マーク、ポン
ほっぺがすーすーして、なんだか冷たいような気がする。
確かに冬だけれど、隙間風だろうか。
ぱっと目を開けると、兄さまの金色の長いまつげが頬に影を落としているのが見えた。
いや、近すぎて少しぼやけているくらいだ。
「すー、すー」
「兄さまのねいきだったかー」
小さい小さい声でつぶやいた私である。
昨日までは兄さまのほうが先に起きていたけれど、今日は私のほうが早起きだ。
というよりも、昨日の巡回がよほど疲れたのだろう。
「おつかれさま」
兄さまは毎日頑張っている。
「うーん。リア、おはよう」
「おきちゃった?」
「はい。いつもと違うことをすると、やっぱり疲れますね」
苦笑した兄さまは、ベッドの中で背伸びをした。
それからすぐに、昨日の夜の報告をしてくれた。
「結界の範囲ですが、キングダムで確認した通りの数字が出ました。毎日夜だけ使うとして、一月は持ちますし、予備の魔石を使えば二月。途中で魔石に魔力を入れていけば、三月。その頃までに、なんとか建物の再建が進んでいればいいのですが」
「ローダライトがないのに?」
「ローダライトは後ではめ込んでもいいので、とにかく建物をどんどん作って、町の人が住めるようにしないといけません」
私たちもいつまでもいられるわけではない。兄さまも、まだ学院を卒業したわけではないから、ほんとはなるべく早く戻らなければならないのだ。
「小さい結界箱についても、グレイソンにだけあげるというわけにはいきませんから、貸すという形にして、後で返却してもらうか買い取ってもらうことになると思います。支援というのは、難しいものですね」
「あげるんじゃないんだ。リアのつくったけっかいばこも?」
「リアの作った結界箱もです。いくら山火事という災害があったとしても、他の領と違いすぎる好意を受け取ることは、やがて争いを生むことになりますから」
「なるほど」
私はしっかりと頷いた。
兄さまの話は本当に勉強になる。
「そういえば、シエナはどう?」
「シエナですか? ええ、なかなかいい感じですよ」
兄さまも、女性が男性のような仕事をすることに、あまり抵抗がないようだ。
「まず、虚族を恐れないところが素晴らしいと思います。それに、結界の仕組みをうまく利用して、決して無茶はしません。結界の中から、確実に虚族を倒していくのは小気味よかったですよ」
「そうなんだ」
私はほっとした。
無理をしていないようでよかった。
「女性を命の危険のある仕事に就かせたいとは思いません。ですが、本人がやりたいということを止めようとも思いませんから」
「ジャスパーとカルロスはどうおもってたみたい?」
「ジャスパーはシエナがそういう女性だと知っていたようでしたし、カルロスも、妹が同じ感じだからと言って笑ってただけでしたね」
「テッサ」
元気でさばさばした人だったが、類は友を呼ぶということなのだろう。
「そうでしたね。懐かしいな。ジャスパーとロークとの出会いもそこでしたからね。リアは今度は穴に落ちたりしないでくださいね」
「グレイソンには、あななんてないもん」
ネヴィルには廃坑があったが、グレイソンの町にはそんなものはない。
別方面からの説教が来そうなので、私は急いでベッドから抜け出したのだった。
朝食を終えて外に出てみると、町は昨日よりずっと活気にあふれていた。
「子どもたちは今日もローダライト拾いをお願いする!」
ご領主の声で、今日も皆とローダライト拾いだ。
夢中になっていると、あっという間に昼近くなっていたようで、気がつくと兄さまやカルロスたちがやってきていた。
そんな中で一番マーペースな人が、マークだ。
「リアが拾ったローダライトは、こんなふうに落ちているんだね。すすがついたままだ」
すすで汚れたローダライトを拾って日にかざして眺めている。
やれやれと思いつつ、マークも自分とおんなじことをするんだなと、ほっこり眺めていると、マークの口が、ポン、と動いたような気がした。
ポン?
