小さい箱と大きい箱
『異世界でのんびり癒し手はじめます』コミックス6巻が6月17日、
『転生少女はまず一歩からはじめたい』コミックス8巻は6月12日発売しています。
コミックス、おもしろいですよ!
トントンと。
ドアをノックする音が大きく響いた。
「食事がお済みでしたら、物資の贈呈式のために、大広間にお越しいただけますか」
兄さまとカルロス王子が来た時にもやったらしい。
ネヴィルにいた時、カルロス王子は、自分が何のために王になるのか、明確には答えられなかった。
後で同じことを聞いたニコは迷わず、民のためと答えたというのに。
私たちがここに来たのは、友のためでもあるが、民のためでもある。
だが、同時にこれがボランティアではないことも、私は理解している。
カルロス王子にとっては、跡継ぎの地位を盤石にするため。
キングダムの立場としては、自分たちにとって都合のいいカルロス王子を、確実に推すため。
そしてオールバンスとしては、いずれ魔道具の販路を広げるため。
ならば、物資を運んできたことを、領民に大々的に知らしめることは必須である。
民の間に、キングダムとカルロス王子のつながりが拡がれば広がるほど、第二王子に取って代わられる可能性が低くなるからだ。
キングダムとしても、ファーランドの民の好感度を上げるのはマイナスにはならない。
「ナタリー、ハンス。じゅんびはいい?」
「はい」
ナタリーが、結界箱を準備する。
「はい。お前ら、リア様を死んでも守れよ」
ハンスも結界箱を分担して持ち、ニコの護衛たちをじろりとにらんだ。
贈呈式の間だけ、ハンスは私の護衛を外れて、大事な結界箱を運ぶ役割を持つ。
ナタリーが三個、ハンスが五個。
そう、ぎりぎりだったが、結界箱用のマールライトの変質は間に合った。
シエナに不審がられても、午前中の時間を確保したかいがあったというものだ。
そして、大きな結界箱を持つのは、マークだ。
「ルークがいたら、止められたかもしれないね」
本当はファーランドの王家にあげるはずの大きな結界箱を勝手にここで使うことになるのを、まだ兄さまたちには話していない。
「兄さまはとめないよ。でも、カルロスはとめたかも」
「そうだね。私たちだけを残して虚族を狩りに出るなんて、ルークもカルロスも、それにジャスパーもまだまだ甘いよね」
ジャスパーと一緒にグレイソンに旅立った時と同じだ。
兄さまもカルロスも、自分にできることをしようとして一生懸命で、周りを見る余裕がない。
だから、私たちが、ファーランド王家に用意した大きい結界箱を、グレイソンに貸し与えようとしてることを兄さまたちは知らないし、私たちが小さい結界箱を八つも用意したことも知らない。
「大きい結界箱については、後で大問題になるだろうね」
マークがククッと笑った。
「グレイソンがしかられる?」
「カルロスがしかられるのか?」
私とニコの心配そうな顔に、マークは首を横に振った。
「まだあげてもいないものを、どう使おうと自由だろう。王家にたどり着くのが数か月遅れただけだ」
だが、マークのもう一言は、私の背筋をひやりとさせた。
「ただ、ファーランドの王家は、揺れるかもね」
この部屋に、ファーランドの者が誰もいなくてよかった。
「それにしても、この結界箱、重すぎないかい?」
両手で抱えるほどの箱だもの、重いに決まっている。
「がんばれ」
「あーあ、冷たいね」
大変貴重なものを抱えつつ、私たちは大広間に向かうのだった。
「みんな! こちらに注目してくれ!」
大広間の壁際の一段高いところで、領主が大きな声を出す。
時にはダンスパーティもするだろう。
いざというときは、民の避難所にもなる。
そして、まさにその役割通り避難場所となっている大広間には、本当にたくさんの民が集まっていた。
私はといえば、領主夫人の腕の中からその人々を見下ろしている。
注目してくれも何も、部屋に入ったときから注目されまくっていた私たちだが、ざわざわしていた部屋は、領主の一言でしんと静まり返った。
「カルロス殿下と共に、キングダムのルーク・オールバンス殿が支援に訪れてくれたことは皆の記憶にも新しいと思うが」
その領主の言葉に、好意的なざわめきが起きる。
その様子から私は確信する。
来ただけではない。
