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足がかり

「おまたせ!玄関に隠しといたんだ。」


家の主は手に2人前の箱詰めの寿司を持っていた。

部屋の扉は閉め、小声で話しているので、今なら階下には聞こえない。


「こっそり一緒に頼んだんだよ。オレの自腹だ。」


特上寿司2つも頼んだのだろうか。


「とくじょー!?」


相手に寿司の種類を聞くことは値踏みしているようで失礼になるが、

親しい間柄ならその限りでは無いし、キドラは家の主と十分親しいと思っているのだろう。


「もちろんだよ。」


「やったー!」


いくら、玉子、甘海老、うに、大トロ、中トロ、車海老、穴子、帆立、鯵、鉄火巻き。

どれも美味しそうだ。


「ありがとう。礼を言う。」


「良いって!必要経費だよ。」


高校2年生にはそれなりの出費だろう。

家の主は思っていたより本気で俺達の事を守ろうとしてくれているらしい。


「いただきまーす!」


「えっと…Tシャツどれだっけ。」


しかし少し気が動転しているようだ、でもそれでより必死で守ろうとしてくれているのが伝わる。


「君、これだ。」


「あ、ありがとう。じゃぁまた後でね。」


いつもはあまり家の主とは話さない俺が、ましてやTシャツの場所を教えてきたから少し驚いているようだ。


”Tシャツの場所もう忘れてたね。”


家の主が再び扉を開け放ち、階下に戻るとキドラはまたホワイトボードでのやり取りに戻る。


”頭が真っ白って感じだな。”