錯覚かなと思ったら、マークはしまったという顔をした。
「ちょっと待ってください!」
領主の後ろから、大きな声がした。
「今、今、何かしましたよね?」
マークはその声が聞こえなかったように、拾ったローダライトを、流れるような動作でポイっと捨ててしまった。
「タイラー。いったいどうしたのだ?」
「今、そこの人が!」
タイラーとは、確か、ユベールと同じくらい魔力量のある魔道具師の人だ。
どうやら領主と一緒に来ていたようだ。
「指をさすんじゃない! この方は、キングダムの四侯が一人、モールゼイ家の次代だぞ!」
領主がタイラーを叱っている。
確かに、タイラーのしたことは失礼なことだが、気持ちはわからないでもない。
「ですが、この人が手に持ったローダライトが! 色を変えたのを、私は見たんです!」
拾ったローダライトはすすだらけで、私でも色の見分けなどつかないのだが、さすがは魔道具師というべきか。
マークは無表情でふいと横を向いた。
推測するに、詰まったローダライトを手に取ったら、はずみでポンしてしまったのだろう。
「なんのことだろう。そもそも、つい瓦礫を拾ってみたけれど、それがローダライトだったかどうかすら私にはわかりませんね」
マークがしらを切っているが、拾ったものがローダライトだと自分で言っていたではないか。
「そりゃあ、そうでしょう。きれいなローダライトならともかく、すすがついているうえ割れてしまっていますからね」
領主がマークの言葉を受けて、よくわかるというように頷いた。と同時に、身をかがめて瓦礫を一つ、拾い上げた。
「ああ、これですね、マーク殿が落としたのは」
「いや、まさか、落としたのがそれかなんてわかるはずがないでしょう」
「いえ、たまたま落ちたところを見ていましてね。私は案外、記憶力がいいんですよ」
ここで領主の記憶力の自慢をされても困ってしまう。
「おや、割れ目の色を見ると、確かに色が違うな。これは使えるローダライトの色だ。リアといい、四侯の皆さんには、ちゃんとしたローダライトを拾う才能があるのかもしれませんな。ハハハ」
「ハハハ、そうかもしれませんね」
領主の冗談に、マークが同調するように笑った。
「いいえ、私は確かに見ました。マーク様の手にあったローダライトが、その色を変えるのを!」
「見間違いじゃないのかい?」
マークはさらりと逃げようとした。
ここまで否定したものを、さすがにこれ以上追及はしてこないだろう。
ところがそうはならなかった。
「見間違いじゃないでしょう」
その場にいる人たちはいっせいに振り返った。
「リア様と一緒に、やっていたじゃないですか。使えないローダライトを、使えるようにする。リア様も、マーク様もニコラス様も、メイドでさえできていたではないですか」
そこにいたのは、ニコの護衛だった。
「なんで隠すんですか。リア様の力は子どもでも特殊だ。いかにも無害そうな顔でローダライト拾いをしている暇があるんなら、部屋に閉じ込めてローダライトを使えるようにしたほうがましだ」
荒んだ表情で吐き捨てる様子は、いつも黙って背景のように護衛をしていた姿とは別人のようだった。
いや、違う。
背景ではない。最近、疲れた顔をして、よく不満を口にしていた護衛だ。
「お前!」
ハンスがまたこぶしを握った瞬間、しゅっと素早く動く影があった。
その影は、ニコの護衛の首をがっちりと抱え込んで黙らせると、兄さまに声をかけた。
「ルーク様、おそばを離れることをお許しください」
「許す。落ち着くまでこちらに来なくて大丈夫だ」
「はい。おい、こっちだ!」
兄さまの護衛のハロルドは、ニコの護衛の首に手をかけたまま、屋敷のほうに引きずっていった。
「ちゃんとしごとができてる」
「だから言ったでしょう。やる気になれば仕事ができる奴なんですよ」
ニコの護衛は、臨機応変さに欠けているけれども、護衛隊の中でも特別優秀で、王家に忠誠心の強い人が選ばれているはずだ。
今まで一緒にいて、無能だったことはあっても、私たちの足を引っ張ることは一度もなかったように思う。
なぜか私に向けられた悪意を受け止められないし、この状況をどう判断していいかもわからないので、とりあえず、兄さまの護衛の働きぶりに注目してその場を和ませようとした私とそれに答えてくれたハンスである。
だが、領主とタイラーは和まなかったようだ。
「あの、今のは、確かニコラス殿下の護衛だったと思うのだが」
「使えないローダライトを、使えるようにする、とはどういうことでしょう」
「ああ、そのことですか」
マークはそう答えると、少し上を見て、ポン、と言った。