兄さまは、精力的に、グレイソンの民のために動いたに違いない。
「そのルーク殿の妹御のリーリア殿だけでなく!」
領主が指し示した私に、一斉に注目が集まり、ほうっというため息と、なぜか笑い声が広間に広がる。
私の愛らしさに感銘を受けたのだと思っておこう。
本当のところは、兄さまと同じ色合いに驚いただけかもしれないし、領主夫人に抱っこされているところが受けたのかもしれないが。
「ハルフォードから、シエナ殿と!」
シエナが軽く膝を折って挨拶すると、シエナのことは知っている人が多かったのか、これも好意的な反応が返ってくる。
ハルフォードのお転婆姫という声が聞こえてきたのは、聞こえなかったふりをするべきだろうか。
「キングダム第一王子が一子、ニコラス殿!」
すかさず、マークがニコを抱き上げる。
広間に入ってきた時、ニコも目に入っていたはずなのに、改めて民から驚きの声が上がる。
金色の髪に金色の瞳は、まったく見たことがない色合いだからだろう。
「そして、キングダム四侯の跡継ぎである、マーカス・モールゼイ殿!」
マークが、ニコを抱いている反対側の手を挙げて見せると、広間は一瞬の沈黙ののち、今日一番の驚きの声が上がった。
「まあ、私が四侯だとは思わないよね」
苦笑するマークの、冬雲のような灰色の髪と瞳はとても珍しいのだが、一見すると目立たないものだから、四侯と知って驚いたのだろう。
「ありがたいことに、息子のジャスパーを友と呼んで、支援に来てくださった。もちろん、カルロス殿下とも親交が深いそうだ」
さりげなく、自分の息子と、カルロス王子とのかかわりを強調する言い方、悪くないと思う。
ますハルフォードから、シエナが運んできてくれた物資が紹介される。
生活に欠かせない食料品が主なものだ。
それから、ネヴィルから預かってきた物資。
同じ北の国だけあって、防寒に必要な毛布や服などが多く、これも歓迎された。
「それから、オールバンスとモールゼイからも支援があるということでしたが、既にルーク殿から結界箱を貸していただいております。これ以上は過分かとも思うのですが」
何を支援するとも言っていないし、ものも渡していないので、領主も戸惑い気味である。
ちなみに、結界箱に使うマールライトは私とニコ作ではあるのだが、材料費と魔石のお金はマークが出してくれることになったので、二家からということになっている。
「ハンス、ナタリー」
私が声をかけると、控えていた二人が部屋に現れた。
「そ、それはもしかして……」
そう、結界箱である。
お盆を借り、きれいな布をしいて、ハンスが五つ、ナタリーが三つ、厳かな感じで、捧げ持ってきてくれた。
「結界箱です。急いで作らせたものなので、武骨で申し訳ありませんが、性能は保証します」
私の代わりにマークが説明してくれた。
「また、私たちがいる間は、魔石への補充もできますので、既に結界箱をお持ちの方は気軽にお申し出ください」
現役四侯からの、魔力の大盤振る舞いである。
「気軽になんて無理無理。そもそも今ある結界箱なんて、ルークさんが持ってきてくれたものがほとんどだよ」
一見すると不満にも聞こえる声があがる。
だが、無理と言う割には、気軽にかけられた声からは、不満ではなく笑いが感じられ、つられて広間には温かな感謝の声が広がった。
「これで夜にも作業ができる……」
「ハンターが来てくれるかもしれない……」
そういえば、ハンターの泊まるところがないから、来てもらえなくてそれも問題だと聞いたような気がする。
それならば、ニコのこれは本当に役に立つだろう。
「本当にこれは……。何と言っていいか……。感謝いたします」
私を抱く領主夫人の腕にも力が入った。
「なんてこと……。こんな幸運があっていいんでしょうか」
冷静を保とうとしているのがわかるが、声が震えている。
それなら、結界箱を作った私が保証してあげよう。
「いいんだよ」
「まあ、この子ったら」
大広間は笑いに包まれたが、湿っぽいよりそっちの方がずっといい。
「では、わたしからは、これを」
いつの間にか、ニコはマークの腕から降りて、一人で椅子の上に立っていた。
ここに来るまでマークが抱えていた大きな結界箱は、今はニコの護衛が捧げ持っているが、領主は戸惑っている。
