうな顔で見守っているし、ニコも文句はないようだから、このまま続けて問題ないのだろう。
私? 貴族モードの兄さまを見ているだけで楽しい。
「あの、その」
完全に兄さまに迫力負けして下を向いたが、下を向いたことでローダライトのかけらが目に入ったようで、ぐっと顔をあげた。
「先ほど、マーク様が、ローダライトを元の色に戻したように見えました。元に戻ったかは、魔力を通したわけではないので確実とは言えませんが、もし、マーク様が、使えなくなったローダライトを元に戻せるのだったら、リア様が拾っていたローダライトだけが元に戻っていた理由が説明できるんです」
私はほう、という顔になった。
なかなかよく考えているではないか。
「どうしてローダライトが元に戻ったのでしょう。マーク様だけでなく、リア様が触っても元に戻ったということは、よくわからないけど、四侯の特殊なお力なのでしょうか。それならあきらめもつきますが、もし、もし」
タイラーより兄さまのほうが背が低い。
それでも、兄さまにすがっているのはタイラーの方だ。
「わたしたちでもできるような方法があるのなら、ぜひお教え願いたいのです!」
「た、タイラー、それはあまりにも強欲だ」
ローダライトのかけらを拾うのに熱心だった領主が慌ててタイラーを止めようとしている。
「なぜルーク殿が、ウェスターの結界箱の説明をしてくれたと思っているのだ」
「なぜ、とは……」
ウェスターの話は国家規模だったので、タイラーにはピンと来ていないのかもしれない。
「素晴らしい技術がもたらすのは、幸福だけではないと、おっしゃっていたではないか。私は確かにローダライトを集めさせていたが、それはその中に、使えるローダライトがあるかもしれなかったからだ」
私のせいで誤解させてしまい、申し訳ない。
「もし、ローダライトを再生できて、その技術をグレイソンが教えてもらったとする」
タイラーの顔がぱあっと輝いた。
「既に四侯の助けを受け取り、なおかつ大きい結界箱まで貸し与えられているグレイソンが、さらに新しい技術を学んだとなったら、他の三領はどう感じる? 王家はどうとらえる?」
「あ……」
そこまで説明してもらって、やっとタイラーは理解したようだ。
「する力があるからと言って、してもらって当然と思うな。タイラーは、四侯の特殊なお力と言っていたが、結界を守る力があるからと言って、ここに結界を張ってくれと願うつもりか?」
「そんな、まさかそんなだいそれたことを願ったりはしません」
「そうだろう。ローダライトのことも、同じだ」
兄さまとカルロス王子がやってきた時に、領主はいろいろ考えたのだろう。
あるいは、ジャスパーが家を飛び出した時には、すでにこういう問題について考えていたのかもしれない。
キングダムの支援など思いつきもしなかっただろうが、少なくとも、第一王子の支援を得るということだけでも、ファーランドの勢力図を大きく変えるし、跡継ぎの問題に強制的に巻き込まれることにもなるからだ。
それでも、支援を求めるか。それとも、苦しくても自領だけで頑張るか。
考え尽くしていなければ、こんな言葉は出てこないと思うのだ。
「申し訳ありませんでした!」
タイラーは、ガバリと地面に手をついて頭を下げた。
「考えなしに、してほしいことばかり要求してしまいました。どうか、どうかご容赦を!」
なかなかよい謝罪っぷりだと私は感心した。
「わかればよい」
兄様は鷹揚に頷いた。
「ところでマーク」
そしてやっと、マークのほうに振り返った。
「あなたはどう考えますか」
「やっと相談に入ったね」
やれやれと言う声色ながら、マークの口元には笑みが浮かんでいる。
「私はね、求められれば、技術は提供していいと思うよ」
なんとなく、そう言いそうな気がしていた。
「だが、これはリアの権利だからね。リアがどうしたいかによるよ」
「リアはもんだいないよ。兄さまがいいっていったら、いい」
私だって、ネヴィルで、いっぱい考えたのだ。
これからも、自分はいろいろな工夫を凝らしていくことだろう。
その中には、今までにはなかった技術もあるかもしれない。
それをいったいどうしていくのかと。
毎回ちゃんと、どうすべきか考え直すとは思う。
けれど、自分の技術がどういう影響を与えるか、考え尽くすことは難しい。
それならば、技術が欲しい人のほうが、その影響をちゃんと受け止めるしかない。
私にできるのは、兄さまにそれでいいか確認することだけだ。
「リアがいいなら、いいですよ」
兄さま、貴族モード解除である。
優しい声も大好きだ。
「それではニコラス殿下、よろしいでしょうか」
最後に、マークがニコに確認した。
「かまわぬ。よきにはからえ」
ニコも重々しく頷いた。
「ということで」
マークの口元の笑みが、顔全体に広がった。
「ローダライトを元に戻す技術ですが、私たちは提供するのにやぶさかではありません」
「そ、そんな、まさか」
なぜか、領主の顔色は真っ青である。
「ただし、誰でもできることではありません。四侯ほどの力はなくても、魔力もちである必要があります。私たちがいる間であれば、結界箱の魔石に魔力を足すのと同じように、協力することはできますよ」
マークの笑みが、悪く見えるのはなぜだろう。
「受けるも、受けないも、グレイソン次第です。さあ、大変だ」
他人事のようなマークの言葉に、タイラーの隣で、領主もがっくりと膝をついた。
「結界箱の運用ですら始まったばかりなのに……」
その肩に乗る責任は、だいぶ重そうである。
「あ、そうそう」
マークの口元は、まるで半月のように、弧を描いた。
「新しい熱の魔道具の作り方も、教えましょうか?」
領主のライフはもうゼロかもしれない。




