焦げた匂い
「転生少女は先ず一歩からはじめたい」コミックス8巻、6月12日発売しました!
休憩で竜車を降りると、いつもと何かが違う。
私はクン、と風の匂いを嗅いだ。
「こげたにおいがする」
「どれどれ」
ニコも顎をあげて、風の匂いを嗅いでみている。
「なにかかわったにおいがする。きおくにはあるきがするが、これがこげたにおいなのか?」
「そう」
なぜニコはわからないのか不思議に思ったが、そういえばニコは、以前はお腹がすいたという感覚も知らない子だった。
つまり、焦げた匂いを嗅いだ経験がないのだ。
「ほら、パンをやきすぎたときとか、におうでしょ」
「パンとは、やくものなのか」
「そこからか。ええと、ほら、ミルスこで、さかなをやいたときとか」
「ああ。あのときのにおいか!」
匂いと記憶がつながってよかった。
「私も焦げた匂いかどうかわからないよ。だが、不快な匂いだね」
マークでさえこれである。普通に貴族の生活をしていたら、焦げた匂いなどわからないのかもしれない。
「あそこに見える山が火事になったんですね。全部ではありませんが、半分近く焼けてしまったように見えます」
シエナが指さす先には雪に覆われているのか白い山が連なっている。だが、右半分が黒と白のまだらのように見えて、そこがおそらく山火事になったところなのだろう。
全部焼けてしまわなくてよかったというべきなのだろうが、間近で見る山火事の跡を見ると、心の底がしんと冷えるようだった。
街道沿いに、人や竜車の行き来はある。
だが、昼をだいぶ過ぎたせいか、休憩している私たちを珍しそうに眺めながら通る人も竜車も急ぎ足だ。
「普段よりも竜車の数が少ない気がします。虚族から身を守るところがないせいでしょうか」
「そうかもしれないね。あそこに見えているのが、目的地のディーブルだろう。わたしたちも急ごうか」
休憩を短めに切り上げて、しばらくすると竜車の速度が落ち始めた。
なにがあったのかと顔を見合せていると、竜車は止まってしまった。
「子どものこえがするぞ」
外の気配に気づいたのはニコだ。
トントンと、ドアを叩く音と同時に、ハンスの声がかかる。
「リア様。ニコ殿下。落ち着いて話を聞いて、飛び出さないでくださいね」
「まずそれ?」
何があったかでもなく、外に出る許可でもなく、ましてやマークに話しかけるでもなく、それなのかと思ったとしても仕方ないだろう。
だが続く言葉に、その真意を理解した。
「ローク様です」
「ローク?」
「ローク?」
私とニコは顔を見合せると、ピュッと立ち上がってドアに走り出そうとしたが、出られなかった。
「はい、ダメダメ。ハンスに言われただろう。飛び出さないでくれって」
マークが両手を開いて通せんぼしているからだ。
「でも、ロークだよ?」
「ジャスパーのおとうとだぞ?」
「なるほど。ありがとう。おかげでよくわかったよ。領主の子どもが、出迎えに来ているというわけだね。では、挨拶に出るか」
マークだって出ていいとは言われていないのにと、ちょっと頬を膨らませたが、おとなしくマークに付いていくことにする。
「私は顔見知りです。私もマーク様とご一緒に出ます」
おっと、シエナにも先を譲らねばならないようだ。
私は久しぶりの再会にワクワクしながら二人の後について階段を降りる。
「おやおや、確かにジャスパーにそっくりだね」
マークの声には驚きが混じっていた。
気になってマークの後ろからひょこりと顔を出すと、そこには確かにロークがいた。
だが、二年の年月は、まだ幼く見えたロークを少年に変えるのに十分だったようだ。
少し違和感があるとすれば、平民と同じような格好をして、手には籠を抱えているところだろうか。とても迎えに来る服装ではない。
「グレイソンが次男、ロークと申します。草つみをしながら、キングダムの皆さまが来るのをお待ちしていました」
あのいたずらっ子だったロークが、胸を張ってしっかりと話している。
そしてマークから一瞬目をそらすと、片手をあげて誰かに合図した。
そちらを目で追うと、ロークと同じか、それより小さい子たちが何人もいて、皆、手に籠を抱えている。その中の一人が、ロークに合図を返して、町のほうに走り始めた。
「先ぶれです。おれたちは、いえ、私たち年少の者は、力仕事はできないので、こうして野に出て草つみをしているんです。でもよかった」
ロークはにこりと笑みを浮かべた。
「そろそろ帰る時間だったんです。夕方になる前には、町にもどっていたいから。さあ、みんな、あいさつをしたら町に戻るよ!」
ロークの声と共に、小さい子どもたちは不器用に頭を下げて挨拶をした。
「ローク……」
私がおずおずと声をかけると、ロークの緑の瞳がキラキラと輝いた。
「リア! ニコ! こんな時だけど、来てくれてありがとな! おれ、また会えてうれしいよ!」