「おまたせ、似合う?」


「似合ってるよ。」


どうやら兄がテレビを見始めたらしい。バラエティ番組の騒がしい音が聞こえて来た。

しばらくすると、会話が途切れた。


おそらくもう何も起きないだろう。

そろそろ俺も寿司を食うか。


ネタの甘みで幸福感が訪れ、たっぷりのった脂が口を潤してくれる、

口に入れてちょっと力を入れればほぐれるほど絶妙な力加減で握られたシャリが脂を中和して、

最後に口の中をふわっと駆け巡り味をリセットしてくれるワサビ。


なるほど、日本食の代表というのも納得だ。


寿司の美味さに感服していると、スマホに着信があった。

家の主のスマホだろうか?。


「あ、オチアイだけど。」


これは、兄の声だ。

どうやら着信があったのは、兄のほうらしい。


「そうそう、よろしくー。」


「大学から?」


やけに短い用件だった。

母親が研究に没頭する息子を案じたのか、そう聞いた。


「うん、今度研究室に編入になった人から、ストウさんって女の人。」


「彼女ぉ?」


母親はやや息子をからかう口調で聞く。


「まさか、彼女はもう結婚しているよ。とっても優秀だよ。」


「あーら残念。」


母親はちょっとふざけているようだ。


しばらく他愛の無い話をしていたようだが、

家の主はどことなくぎこちなかった。


「そろそろ行かなくちゃ、2人の顔が見れて良かった。」


長い間フィギアケースでじっとしていると、時間間隔がうやむやになるが、

もう夕方らしい。母親が仕事に戻る時間だ。


「じゃぁおれも大学に戻ろうかな。

また寿司が食えるとき呼んでよ。」


兄もおそらく忙しい合間を縫って戻ってきたのだろう。


「今度はミノルが美味しい手料理振舞ってくれるって。」


「え?寿司握るの?」


「いなりでいい?」


家の主は2人が戻る時間になった事にいつもなら寂しいのだろうが、

今はほっとしたらしく、いつもの口調に戻っている。


「母さんはそれ大好きよ。じゃ、行くわね。」


「おれも行くわ、じゃ。」


2人合わせて家を出て行った。


家の主はそれをたっぷりと見送ってから、

2階に戻ってきた。


「もう出ていいよ。」


「トイレー!」


キドラはそれを聞くとほぼ同時にトイレに駆け込んで行った。

途中からあまり喋らなくなったが、ずっと我慢していたのだろう。


「なぁ…ミノル。」


「なんだい、あらたまって。」


俺が急に畏まった口調になったからだろうか。

ミノルは少し意外そうな顔をした。


「前に”帰れるあてが無いことも無い。”と言ったのを覚えているか?」


「もちろん。」


当然だろ?とでも言いたげだ。


「実は2人だけの力じゃ難しい事が解った。

この国のJASROという機関と何としてでも繋がりたい。」


「JASROって、あのJASRO?」


ミノルはやや呆気に取られた顔をする。


「そうだ。その為にも京北大学の宇宙工学学科の人間と1日も早く繋がりたい。手伝ってくれるか?」


「それは良いけれど、京北大学ね…心当たりが無いな。

大学のことなら大学生の兄貴の方が詳しいと思うけど。」


ミノルは今度は少し難しそうな表情になった。


「聞いて頂けるだろうか。」


「メール…よりも直接電話した方が良いよね。

同じ研究室の人にもなんか聞けるかもしれないし。」


ミノルは思ったよりも、自分から提案をしてくる。

今日一日で感じ取った通り、俺達の為に何かしなくちゃ、と考えているらしい。


「すまない。」


「良いって、それじゃ今からかけるよ、善は急げって言うでしょ。」


「なんだか、急かしているようで、悪いな。」


ミノルがその気で無いのなら、明日でも良いと思っていた。

強要するのは相手にとって失礼だ。

良い結果だと嬉しいのだが、俺は電話の内容を固唾を呑んで見守る。


「お、どうした?」


「ちょっと聞きたい事が合ってさ。」


「なんだ?金の無心なら他当たってくれ。」


「違うって!からかうなよ。進路相談だよ。」


「ずいぶん急だな。」


「実はさ、宇宙の事に感心があって出来れば、京北大学の宇宙工学学科に進みたいな、って思ってるんだ。」


「京北大学か、最難関じゃないか。赤門をくぐるのは、並大抵の努力じゃ済ま無いぞ?」


「それでさ、京北大学の知り合いとかいる?」


「そうだな…あ、さっき電話して来たストウさん、彼女は京北大学の宇宙工学学科卒のはずだよ。」


「ほんと!?話させて」


「いや、今日は珍しくもう帰った。」


「そうなんだ…。」


「明日は来るって行ってたぞ?明日ここに来たらどうだ?」


「うん、じゃぁ明日行くよ。」


「しかし、どういう風の吹き回しだ?こんな急に。」


「いや…うん、ちょっとね。」


「今日もずっとそわそわキョロキョロとしてたぞ、宇宙人とでも友達になったか?」


「え!?」


「なんてな、冗談に決まってるだろ、大学選び頑張れよ。」


「あぁ…うん。それじゃ明日頼むわ。」


ミノルが電話を切ったので、


「どうだった?」


俺は口を開く前に、すかさずそう聞いた。


「ストウさんって人が京北大学の宇宙工学学科だから明日会いに行くよ。」


それはとても良い知らせだが、

途中で”え!?”と言っていたのが気になる。


「最後の驚愕の声は俺達に関する事だろ?」


ミノルが声を上げた瞬間、俺の方を一瞬見たからそう推測できた。


「なんか隠してるって思われたみたい。」


「慌て過ぎだ、気が付かない方が変だぞ。」


丁度その時、ミノルの携帯にメールがあった。


「あー…」


それを見てミノルは渋い顔をする。


「見当は付くが、誰からだ?」


「やっぱり母さんにもおかしいと思われてたみたい。」


”何か隠してる見たいだけど、

話せるように成ったらお母さんに話してね。”


「すまん、ちょっと気負いすぎた…もっと上手くやれたのに。」


ミノルがすまなそうな顔になる。


「ミノル、起きてしまった事はしょうがない。大事なのはこれからどうするかだ。

幸い二人とも隠し事があると勘付きはしたが、俺とキドラの事までは気が付いて無い。

だったら、問題無い。」


「そう、かな?」


曇っていた表情が少し明るくなった。


「それに京北大学の人間との繋がりが意外に近くにある事が解っただけでも大きな前進だよ。

ありがとう。」


「うん…そうだね。」


丁度そのときキドラがトイレから戻ってきた。


「どうしたの?2人とも?」


「明日、京北工業大学に行くぞ。」


俺はキドラにそう答える。


「やったー!ずっと家から出れなくて退屈してたんだ!」


行く気なんだろうか?


「ミノルだけに決まってるだろ。」


「えーっ。」


やっぱり行く気満々だったらしい。


「明日は研究室に着いたら、家に電話してくれないか。

ストウさんと直接話したい。」


その方が事が早く進むだろう。


「解った。さ、明日のことも決まったし夕ご飯にしようか?」


「お寿司ー!」


キドラもお寿司が気に入ったようだ。


「破産しちゃうよ…。

あれ?昨日1日分のジニア君のご飯は?」


夕飯の準備をしようと、

食事が仕舞ってあった戸棚の辺りが目に入り気がついたようだ。


「朝に食ったぞ?」


「4食分食べたのかい!?」


そんなに意外なことだろうか。


「食べる、って言っただろ。食いだめだよ。

それに俺は約束したことは絶対に守るよ。

美味しかったよ。ありがとう。」


「へ、へえ」


「ジニアは元の星に居たときも食いだめしてたもんね!」


食いだめは時間が無いときに便利だ。

これも研究者には必須のスキルだな。


「そうなんだ…まぁいいか。

じゃ、夕飯作ろうかな。」


なんとなくミノルは腑に落ちない顔をしたようだが、

そのまま夕飯の準備に取り掛かった。


未知の星に着てから丸2日、

ようやく足がかりが見つかった。


全ては明日だ。JASROと繋がる術がようやく見えてきた。

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