星屑の魔法ときみの名前7
距離が近いことに、慣れてきたと思っていた。
でもそれは、ただの錯覚だったのかもしれない。
ほんの少し誰かが間に入っただけで、
呼吸のリズムが崩れる。
触れているはずの距離が、
急に“足りないもの”に変わる瞬間がある。
これは、まだ恋と呼ぶには曖昧なまま、
それでも確実に“独占”へと傾き始める関係の話。
最近、レイナの距離がまた変わった。
近い、を超えて。
なんというか――逃げ道が減っている。
「ユイ、遅い」
「まだ待ち合わせ時間前だけど」
「私が早く来たの」
当然みたいな顔。
そのまま、私の手を取る。
もう驚かない自分がいるのが一番怖い。
「ねえ、それ癖になってない?」
「何が」
「手、すぐ取るの」
「癖じゃない」
即答。
でも、離さない。
「必要だから」
「……必要?」
「あなた、油断するとすぐ迷うから」
「子ども扱いしないでよ」
「してない」
少し間。
それから小さく付け足す。
「守ってるだけ」
その一言が、やけに静かに落ちた。
中庭では、星屑が今日も降っている。
いつもの光。
いつもの訓練。
でも今日は違った。
「……集中して」
背後から声。
そして、気配。
近い。
いつもより、さらに。
「っ……レイナ、近い」
「そう?」
「そうでしょ」
「まだ足りない」
「何が」
「距離」
意味がわからない。
わかりたくない気もする。
次の瞬間。
後ろから、腕が伸びる。
私の手を包むように重なる。
「……こうする」
「っ……!」
完全に背中が密着する距離。
息が、近い。
「これで、星屑の流れが見える」
「説明それ!?」
「集中」
耳元で声が落ちる。
冷静なはずなのに、近すぎる。
心臓がうるさい。
「……ユイ」
「なに」
「また乱れてる」
「乱れてない!」
「嘘」
すぐバレる。
しかも楽しそうに。
そのときだった。
「レイナ先輩」
後ろから声。
また。
空気が変わる。
背中の温度が一瞬止まる。
振り返ると、同級生の男子。
「あの、少し相談が――」
「今無理」
即答。
冷たい。
いつもより明らかに。
「え、でも」
「無理」
二回目。
視線すら向けてない。
なのに手は離れない。
むしろ、少し強く握られる。
「……レイナ?」
「なに」
「機嫌悪い?」
「別に」
即答。
でも絶対別にじゃない。
その男子が去ったあと。
沈黙。
「……今の」
「なに」
「ちょっと怖かった」
「そう?」
「そう」
即答すると、
レイナは少しだけ黙った。
「……嫌だった?」
「え?」
「あの人と話してたの」
一瞬、言葉が止まる。
そんなこと、考えてなかった。
でも。
なぜか胸がざわついた理由が、今少しだけわかった気がした。
「……別に」
「ふーん」
またその声。
でも今度は、少し柔らかい。
「じゃあいい」
手が離れる。
と思ったら。
逆に前に回り込まれる。
真正面。
距離ゼロ。
「っ……近い!」
「さっきからそう言ってる」
「そういう意味じゃない!」
「じゃあどういう意味」
逃げ場がない。
目が合う。
星屑が間に降っているのに、視界が全部レイナになる。
「ユイ」
「なに」
「あなた、たまに無防備」
「……は?」
「自覚ないのが問題」
少しだけ、指が頬に触れる。
軽く。
でも確実に。
「っ……!」
「ほら、今の反応」
「やめてよ」
「やだ」
即答。
ずるい。
完全に。
「レイナってさ」
「なに」
「ほんと、わからない」
「わかる必要ある?」
その言葉に、少しだけ止まる。
「……あるでしょ」
「なんで」
「だって」
言いかけて、止まる。
理由が、うまく言葉にならない。
レイナは少しだけ目を細めた。
「続き」
「……言わない」
「言いなさい」
少しだけ強い声。
でも、優しい。
息を吸う。
吐く。
「……だって、レイナのこと」
そこまで言って。
また止まる。
心臓がうるさい。
レイナは何も言わない。
ただ、待っている。
「……気になるから」
言った瞬間。
空気が変わる。
一瞬の沈黙。
それから。
「……それ、今さら?」
少しだけ笑った声。
でも、その目はずっと真剣で。
「遅いくらい」
そう言って。
また、距離が少しだけ近くなる。
「ユイ」
「なに」
「じゃあ覚えておいて」
指が絡む。
逃がさないみたいに。
「私も同じ」
その一言が。
星屑よりも静かに、胸に落ちた。
空から降る光の中で。
ふたりの距離だけが、また少しだけ変わっていく。
ここまで読んでくれてありがとう。
今回の話では、「嫉妬の芽」がほんの少しだけ顔を出しました。
レイナはまだ自分の感情を正確に理解していませんが、
ユイが誰かと関わることで“違和感”が生まれるようになっています。
そしてその違和感は、言葉にできないまま行動に出る。
距離が近くなるほど安心するのに、
同時にその距離を脅かす存在に敏感になっていく。
それがこのふたりの関係の怖さであり、面白さでもあります。
ユイはまだ「気になる」という段階にいますが、
それがすでに関係の中心に近づいているサインでもあります。
星屑の魔法は、単なる能力ではなく、
感情の揺れをそのまま可視化しているような存在になってきました。
だからこの世界では、
心の変化はすべて“光の変化”として現れてしまう。
次の話では、その揺れがもっとはっきり形になります。
この距離がどこまで変わってしまうのか、
もう少しだけ見てもらえたら嬉しいです。