「これはいったいなんでしょうかな。中を見ればよいのでしょうか?」
私から見ると、単純に大きい結界箱に見えるのだが、世の中のほとんどの人は、こんなに大きな結界箱があるということすら知らない。
確かに、領主の言う通り、むしろ小さ目の宝箱というか、大事なものをしまっておく箱のようにも見える。
「マーク、ふたを」
「ああ」
マークが厳かに蓋を開けると、そこには輝く三つの魔石が配置されている。
「魔石、ですか。確かにありがたいが」
ここまで見せても、結界箱だとわからないのが普通なのだ。
「これも、けっかいばこだ」
「結界箱? まさか」
まさかと言う領主の顔に、はっと何かを思い出した気配が宿る。
「ウェスターの領都は今、週末のみ町全体を覆う結界が張られていると言う。まさか……」
「そう、それと同じものだそうだ。これ一つで、ここディーブルの町をよゆうでおおえる」
「なぜ、そんなものがここに?」
喜びよりも驚きが先に立ったのだろう。
領主からは感謝ではなく疑問の声が発せられた。
領民も、何が贈られたのか、ニコの説明を聞いても信じられないようだ。
「少しながいはなしになる」
まだ五歳のニコだが、語り部としての素質もありそうだ。
その落ち着いた話しぶりに自然と皆が耳を傾ける態勢に入る。
「カルロスでんかは、わがキングダムに、一つの小さなねがいをもってやってきたが、ざんねんながらそれをかなえることはかなわなかった。そのねがいの代わりに、父上がもたせてくれたのがこのけっかいばこだ」
カルロス王子が何をしたのか曖昧にしたまま、なぜ結界箱が運ばれてきたのか上手に説明できている。
「これはカルロスでんかをとおして、ファーランドへとおくられたもの。もちろん、国王へいかにてわたすはずのものである」
「それはそうでしょうとも。さすがに受け取れません。これはすぐ領都に送るべきものです」
驚いていた領主も、正気に返ったという顔である。
「だが、かんがえてみてほしい」
ニコは椅子に立ったまま、領主に語りかけた。
その様子を、誰もがかたずをのんで見守っている。
もちろん、私もだ。
「わたしがりょうとに行って、国王へいかにこれをてわたしたとする。へいかは、なんとおっしゃると思う?」
「なんとおっしゃるか、というと……。感謝でしょうか」
「ちがうな。たとえば、私の父上なら、こう言うはずだ」
ニコは力強い声で続けた。
「なんと! 町をおおえるけっかいばこか! ちょうどよかった! 今、それをひつようとしている町がある!」
両手を広げてそう話すニコは、確かにランバート殿下にそっくりだった。
「すぐにグレイソンへおくるよう、てはいせよ! ニコラスどの、こたびはほんとうにかんしゃする、とな」
「おお……」
と声を出したのは、領主ではなく、集まった民だった。
ニコの言葉は、確かに民が思う王そのもので、だからこそ説得力があった。
領主はと言えば、少し苦い顔をしている。
山火事で助けを求めても、自領でなんとかせよと言う王が、こんな貴重なものを貸し与えるはずがないとわかっている顔だ。
「キングダムみたいに、ずっとつかうわけじゃないの。ウェスターでは、しゅうまつのよるだけつかってたよ。グレイソンなら、まいにち、よるだけ。いえをたてなおしたら、王さまにかえせばいいでしょ」
私も、ウェスターでの経験をもとに、夜だけ使うやり方を提案しておく。
私たちの支援の中身をあらかじめ確認しなかったせいで、町の人は既に結界箱の存在を知ってしまっている。
ニコの語りにより、まるでこの国の王様が喜んで貸し与えてくれたような雰囲気になってしまっているし、結局は大きい結界箱を使わざるをえないのではないか。
グレイソンは後で苦しい立場になるかもしれない。だが、今を救えなくては、後どころの騒ぎではないのだ。
「大変すばらしいものを貸し与えていただいた。これらの使い方については、よく相談のうえ決めていくから、今しばらく、耐え忍んでほしい」
領主の言葉で、支援のパフォーマンスは終わった。
今回、私はかわいいだけであまり活躍していないなとふと思ったが、ここに来るまで魔石の変質を頑張ったから、もういいだろうとも思う。
明日、兄さまに叱られるかもなと思いながら、先にベッドで休んだ私である。




