予算
キドラとジニアが来て3日目、ようやくジニアが打ち解けてくれたらしい。
ジニアは気付いているのか、いないのか解らないが、初めて名前で呼んでくれた。
やはりジニアなりに信用出来そうだ、と思ってくれた証だろう。
京北工業大学か、初めて行くけど大丈夫かな。
朝から自転車で京北工業大学に向かう。
京北工業大学、通称京工大。横向きのツバメのエンブレムで有名だ。
ベージュ色の木の道の真ん中には京北工業大学の建物がある。
レンガで組まれた5つのアーチの上には、10枚の窓が5組に離れて配置されている。
さらに5つのアーチから少し離れて建物の両端に窓が縦に4つ並んでいて、
その建物の周りには、建物の3分の1ほどの幅の建物が上に伸びており、
両側には窓が縦に3つ並んだ建物が横に伸びていた。
確か兄貴は工学科だったな。
オレは大学の案内図を見てから、工学科の研究室に足を運ぶ。
研究室を覗くと、研究室には兄貴と見知らぬ女性が居た。
この人がストウさんだろう。
「じゃーおれ奥行くから。」
兄貴はオレの姿を確認すると、研究室の奥へと姿を消した。
こちらを見てニヤニヤしているが、おちょくっているんだろうか。
「あなたがミノル君ね、私はストウ アミ。京北大学に入りたんですって?」
落ち着いていて芯の強そうな人だ。
どうやらある程度、兄貴が事情を話しておいてくれたらしい。
「はい、それと今日はどうしても友達も電話で話したいって言ってまして。」
友達とはジニアの事だ。
友達、かどうかはまだ微妙だが、並大抵の知り合いじゃない事だけだは確かだ。
「お友達は来てないの?」
当然の疑問だろう。
オレは、昨日の様に隠し事がバレバレにならない様に、必死で考えていた言い訳を言う。
「すいません、事情があって外に出れないんです。」
「そう、なら仕方ないわね。」
ストウさんはそれ以上は詮索して来なかった。
オレだったらどんな事情か聞いてしまいそうだが、行動が合理的な所が何となく理系らしい。
「すいません、まず友達からで。」
ストウさんはオレからスマホを受け取ると、スピーカーフォンにして机に置いた。
やり取りが聞こえるようにだろう。やはり合理的だ。
「もしもし、ミノル君のお友達?」
「ミノルの友達のジロウです。よろしく頼みます。」
ジニアは昨日あの後打ち合わせた通り、ストウさんに偽名を言っていた。
嘘を言う事になるのに、少し罪悪感を持っていたようだが、この場合は仕方が無いだろう。
ちなみにジロウ、はジニアのアドリブだ。
「よろしくね。」
「実は俺は、宇宙に行きたいんです。京北大学の宇宙工学学科を卒業しているという事は、ストウさんも将来はJASROに入るつもりなのでしょうか?」
名前で嘘を言うのも渋々了解していたくらいだ、この通り他の部分では嘘を言っていない。
しかし、普通は宇宙に興味津々な学生の質問にしか聞こえないだろう。
「そうよ。自分1人の力でね。」
ストウさんは”自分1人”の部分でやけに力を入れていた。
それだけ、苦労して来たという事だろう。
「それだけ頑張れたのは、やはりそれなりの理由があるのでしょうか?」
「私もそうだけどよく憧れの人が居ると頑張れると言うわね。あなたにはそんな人いる?」
不自然にならない様なぎりぎりのラインでジニアは会話を誘導している。
とても落ち着いていて、考えながら話している様子もない。
とても、オレには出来そうもない。
「JASROの種子島宇宙センター所長のコウデラ ツヨシ。彼が俺の憧れです。
彼が学生時代に出した論文は全て優秀です。特に”有人宇宙機を想定した熱耐性試験”は大変面白かったです。」
いったいいつの間に論文まで読んだのだろうか?
