窓の外
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よろしくお願いいたします。
誰もが私をおんぶしたがったし、なんなら他の小さい子をおんぶする子まで現れて、きゃっきゃと街道を歩き、いつにない運動にみんなが疲れを感じ始めた頃、ディーブルの町に到着した。
名前も知らない親切な子どもの背中から滑り降りると、私はぼうぜんと立ち尽くした。
「ひどい……」
焼け落ちた家はだいぶ片付けられていたし、新しい家もちらほらと建ち始めてはいた。
だが、それでも真っ黒な骨組みに、風が吹き抜ける様は、寒々しいものだった。
ここにぎっしり家が建っていたのだと思うと、胸が痛む。
「うん。ひどいな。けど、そろそろ日もくれる。早めにみんなを家に帰したいから、急ぐぞ」
「うん」
私たちは焼け残った領主館へ急ぎ足で向かった。
いつもなら、妹大好きの兄さまが町の入り口どころか、領地の境目まで迎えに来ているところだ。
来ないということは、それだけ復興の仕事が大変だということなのだろう。
それでも、領主館が見えてくると、その前に、ほっそりとした少年の影が見えた。
「兄さま!」
大きな声で叫ぶと、その影がすごい勢いで走り寄り、私を持ち上げてぎゅっと抱きしめた。
「リア! また無茶をして!」
「兄さま! 兄さま!」
久しぶりの兄さまは、なんだかたくましくなっているような気がした。
兄さまは私をもう一度ぎゅっと抱きしめると、そっと下ろし、今度はニコに手を伸ばして抱き上げた。
「殿下なら、止めてくださるかと思ったのに」
「私たちは、ここでこそひつようになると思ったのだ」
「本当に困った人たちです。マークまで」
兄さまは、ニコを抱えたまま、先に来ていたマークをにらんでいる。
「まさか、マークがこんな面倒なことをするとは思いませんでしたよ」
マークは肩をすくめた。
「カルロス王子がいないのに、領都に行くほうがどう考えたって面倒でしょ」
知らない人の中で、意味のない外交をする。
想像してみると、確かにそっちの方が面倒だと私は納得した。
ニコを下ろした後、私の前にしゃがみこむと、兄さまは目を合わせてこう言った。
「再会を喜びたいところなのですが、それは明日まで待ってもらっていいですか?」
「うん。でもどうして?」
「これです」
兄さまは、腰の剣をポンと叩いて見せた。
「ここの問題の一番が、虚族の多さなんです。幸いローダライトの剣も、虚族を倒した経験も、結界箱もある。私が一番役に立ちそうなのが、ハンターなんですよ」
「兄さまが、ハンター」
兄さまのことだから、カルロス王子を叱咤激励しながら、内政に関わっているのだと思っていた。
「私は他国の貴族で、たまたまいくつか結界箱を持ってきただけの客人ですからね。余計なことはせず、できることはなんでもするんです。とりあえず、領主に引き合わせます」
しばらく見ない間にたくましくなっていると思ったが、心と体、どちらもだったようだ。
きりりと立つ兄さまは、私の知らない人のようだった。
「ローク、妹を連れて来てくれてありがとう」
「たいしたことないって。リア、またあとでな!」
ロークは手を振って、誰かに声をかけると、領主館の裏の方に走っていった。
その領主館の前には、先ほどいなかった人たちが何人も立っている。
おそらく領主夫妻に、少し小さいのがジャスパー、大きいのがカルロス王子、そしてシエナだ。
領主と思われる人は黒髪に緑の瞳、隣に立っているジャスパーとそっくりだが、疲労の色が濃い。
夫人と思われる人は、シエナと同じ、小麦色の豊かな髪と、緑の瞳で、お母さんらしい優しい顔をしているが、やはり疲れているように見える。
マークはニコの背中をそっと押すと、領主夫妻の前に出た。
「こちらが我がキングダム、世継ぎの王子の一子、ニコラス殿下です」
ニコは片手を胸を当てた。
「ニコラス・マンフレッド・キングダムともうす。わが友ジャスパーのたすけになればと思い、りょうとへむかうとちゅう、よらせてもらった」
「なんとご立派なことか」
領主夫妻は膝を付いてニコと目を合わせた。
「なんのもてなしもできませんが、社会勉強だと思って、現状をつぶさに見ていかれるとよいでしょう。他領であるにもかかわらず、心を砕いてくださったこと、本当にありがたく思います。そしてこちらは……」
「見ればわかります。ルーク殿にそっくりですもの。こんな小さい子どもたちを、焼け跡に虚族が跋扈するこの地に連れてくるなんて……。ジャスパーとお友だちなんて、ここに来てくださる口実でしょうに」
領主夫人の、思わずと言うように自然に伸ばされた手に、素直に身を任せたいが、その前に挨拶だ。
「キングダム、よんこうが一つ、オールバンスけのちょうじょ、リーリア・オールバンスともうします。いたらぬみではありますが、よしなに。あと、ジャスパーとロークはちゃんとともだちだよ」
旅装ではあるが、ぴょこりと淑女の礼をとる。
「まあ、まあ、かわいいやら、いたわしいやら……」
なぜだか感動している領主夫人にすすすと近づくと、私は両手を広げた。
「だっこしてもいいよ?」