「ひさしいな! 元気そうでよかった!」
私とニコが駆け寄ると、ロークは本当に嬉しそうに笑った。
「おいおい、私にも自己紹介させてくれよ。ローク、私はマーカス・モールゼイ。少しだけど、物資を持ってお邪魔にきたよ」
「ありがとうございます。シエナも!」
「うちからの物資も持ってきたわよ」
「ありがとう! おれはみんなと歩いて帰るから、できれば急いで、先に行ってください」
このしっかりした子が本当にロークだろうか。
「リアも歩いていきたい」
「わたしもだ」
幸い、町はだいぶ近いところにある。
「俺と殿下の護衛と、竜車一台で残ります。マーク様は先に行ってください。ルーク様が気をもんでいると思いますから」
ハンスが口添えしてくれたので、なんとかなりそうだ。
「リアがいないほうがルークは気をもむと思うけどね。それから、カルロス殿下もいることを忘れずにいておくれ」
マークは私たちを心配しながらも、シエナと一緒に先に行くことにしてくれた。
二日前のシエナだったら、子どもたちだけを置いて先には行けないとごねたと思う。
幼いだけではなく、キングダムの王子と四侯に何かあったらどうするのかと。
だが、今回は私たちがしたいということを尊重してくれたし、マークが認めるなら仕方がないという姿勢だった。
少しは心が通い合ったのかと思う。
「だけどさ、リア、ちゃんと歩けるのか? あのころはよちよちしてたじゃん」
「よちよちしてない! あのときも、いまも!」
私はふんとそっくり返った。
「あ、うで組みはできるようになってるな」
「うでぐみも前からできてたもん」
ハハハとロークの笑い声が響く。
「じゃあ、みんなで出発だ!」
他国の王子と姫がいることより、後ろから護衛と立派な竜車が付いてくるという、めったにないできごとに子どもたちは大興奮だ。
ハンスだけでなく、他の護衛の周りも走り回ったりして、にぎやかなことこの上ない。
「このたびはたいへんなことだったな」
グレイソンが火事で大変だったから、手助けに来たのだった。
ニコの言葉を聞くまでそれを忘れそうになっていた私である。
「うん。おれ、本当にこわかったよ。夜になっても、山が赤いんだ。それに、いつ町に火がくるかわからなくてさ。けっきょく、町ももえちゃったんだけど」
「そうか」
「町に火が来るまで時間があったから、家財や食べ物なんかは、ひなんさせることができたんだよ」
「それは、ごりょうしゅがけいがんだな」
「けいがんってなんだ?」
ニコの賢さも、ロークの素直さも変わらない。
「まあいいや。意味はわかんないけど、ほめ言葉なんだろ。でも、やっぱり一番こわいのは、虚族なんだ」
ロークは不安を目に浮かべて、空を見上げた。
「虚族なんて今まで見たことなかったけど、ここさいきんで、たぶん一生分、見たと思う」
「ジャスパーも、きょぞくがふえていると言っていたな」
「そうか、兄さんの話、ニコもリアもきいたんだよな。あれ? リア?」
申し訳ないが、私は二人の背中を眺めるだけである。
ロークは慌てて左右を見渡し、自分の後ろでやっと私を見つけてくれた。
「はあはあ言ってるじゃん。そっか、よちよちしてないけど、まだ三才か」
「もう、四さいだもん」
歩くとは言ったが、さすがに小学生男子くらいの男の子についていくのは無理だった。
だが、私の周りには、ロークより小さい子どもたちが一緒にいてくれて、寂しくはない。
「みんなといっしょにいくから、きにしないでさきに行って」
「あー、だめだ。そんなことしているうちに、夕方になってしまう。ほら」
ロークは私に背中を見せてしゃがみこんだ。
「みんなで交代でおんぶしていくから」
「わあ、ありがとう!」
歩けると意地を張ることもできたが、私は人の親切は断らない主義である。
おんぶが楽だとは思わないが、少なくとも、誰かの背中に負ぶわれるのがとても楽しいのは知っているので、喜んで背負われることにする。
「おとながしないのー?」
ハンスや護衛が手を出さないことを疑問に思う子どもが素直にそれを口にした。
「よっこらせっと」
ロークは私を重そうに背負うと、質問をした子にニヤリと笑った。
「ごえいはな、いざというときのために、両手をあけとかなきゃいけないんだぜ」
「かっこいい!」
子どもたちの憧れの視線を集めるハンスたちが、どんな顔をしているか見てみたかったが、それより私は、ロークの成長に感動していた。
私のかっこいいという声は、ロークに進呈したい。
「つぎはわたしか」
ニコが隣で私をおんぶしようとワクワクしているが、正直、共倒れの未来しか見えない。
「ニコは何才だ?」
「今年のなつで六さいだ」
「おしいな。おんぶできるのは七才以上にかぎるんだ」
「それはざんねんだ」
ありがとう、ローク。