兄貴のパソコンを使ったのだろうが、JASROや京北大学といったこの国の事を知っていた事といい、ジニアはいつの間にか何でも知っている。
「そう、論文まで読んだの。」
「彼には1度は会ってみたいです。」
おや?。
ジニアの今の言葉でいままでほとんど無表情でやり取りをしていた、ストウさんが、一瞬だけ表情が変わった。
いったいどうしたのだろうか。
「JASROなら子どもの頃何回か言ったわ。それで私も宇宙に行ってみたい、と思えたの。」
あいにくオレはJASROに行った事が無い。おそらく行った事の無い人のほうが多数派であろう。
この国を代表する研究機関だし、なんだかんだでオレも行ってみたいのは事実だ。
「そうなんですか。宇宙にはまだまだ解らない事が沢山あります、この星の有人探査はまだほんの入り口に立ったばかりです。
宇宙を探査する事で液晶画面越しからではなく、直接宇宙の様子をより詳しくみんなに伝えたいのです。
その為には人一倍努力しなければいけない事も知っています。
だからこそ、それを成功させた、JASROのコウデラ氏にあって話を聞きたいのです。」
この3日間で感じ取った通り、ジニアはやはりとても真面目だ。
言葉を選びながら絶妙に嘘にならない様にしている。
「JASROのコウデラ、ね。JASROに行けば会えると思うわ。」
「急に行って会えるものなのでしょうか?」
種子島宇宙センター所長だ。ジニアが心配している通り、言うまでもなく、忙しいだろう。
「そう…ね。そんなに会いたい?」
まただ、さっきジニアが”彼には1度は会ってみたい”と言った時と同じ様な微妙な表情をした。
「1度でいいから会ってみたいのです。」
「解ったわ。あそこには小さい頃からの知り合いがいるから、伝えておくわ。それで大丈夫だと思うから。」
ジニアに根負けしたのか、ストウさんはJASROの知り合いに連絡を取り出した。
顔見知りがいる程、何回も行っているのか。
「そこまでして頂けるなんて、本当に嬉しいです。」
彼女の行動は流石のジニアにも予想外だったようだ。
恐らくジニアは電話口からオレが覚えた違和感を読み取り、藁にもすがる思いで、もうひと押ししたのだろう。
「あなたの情熱に負けたわ。私も頑張っているけど、あなたも頑張ってね。」
「はい。ありがとうございます。」
「いつ行きたいの?」
「その術さえ整えば、すぐにでも行こうと思っています。」
東京から種子島、早い方法なら飛行機だが…。
いよいよ本当に破産するかもな。
「ずいぶん思い切った事をするわね。解ったわ。」
「お手数をお掛けしました。」
「いいのよ。私も後輩になるかもしれない人をほっとけないもの。…連絡したわ、受付で私の名前を出せばいつでも会えると思から。」
ストウさんは物凄い早さでメールを打った。
オレも遅いほうでは無いが、彼女の半分位の速度しか多分出せない。
工学系だからこういうのにも強そうだ、というのは偏見だろうか。
「本日は俺の夢を叶えて頂いて、ありがとうございます。」
「大学受験頑張ってね。」
「宇宙へ行けるように努力します。」
ストウさんはジニアが電話を切ったのを確認すると、オレにスマホを返した。
「じゃぁ次はミノル君ね。」
「あ、さっきので聞きたい事はもう聞けました。ありがとうございます。」
正直進路の事なんてまだ考えてもいないオレには何を聞けばいいのか解らないし、ジニアの聞きたい事だけで十分だ。
「そうなの?勉強法とか聞かないのね。」
「同じ目標を持つ2人で頑張って行きたいと思います。」
あくまで落ち着いて対処する。
要は、隠そう隠そうと思うから駄目なんだ。
嘘を付かずに、堂々と話していれば問題無い。
ジニアみたいに。
「それもそうね。ジロウ君によろしく」
「ジロウ?。あぁ!ジロウね。よろしく言っときます。」
危ない危ない。ジニアがジロウって名乗ったの忘れかけてた。
ジニアみたいにアドリブが効かないな。
「本日は貴重なお時間を取らせて頂いてありがとうございました。じゃぁ、失礼します。」
オレは足早に帰路に付いた。
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「片道でも1人6万、3人なら18万か…。」
飛行機のチケット代を調べてオレは絶望する。
ここまで来たのに、高校2年生にはとてもじゃないが手を出せる金額じゃない。
「お金無いのー?」
キドラが机に顎を乗せながら聞く。
「先日、ミノルには俺達を隠すために、かなりの出費があったはずだ。
流石にそんな金額を負担させる訳にはいかない。」
