第三話
屋上への扉を開けた瞬間、ふわっとぬるい空気が吹き込んできた。
「ふあー!やっぱり屋上はいいなぁ!ほら、来栖さんもこっち見てみなよ!すごい綺麗だよ!」
そんな声と共にシャッターの音が響いていた。軽く目を閉じてから、首に下げたカメラを目元に持っていく。
「……わぁ」
思わずそんな声が漏れた。空は、橙や桃色に色づいていた。
「どう?ここ、結構いいでしょ」
「うん、綺麗」
ファインダーを覗いたままそう答えた。
「その顔、いいねぇ」
何か声が聞こえた気がしたが、ファインダー越しの景色に夢中で、気にならなかった。
かしゃっ
気づいた時にはシャッターを切っていた。カメラをゆっくりと目元からはなす。小林さんの存在など忘れて景色に見入ってしまった。そんな時、急に横から気配を感じて、慌てて視線を向けた。すると小林さんがカメラをこちらに向けていた。
「__っ!」
こちらに向いたレンズを見た瞬間、自然と息が詰まった。カメラを握る手に力がこもる。
「あー、ブレちゃった」
小林さんはカメラで撮った写真を確認しながら、隠しもせず悔しそうな表情を浮かべていた。
「……小林さん?」
「ああ!ごめんね。つい撮っちゃった」
彼女は特に悪びれた様子もなく笑っていた。
「……思ったんだけどさ、来栖さんって、視線に敏感じゃない?」
かと思えば、急に声のトーンが変わった。
「え?」
突然のことに驚き顔を上げた瞬間、彼女と目が合った。引き込まれそうなほど真剣な目だった。
「……なんで、そう思うの?」
視線を逸らしつつ、できる限りはっきりとそう聞いた。
「ん?だって、今回もだけど、前回もシャッター切る前にこっち気にしてるなって、撮った写真見て思ったんだよね〜」
「……そう」
唐突に言われた言葉に、頭がついていかず、つい返事が遅れてしまった。
「あ、私結構自分の考えで話しちゃうけど、嫌だったら言ってよ?」
「……わかった」
そう言った私は、視線をカメラから動かせなかった。
「今の話って嫌だったりする?」
「いや、別に大丈夫」
「そっか。それならさ、なんで写真撮られるの嫌いか教えてよ」
「……え?」
「あ、嫌だったら全然いいけど」
「……そういうこと話されるの、嫌じゃないの?」
「え?うん。だって、その人のこと知れて面白いじゃん」
思わず目を見開き彼女を見つめた。
「あはは!そんな驚く?」
「……私の周り、そんな人いないから、あっ」
ついこぼれた言葉に思わず口を塞ぐ。
「へぇ!そうなんだ。もしよかったら教えてよ!」
「……あんまり、話したくない」
視線を屋上の地面に落としながら、そう呟いた。また昔のようになるのだけはごめんだった。
「……そっか。じゃあ、来栖さんが話してくれるまで毎日話しかけよ〜」
「え、迷惑」
急な申し出につい口が滑ってしまった。
「ぷっ、あはは!急に辛辣だぁ」
「あ……」
「あはは!」
自分で言ったことに戸惑い慌てていると、それが面白かったのか、彼女がまた笑い始めた。
「……」
ひいひい言いながら笑い続ける彼女を横目に、少し暗くなってきた空を見つめた。