「まあ、この子ったら」
母親のいない私は、お母さん成分は、取れるときに取っておく主義である。
抱っこにニコニコの私は、少し困ったような顔をしているカルロス王子に気軽に声をかけた。
「カルロス、やくにたってる?」
「ああ本当に、リアはもう。領都に先に行ってくれって言っただろう」
カルロス王子は額に手を当てて天を仰いだ。
「カルロスは私と同じ、ハンターを頑張っていますよ。ジャスパーもですが」
兄さまがカルロス王子の代わりに答えた。
「え、だいじょうぶなの?」
「剣を持ったら、私にかなうものはあまりいないんだよ。虚族相手でもね」
「私も辺境の者です。こう見えても、虚族を狩る経験は十分しています」
そういえば、カルロス王子は、実は優秀だと誰かに聞いたような気もしたし、ジャスパーはどちらかと言うと小柄なので、そもそもそんなふうには思っていなかった。
「第一王子が来てくださったと言うだけで、領民は大喜びです。ましてキングダムの四侯の跡継ぎが来てくれるとは本当に驚きました。ジャスパーの友だからと聞いた時は、感動しましたよ」
本当は迷惑半分というところもあるのだろうと思うが、そんな様子などかけらも見せない領主である。
「それでは、物資をさっそく運びましょう」
「それなんですが」
マークが出した指示を、領主が静かに止めた。
「あなた方がいらした理由をはっきりと示し、領民にその意義を示すためにも、夕食後、大広間で直接受け取りたいのです。いったんこちらにまとめておいてもらえますか」
「承知しました」
兄さまとカルロス王子が虚族を狩りに出かけ、私をなかなか手離したがらない領主夫人の説得や、部屋の割り当てなど、慌ただしく時が過ぎた頃、外には完全に闇に落ちた。
ヴン、と胸に響く気配がする。
「ちかい」
「いるな」
「旅の宿でも感じていたからいまさら驚かないけど、確かに気配が濃いね」
虚族は山のそばに多いと言われるけれど、辺境ならどこにでもいる。
町にも出るから、家一つ一つが、ローダライトを使って虚族よけをしているのだ。
それでも、人の住んでいるところは、ハンターがまめに狩りをしているからか、数は少ない。
本来なら、運がよければ、外に出ていても虚族に会わないこともあるくらいだ。
私は、割り当てられた二階の部屋の窓を眺めた。
「おそとをみてみたい」
「わたしもだ」
「ちょっと待ってくださいよ。安全を確認しますから」
家の中では護衛業務は基本的にお休みのハンスだが、旅先では丸一日が勤務である。
後でお父様に、手当てをはずんでもらわなければなるまい。
「うわっ!」
窓から外をのぞいたハンスは、思わずというように後ろに飛びすさった。
その後、慎重に窓に近づき直し、外を確認したうえで、振り返った。
「すぐそこにいますよ、二階なのに。本当に見ますか」
「うん」
私もニコもしっかり頷いたので、ハンスが窓の下に椅子を用意してくれた。
椅子の上に立つと、すぐ外が見える。
暗いはずなのに、月明かりのせいか、山の稜線が遠くにくっきりと見える。
そこから下に目を移すと、屋敷の周りにはいくつものテントが張られている。
昼間ほどではないが明るいのは、そこかしこに明かりの魔道具が置かれているからだ。
「ああ、これはおそろしいだろうな」
ニコの言う通りだ。
あえて目に入れないようにしていたが、テントの周りは、まるで牧場で何かを飼っているかのように、大きい生き物や小さい生き物がたくさんうろついている。
その中に人がいて、平然と歩いているように見えるのは、それが虚族だからだ。
目線を上げると、バルコニーの手すりには、夜なのにたくさん鳥がとまっている。
正確には止まっているように見えるだけだが、そのうつろな瞳は、窓の中の私たちをじっととらえて離さない。
「これはたいへんだ。こんなに小さいきょぞくばかりでは、いくらたおしてもきりがないもの」
後ろで同じように窓をのぞきこんでいたマークが、ぎょっとしたような気配がする。
「そうか、そこも問題なのか。まったく思い至らなかったよ」
山が焼けた後に、虚族が増え始めたとジャスパーは言っていた。
それはつまり、山から虚族が降りてきたということだ。
そして、小さい虚族ばかりということは、生まれたばかりの虚族ということか。
そこまで考えて、私はぞっとした。
辺境を旅してみて、虚族が、岩場の多いところや山から出てくるらしいことはわかった。
出てくると理解はしていたが、虚族が生まれるという発想は今までしたことがなかったのだ。
「山のいきもののいのちをすって、ほんとうはすこしずつ大きくなるはずだったきょぞくが、山にいきものがいなくなったから」
私のつぶやきを、ニコが引き継いだ。
「小さいまま、ここまでやってきたと、そういうことか」
窓の外にはうつろな目の鳥がいる。
部屋の中は、物音ひとつしない。
「リアに、なにができるだろう」
かわいいだけでは、領主夫人の癒しにしかならない。
考えなくちゃ。
ジャスパーのために、ロークのために。
そして、私たちのために部屋を空けても、文句ひとつ言わずに歓迎してくれたグレイソンの民のためにも。