はなからそんな金額持ってません。
「夜行バスでも鹿児島まで2万、3人で6万くらいか、それでも高過ぎるな。」
昨日の騒動で貯めていたお小遣いは正直使い果たしてしまった。
「宅配便なら、50cm×40cm×70cmが2つだから…ぎりぎり詰めて5000円くらい?。」
オレは苦肉の策で到底実現できそうに無い、アイディアを口にしていた。
「やだよー。そんなぎゅうぎゅうな旅行なんてー!」
「そうだな。それに、生き物送って大丈夫なのか?」
案の定、前途多難だ。
「じゃぁ、ジニアとキドラに悪いけど、手荷物扱いなら1人分の料金さえ工面できれば、なんとか。」
「いいぞ。と言いたいところだが、80kg近い荷物を運んで種子島まで行くつもりか?」
「無理です…。」
登山部にでも入っていればOKしたのかも。
「夜行バスなら2万円か、このあたりの平均時給は1000円程度。夏休みだから1日8時間働けば3日だ。」
「3人で働くって事かい?」
出来るだけ人目に付かない様に行動していたであろうジニアの発言とは思えない。
それほど、彼も気が急いているのだろう。
「3人で働けば、手間も3分の1で済む。問題は俺とキドラか。履歴書だけでなんとかなるだろうか。」
ジニアは考えながら話している。こんなジニアを見るのは初めてだ。
流石のジニアも金銭面の問題だけはどうしようも無いんだな。
「お外で働くのー!?」
一方キドラは楽しそうだ。
「顔がばれない様に…難しそうだな。それに皿も洗えなかったくらいだ。手伝うとは言ったもののまともな仕事が出来るのだろうか?」
お皿を洗えなかったことは彼なりにトラウマになっているのだろうか。
少し自虐的に感じる。
「肩車するー?」
「途中で体力が尽きて落ちるのが目に見える。」
ましてや彼らは手が短い。肩車もしにくいだろう。
「内職だと時給が4分の1、かかる時間も4倍だね。嫌だろうけど、宿題代行とか株取引は?」
4倍なら12日。いくらなんでも時間が掛かりすぎる。
「宿題は自分でやるものだ。株は失敗したときのリスクの大きさを考えると、堅実な手段とは言えない。」
ジニアの性格だから断ることは予想していたが、駄目元で言ってみた。
「ジニアならそう言うと思ったよ。」
「暗礁に乗り上げたな。」
ジニアもいよいよ暗い表情になる。
「え、行けないの?」
キドラは半べそをかいている。
「オレももう思いつかない。」
まさかこんな所で躓くなんて、いや、今まで上手く行き過ぎてたのかもしれないけど、
こればかりはどうしようも無い。”お金”の問題。
どうしたらいいんだろう。
「時間は掛かるけど仕方が無い。バイトしよう。」
消去法で考えると、それしか道が無いのは事実だろう。
「今日で地球に来て4日目、本当は今すぐにでも種子島に行きたいが、こつこつやるしかないか…。」
「お仕事ー!楽しみー!」
苦虫を噛み潰したような顔をするジニアとは違い、キドラはほんと、なんでも楽しそうだ。
「人間の、仕事だよね?」
どんな仕事をやるつもりなんだろうか。
先ほど言ったように、彼らの身長ではまともな人間の仕事は出来ないだろう。
「…ミノル、これはお前を信頼して話すんだが。」
ジニアの顔付きが真面目な顔付きになり、オレのほうをまっすぐ見る。
「何?」
只ならぬ気配を察したオレは昨日と同じように真面目に話を聞く。
「俺は発明家なんだ。だから色んな機械を作れる。」
ジニアの突然のカミングアウトにオレは少しビックリする。
キドラもいきなりのことで”え、言っちゃうの?”とでも言いたげな顔をしている。
「そうなの!?じゃぁ移動できる機械を作って…。」
発明家なら話は早い。移動できる機械も作れるはずだ。
「運転免許、持ってるのか?」
そうか、運転するのはオレなんだ。
「持って無いわ、ごめん。続けて。」
オレの学校では運転免許の取得は校則で禁止されている。
「外見は人間に見えるような装甲を作るくらいなら朝飯前だ。もちろん人間と同じように動ける。」
ようはパワースーツみたいなもんだろうか。
地球ではまだそこまで出来ないが、彼らの星はやはり地球より文明が進んでいるらしい。
「凄いね。」
工学科の兄貴が聞いたら、絶句しそうだな。
「ジニアなら目を瞑っても出来るもん!」
キドラは自分の事かのように自慢する。
流石にそれは比喩表現だと思うが、
それほどジニアが機械を作るスピードは早くて正確なのだろう。
「無論だ。」
本当だったのか。兄貴が聞いたら、絶句どころじゃなくて卒倒するな。
「でも部品は?お金無いんだよ?」
秋葉原で買ってくるとして、いくらくらい掛かるんだろう?
「本当はいけない事だが、ごみ捨て場から調達するしか無いだろう。他に方法も無さそうだし、仕方あるまい。」
ジニアは今日一番で申し訳なさそうな顔をする。
「厳密にはジニアの言うとおりいけない事だね。」
テレビで聞いたことがある。不法何たら何たら…とにかくいけない事のはずだ。
「いけないことするの駄目ー!」
キドラは顔の前で腕をクロスしながら、口をへの字にしている。
「こんな言い方はしたくは無いが、高校生と宇宙人だ。成人の法律は適用されないから、このくらいの事にはこの際目を瞑ろう。」
ジニアはキドラを諭すように淡々とした口調で話しかけた。
「まぁ文句言う人も居ないでしょ。」
持ち主は捨ててるわけだし、実際ごみを拾って問題になった、という話は聞いた事が無い。
「うん…。」
キドラはやや不満そうな顔付きをしながらも渋々納得したようだ。
ジニアが嘘を付かず真っ直ぐなのは、キドラの影響も少しあるのかもしれない。
「幸い明日は粗大ごみの日だ。すまないが、ミノル。」
そこから先はだいたい想像が付く。
「あぁいいよ。ごみを集めればいいんだろ。…ん、待って。発明家だというなら元の星に戻れる機械を作れない?」
確か一方通行の転送装置に入って、って言ってた。
ジニアの作ったものじゃないのかもしれないけれど。
「仮にもごみだぞ?いつ壊れるか解らんものでデリケートな機械を作りたくは無い。宇宙船や復元機もまたしかりだな。」
復元機も転送装置もジニアの作ったものだったらしい。
「この星に来た転送装置もジニアすごーく頑張って作ってたんだよ!」
キドラはあちこち動き回ってジニアがどれだけ苦労したかを、
再現する。
「そうなんだ。」
ジニアは凄い発明家だったらしい。
「それに宇宙船と比べて複雑だから俺も流石に設計を覚えて無いし、機械自体も複雑だ。家庭用の粗大ごみがいくつ必要か、なんて考えたくも無い。」
工学系では無いが、言われてみればそれもそうだろう。
転送装置も復元機もまだ地球には無い事から、それだけ複雑なのはなんとなく想像は付く。
「ジニアよりずーっと重いの!」
キドラは今度は、手を下で組みながら、苦しそうな顔をする事で、
重たい物を持つかのようなジェスチャーをする。
「まぁそれもそうだよね。」
家庭用の粗大ごみだってそんなにごろごろして無いよな。
「よし、種子島への道筋も整ったし、明日に備えて昼食を食べようか。」
色々考えていたら、遅めの昼ご飯になってしまった。
「そうだな。明日まで具体的にどんなごみが必要か考えておくよ。」
地球の機械の仕組みをもうおおよそ理解しているということか。
ジニアが悪意あった侵略者だったら地球なんてあっという間に支配されてただろう。
「わーい!ごはーん!」
キドラは毎回美味しい美味しいとオレの作ったご飯を食べてくれる。
明日は朝からごみ収集車が来る前にごみ収集しなければならない。
大丈夫、ここまで来たんだ、きっとなんとかなる。




